ちょっと短め。区切りが良かったからね。
その一撃に気づいたのは、偶然であり必然でもあった。
直感スキルを持っていたことによって、“嫌な予感”が私の脳裏に囁いていたこと。ハズムの記憶から事前に特異点ロンドンに出現するだろうサーヴァントの特徴を確認できていたこと。
──そしてなにより、ヘラクレスとの戦いで起きたような事態、ハズムを守り切れないような不甲斐ない真似を、もう二度と繰り返さないと誓っていたこと。
そうしたいくつもの要素が合わさって、私の剣先はかろうじてハズムに忍び寄る殺意をはじき返すことに成功したのだろう。
その小さな殺人者は、逆手に握った解剖ナイフをハズムの腹から顔にかけてをなぞる形──それこそ内臓を取り出すために
高ランクの気配遮断と、矮躯をいかした
ちょうどナイフの刃がハズムの腹部に至らんとするその刹那で、私は聖剣を少女の手元へとぶつけて、その手を切り落とす、ないしその手に握ったナイフを取り落とさせようとした。魔力放出でアサシンをはじき返す選択肢もあったが──すぐそばにはハズムがいるという位置関係上、彼の安全を考慮してそれはできなかった。
結果、すぐに身を引けば獲物を一本落とすだけで済んだであろうに、少女はそうすることは無く、それどころか手を切り落とされる未来を選んだ。手首に剣の刃がめり込んでいく間にも、アサシンはそれに抵抗するようにしてハズムに向かっての攻撃を強行した。
「唖ああ、あァーー!!、」
いかなサーヴァントと言えど、この年頃の少女にとって手首を切り落とされる痛みがどれほどの責め苦であったかは、霧の向こうまで響くこの絶叫が雄弁に語っていた。それでもアサシンの少女は攻撃をやめず、ついにはあと薄皮の一枚でちぎれ飛ぶ寸前に、アサシンはなんの執念に突き動かされているのか、最後のあがきをした。
もはやどのようにして動いているのかもわからないその手を、しかして器用に動かして、彼女は解剖ナイフを投擲した。その先にはハズムの頭部があった。
「──ッ!」
私が、まずいと思ったその刹那には、ハズムは身体をのけぞらせてとっさに回避していた。幸いにも投擲されたナイフにはほとんど力がこもっていなかった様子で、彼が頭部に装着していたゴーグルを弾き飛ばしただけで終わった。
チッと舌打ちをして、アサシン──ジャック・ザ・リッパーは大きく離脱した。私は彼女がすぐに手を出せない距離にいることを確認すると、ハズムの状態を確認した。特に傷を負っている様子はない。ホッと息をつく。今度こそ守れたのだと安堵する。
「なんでまもるの──そんなに、かわいそうな人なのに。わたしたちと
手首から飛び散る流血をもう片方の手で押さえつけながら、ただでさえ色白の肌をさらに青く染めて、幼い暗殺者は言う。英霊といえど、あの小さな体に部位欠損という重傷をくらった状況は、ほとんど致命傷のようなものらしかった。ふらふらと安定しない視線がそれを証明していた。
しかし彼女はそのめまいを振り払うようにして頭を左右に振った。そして鋭い眼光で私とハズムをにらみつけると、ナイフの切っ先を突き付けて泣きそうな表情で叫んだ。
「──ずるいよ!」
満身創痍とは思えないほどの気迫に、私はとっさに聖剣を
これ以上の抵抗をしようと自身に打てる手がないことぐらいは、目の前の暗殺者とて承知のはずだ。それがいかに幼い子供の英霊であったとしても。片腕を失い、奇襲すらできない暗殺者にいかな勝機があるものか。
だが彼女はまだあきらめていないらしかった。その表情は死の間際まで追い詰められた獣のものと似ていた。虎視眈々とこちらの隙を伺うその浅緑の眼には嫌な寒気を感じさせられるほどだった。
「ペンドラゴン、彼女は──」
「前にでるな、ハズム。悔しいが、今のアサシンから貴方を確実に守り切れるとは保証できない」
「──わかった」
ハズムは、アサシンの“ずるい”という言葉になにを感じたのか、少しばかり踏み出そうとしていた。それを私は押しとどめた。今の彼女の前に不用意に身をさらせば、次の瞬間には
アサシンは、こちらに全くの油断がないことを悟ると、ギリと歯ぎしりをした。しかし全く撤退するような様子は見せなかった。ほんの数秒の間、お互いににらみ合う停滞が続いた。
「──父上、終わったぜ」
その停滞を打ち破ったのは、背後からのモードレッドの声だった。気怠そうに肩に担いだクラレントの刀身には、いくらかの鮮血がこびりついていた。あの聞くだけで不快な嗤いが途絶えているということは、メフィストフェレスを打倒し終わったようだ。
仲間の消滅と敵援軍の到着に、とうとうジャック・ザ・リッパーは戦意を喪失した様子だった。そして彼女は虚空に向けて話し出した。
「──ねえ、ぜんぶはできなかったけど、やれるだけはやったよ」
それは独り言というよりは誰かに語り掛けている様子だった。まさかまだ敵がいるのではないかと、私はあたりを注意深く見回した。
「
ついにはその声は語り掛けるというよりは、誰かに関して怒りをぶつけているだけのように思えた。幼い声が大きな怒りを孕んでいた。
「おかあさんに、あわせてよ!」
その叫びに、なんと答えが返されたのか。はたまた、答えは返されなかったのか。ともかく、ジャック・ザ・リッパーがもうどうでもいいと言った風に、絶望したような顔をしていたのは事実だった。
しばらく彼女は俯いているだけだった。そして数瞬もしないうちには、彼女の体は光の粒子に変わり始めていた。存在を保てずに送還されているのだろう。それが私の与えた傷によるものなのか、はたまたそれ以外の要因によるものなのかは、判断しかねることだった。
「──なんで、わたしたちはいつだって
どこか悲しそうに彼女は告げた。その言葉からするに、もしかして召喚主に見捨てられた──切り捨てられたのだろうか。
「きをつけてね、わたしたちと似ていてちがう人」
もはや体を構築するエーテルがほとんど失われて、視覚的にも大部分が透けて見えなくなっている状態で、彼女は最期に囁くようにいった。
「じゃないときっと、わたしたちと
その言葉を遺して、ジャック・ザ・リッパーという存在は消え失せたようだった。まるで要領を得ない言葉だったが、あれはきっとハズムに告げたものだったのだろう。
“気を付けて”というのを真面目に受け取れば忠告のようにも聞こえたし、直前までの“ずるい”という言葉を鑑みれば恨み言のようにも聞こえたが──
なんにせよ、ヴィクター・フランケンシュタイン邸前での戦闘はこれでひと先ずの終着点にたどり着いたようだった。彼らは何の目的で私たちに襲い掛かったのだろうか。それがいまいち不明瞭であった。
メフィストフェレスは計画への協力を拒んだヴィクターを殺害し、その帰りにばったり遭遇してしまったから。という線が濃厚ではあるが。ジャック・ザ・リッパーにはまた別の目的があったように思える。少なくと何者かとの契約の下で動いていたのではないだろうか。
この特異点では予想だにしていない陰謀が渦巻いている。それは間違いのない事実だ。しかしその全容は、いまだにはっきりとは見えてこないままだった。
◆
◆
「──ん」
「どうされましたか、ハウラスさん」
片腕を上げてなにがしかの魔術を行使したらしきハウラスさんにマシュが訊くと、彼は特に問題ないといった風に肩をすくめながら答えた。
「いや、すまない。ちょっとした怨霊がいてね。しかし大丈夫、もう祓った」
「──怨霊、ですか」
「ああ。この街には無念を抱いて死んだ者が多すぎる。怨霊のできやすい環境だ」
そう言うハウラスさんはどこか苛立っている様子だった。あまり感情に波をたてない穏やかな人かと思っていたから、その様子には少しばかり驚く。
しかし、故郷がこのありさまで、さらに怨霊まで発生しているとなれば、舌打ちの一つでもしたくなるのかもしれない。俺だって同じ状況なら怒りと無念でおかしくなってしまいそうだ。
「全く、赤子までも怨霊になる世の中か──」
「怨霊とは、赤子だったのですか?」
「あ、ああ。失敬。声に漏れていたようだ」
「いえ」
「──そんな幼い子でも怨霊になってしまうくらい、ひどい状況なんですね。この街は」
あたりを見渡す。レイシフト直後と比べればかなり霧が濃いところまで辿り着いていた。それは即ち、被害の方も今までの場所と比較して深刻な状況であるということだった。
毒に蝕まれて亡くなったであろう遺体や、明らかな他殺の痕跡を残す遺体が、道端に当然のように放置されていた。
こんなありさまであれば──確かに。赤ん坊が生きられるような環境でもあるまい。無念の内に死に、怨霊になり、なんていうのはむしろ当たり前の話なのかもしれない。
「ああ、そのとおりだ」
ハウラスさんは何かを恨むかのように──唾棄すべき何かを罵るような声で告げた。
「──全く、ひどい世界だよ」
表情はマスクとゴーグルに遮られて、見えなかった。
【交わされた契約】
ジャック→召喚主
“ある人物の殺害。不可能な場合、最低限眼を潰すこと”
召喚主→ジャック
“おかあさんに会わせること”
ジャック好きな人はごめんなさい。誓って言うと、私は別にジャックが嫌いなわけじゃないです。
ちょっとばかし育てているくらいには愛着あるんですよ?(スキルマ、フォウマ、聖杯マ)
最後までお読みいただきありがとナス。(ちなみに作者はナスが嫌いです。食べられません。どうでもいいですね、はい)
今回はいつもより短めでスンマソン! なんかこれ以上は話の区切りが悪くなりそうだったからさ、ここまでで止めときました。
いつもお気に入り、評価、感想ありがとうです!
次はいつになるかわからんけど、
作者は承認欲求の塊だからね、仕方ないね。