7つの銀弾   作:りんごとみかんと餃子と寿司

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(箱イベ)やらなきゃ……いけないんだ!





カントリー・ロードー3:『くだらない』

 

 

 

『──ナツキちゃん、うちの弟をよろしくね』

 

『あの子の心を私は開いてあげられなかった』

 

『ずっと寂しいって、苦しいって言ってた。この世界のどこにいても、まるでそこが自分の居場所じゃないみたいに』

 

『気づいていても、どうしようもないことってあるものね。こんなときばっかりは、自分のことが嫌になるわ』

 

『だからお願い、ナツキちゃん。難しいことかもしれないけれど、あなたにお願いしたいの』

 

『多分、これは、あなただからできること……のような気がするの。根拠なんてありはしないけれど』

 

『あの子の()()()になってあげて』

 

金糸のような髪に、青空のような瞳。穏やかなまなざしと花のような笑顔を覚えている。初恋の人の顔づくりをそのまま女性にしたような見た目のその人は、シロガネ家を訪れた私の前に現れた。

 

勉強は得意ではないし、運動もお世辞にも得意とは言えない人だった。いろんなことを習得するのに人並み以上の時間がかかるとこぼす彼女は、その美貌に反して自信なさげで。しかしそれでも、笑いを絶やさなかった。

 

──けれども。少なくとも私にとっては。彼女は誰よりも優しくて、誰よりもつよい思いやりを内に秘めていて、そして誰よりもきれいに笑う人だった。

 

名を銀杏(しろがねあんず)と言った。私の親友、シロガネハズムの姉として生きた人だった。

 

もう、二度と会えることのない、私の憧れの人でもある。

 

いつかの子供時代。まだなにも知らない無邪気な私に。無邪気でも、心に影を落としていた私に。世界がどれだけ美しいかを教えてくれたことを私はいまだに忘れない。そして私に、大切な何かを託してくれたことも。

 

10年以上が経った今でも、色褪せない記憶の一つだ。

 

 

 

──でもなぜ、今になってこんな夢を見るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日とて険しい道のりを進んだ。岩肌の露出した荒野は、照り付けるかんかんとした日差しでまるでフライパンのように熱されていて、私もジョンさんもあと少しでウェルダン・ステーキになるところだった。夕方近くにまた森林に足を踏み入れてからはそうした日差しも遮られ、楽なほうではあったけれど。

 

湿度が高いことからくるじめじめした日本の暑さとは全然違う、ただ太陽熱の暴力によってなされる熱さにはこの数日体験し続けてもいまだに慣れない。自分が今までとは全然違う場所にいる──そうした認識を私の心に植え付けるだけだ。

 

ジョンさんの話では明後日には例の最前線が見えてくるだろうとのことだった。そしてそこに近づくに比例して、ケルト兵の数が増えてくるだろうとも伝えられた。当たり前の話だった。それぞれの勢力が鎬を削る場所に近づく以上は覚悟していたことだった。

 

ケルト兵の勢力圏に近づくことには、予想外に恐怖を感じなかった。戦いなんて経験したことのない日本人特有の平和ボケが残っているのかもしれない。なんにせよ、今の私にとって心の大半を占めていたのは、そうした戦士たちに命を獲られるかもしれないという不安ではなく、もっと別の事柄だったのだ。

 

「ほら、今日もさっさと食って、さっさと寝るんだな。この不味い食料ともあと少しの付き合いだ、そう考えると寂しくなってくるか?」

 

そう冗談めかして瓶詰を渡してくるジョンさん。私はそれを受け取りながら、「まさか」と返す。

 

「こんなご飯とは早くお別れしたいぐらいです」

 

「は、違いない。しかし悲報だ、逃げた先の西海岸に対した飯はねえぞ。それより勝ってるのは温かいところくらいかね」

 

「うげ、そんなあ」

 

「ははは、ま、この戦争に勝つまでの辛抱だな。そしたらお前も故郷に帰ってたらふくうまいもん食えるだろうさ……」

 

「……」

 

彼の言葉に考え込む。戦争に勝ったら、とそう希望的未来を語るくせに大してその未来を望ましいとも思ってなさそうな顔をみながら。

 

手に持った不味い食料は腐敗防止に水分が抜かれているのだろう、羽のように軽い。この物体と別れることになんの感傷も沸きはしないが、ジョンさんと別れることに対してはそうではない。

 

明後日には最前線に到着する。だとすれば、そこに私を送り届けた後、彼はいったいどうするのだろうか。私と出会うまで敵地の真ん中にいた彼は、いったいどんな目的を持っていて、どこに帰ろうとしているのだろう。私はなんにも彼のことを知らなかった。

 

このままいけば、明後日にはお別れの時がくるだろう。それまで私は、彼の名前だけしか知らずにいるのだろうか。その名前さえ、()()()()()()()()()()()()()

 

「──戦争が終わったら、ジョンさんはどうするんですか」

 

気づけばそんなことを聴いていた。彼にとってそれが聞かれたくないことだろうというのは分かっていた。彼は、私を助けてくれる恩人だが、きっとまともな人じゃない。だって彼は私がよく知っている表情をしている。私の青春時代、いつだって目の前にしていた男の子と同じ顔だ。

 

「──そうだなあ、とりあえず酒をあびるほど飲んで、ぐっすり寝るよ。戦争が終わればさすがに貴重な酒の備蓄も開放してくれるだろう。もう何ヶ月も飲んでなくってなあ」

 

たった数日の付き合いであっても、わかることというのはあった。例えばそれは、今この人が嘘をついていることだとか。酒を飲みたい気持ちも、眠りたい気持ちも、きっとあるのだろう。それでもそれを投げうってよいと思えるほどの何かが彼の中にあるのは、間違いなかった。

 

「嘘、ですよね」

 

「──あん? まさか、本当さ」

 

「じゃあ、聞き方を変えます。あなたは、()()西()()()()()()()()、いったいどうするつもりなんですか?」

 

「……」

 

「ジョンさんの言った通り、この辺りは全てがケルトの勢力圏だった。未だにケルト兵以外の人々に出会っていない。連れ出そうとしてくれていることには、感謝してもしきれません。でも、じゃあなんで、そんな危険な場所にジョンさんは一人でいたんですか?」

 

「……」

 

「大量の食糧だけをもって、なんであの荒野にあなたはいたんですか? あなたの目的は何ですか? あなたは、全てが終わったら()()()()()つもり──」

 

「ナツキ」

 

そう名前だけを呼ばれた。有無を言わさない表情だった。

 

「人の事情にはあまり踏み込まないことだ。特に、こんな物騒な世の中では」

 

「でも、私は」

 

「お前さんがお優しいことは分かるが、だからこそ、やめとけ。くだらない感傷に振り回されるな。他人の事なんて気にする余裕もねえ癖に、聞いて何ができる……何もできずに後悔するだけだ」

 

「くだらないなんて、そんなことは」

 

「あるのさ」

 

ため息をつきながら、彼は焚火を鉄の棒でつつく。燃え盛る薪の一つが、パキリと音を立てて崩れた。ぶわりとひと時の間火の粉が大きく舞った。

 

日本ではあまり見ない背の高い樹木たちの間から、月の光が覗いた。その光がジョンさんの疲れ果てた顔立ちを横から照らした。光の先、際立つ闇からは猛禽たちの視線とホーホーという気の抜けた鳴き声だけが顔を出した。

 

しばしの沈黙の後に、ジョンさんは口を開いた。

 

只人(ただひと)に何ができたものかよ。できたのなら、こんなことにはなっちゃいないさ。だからまあ、やめとけよ。ナツキ、お前も自分が特別なんかじゃないって、わかっているだろう」

 

「……それは、ええ、そうですね」

 

「俺たちはこういう時代の大きな流れに抗うことはできない。いいや、抗う奴から終わるのさ。愛だとか、優しさだとか、そういう綺麗に見えるもんに酔った奴から、終わるんだ」

 

「──だから、愛も、優しさも、くだらないって言うんですか?」

 

「少なくとも、こういうどうしようもない時代では、くだらないと思うね。だってそういうのは、相対的なもんで、絶対的なもんじゃないから。あの時に俺たち開拓者が、愛する家族を養うために彼らの故郷を奪ったように」

 

「……」

 

「俺は多分あの時、愛に酔っていたのさ。だから当然のしっぺ返しが来た。奪った何かで養い築いたものを、横から奪われた。ただそれだけの、当たり前の話で」

 

「そう、でしょうか」

 

「ああ。覚えておくといい、ナツキ。いつだって悲劇って言うのは、“美しい想い”から始まるらしい。だから俺は、くだらないって思うよ。今となっては」

 

しゃべりすぎたな、と彼は言った。乾いた喉に水を流し込み、そうして空っぽになった水瓶をそこらに放ったかと思うと、彼は外套を毛布代わりにして横になった。これで話は終わりだ、という言外の拒絶を感じた。

 

ぱちぱちと、薪が弾ける音だけが響いた。私はしばらくはじっとジョンさんを眺めていたが、大して反応が返ってこないことがわかると、諦めて彼に背を向け横になった。

 

心は“こんな中途半端な会話で寝れるか!”と叫んでいたが、歩き続けでクタクタの身体は眠気に従順だった。すぐに瞼が重くなって、思考が鈍重になり、意識が落ちる。

 

 

 

「──教えて欲しいさ、俺だって。()()()()()()()()()なんて」

 

 

 

そんなつぶやきが果たして本当に発せられたものだったのか。今となっては、分からないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるところに、ウィリアム・シルバーという男がいた。

 

彼は、最近になって母国の西海の先に発見された新大陸に上陸した。森を拓き、土地を耕し、邪魔者がいれば排除して、そうしたことを職務とする典型的な開拓者の一人だった。

 

彼には、美人で家事上手で肝っ玉のある完璧な妻と、健康で明るく元気な娘がいた。彼はそんな、自分にはもったいないほどの家族を深く愛し、家族も彼を愛した。彼の生活は順風満帆だった。

 

ある日、彼は騒がしい外の様子に叩き起こされた。家族三人で幸せに眠っていたそのベッドから起き上がって見る景色は、まるで地獄のようであった。自分たちが築き上げた街が、燃え上がっていた。東からやってきた開拓者たちが作り上げた、彼らだけの故郷は、さらに東からやってきた侵略者──ケルトの軍勢によって滅ぼされた。

 

ウィリアムは銃を手にして、家族と共に逃げた。道中では同じ開拓者仲間たちと群れを作り、できうる限り戦力を整えて、西へ西へと逃げた。即座に逃げたために当然、家も財産も何もかもを亡くしたウィリアムだったが、それに執着したばかりに死んだ愚か者を知っていては、その行いが間違いだとは思えなかった。

 

それにウィリアムは、どんなにひもじい生活を送ることになろうとも、家族がいれば耐えていける気がしていた。そしてそれは家族にとっても同じで、彼らはお互いのことが一番大切だった。

 

彼らはきっと大丈夫だと信じていた。そしてその考えは間違っていなかった。きっと彼らは西の先、今では大統王エジソンが収める土地まで入り込めれば、忙しく貧しくとも、幸せな生活を送れていたことだろう。

 

──けれどそうはならなかった。

 

だからこの話はこれでおしまいなのだ。

 

守る者(William)”の名を持ちながら、何も守れなかった愚かな男の、くだらない昔話など。

 

きっと一銭にもなりはしない、ありふれた悲劇に違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

ジョンは俺たちの間じゃありふれた偽名だった。

 

だから、そう名乗ることにしたのさ。

 

ありふれた凡人っていうのが聞いただけでわかるようにするために。

 

──ウィリアム・シルバーは、間違いなくあの時に死んだのだから。

 

 

 







最後まで読んでくれてありがとナス!

いつも評価、感想、お気に入り、ここすき、色々とありがとう!

そして今回もよろしくね!

ではでは、また今度!
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