なぜ在日がいるのか?
帰化人の僕が伝えたと思います。
僕は在日コリアンの家系に生まれ、
たくさん悩んで、たくさん考えて、
日本という国を自分の国として選びました。
でも、多くの日本の人達は
「なんで在日が日本にいるの?」
「朝鮮籍?韓国籍?なにそれ?」
「自分の国に帰ればいいじゃん」
この言葉を聞くたびに
僕の存在って何だろう?って思う。
そもそも「在日コリアン」ってなに?
今、日本に住んでいる
韓国籍・朝鮮籍の人々の多くは、
自分の意志で日本に来たわけじゃないんです。
始まりは、日本が朝鮮半島を
植民地にしていた時代(1910〜1945)。
徴用(強制連行)、労働力不足の補充、
理由は様々だけど多くの朝鮮人が
日本に連れて来られたり来ざるを得なかった。
戦後も「帰れない」現実がありました。
終戦後、「祖国に帰れ」と言われたけど、
当時の朝鮮半島はもう南北に分断され、
朝鮮戦争も始まり国としての混乱の真っ只中。
帰る国がない
帰っても家も仕事も土地もない
日本に家族ができた
日本に仕事がある
日本語しか話せない
こうして
日本に残らざるを得なかった
2世、3世の人たちが、
在日と呼ばれるようになった背景があります。
僕は朝鮮籍で朝鮮学校に通ったので
朝鮮語、韓国語が読み書き出来ますし
聞くとこも話す事も出来ます。
韓国籍はわかるけど、朝鮮籍ってなに?
これもよく聞かれます。
これは驚かれるけど、
朝鮮籍って国籍じゃないんです。
北朝鮮を正式な国と認めていない日本では、
無国籍に近い人たちのために
日本政府が便宜上作った登録上の分類です。
つまり、
世界のどこにも認められていない
パスポートも基本的に使えない
日本が勝手に作った「架空の国籍」
それでも多くの在日が、
朝鮮籍で生きてきたのが現実です。
なぜか?
南北どちらの国にも帰属できず、
日本にも受け入れられず、
アイデンティティを持てなかったから。
じゃあ、帰国すれば解決したのか?
そんな事はないです。
1959年から始まった「帰国事業」。
朝鮮総連と日本政府が連携して、
こう呼びかけました。
「北朝鮮は地上の楽園です」
「在日の皆さん、祖国へ帰りましょう」
結果、約9万3千人の在日朝鮮人と
6,800人の日本人妻が北朝鮮に渡った。
だけど、
それは帰国ではなかったんです。
現実は地獄でした。
強制労働、鉱山送り
監視社会、密告文化
日本から来た者=スパイ」として迫害
日本人妻は裏切り者として差別・隔離
一度渡ったら、もう日本には戻れない
地上の楽園は、監獄だった。
国を信じた者たちが国家に裏切られました。
だから日本に生きるしかなかった。
そんな、歴史的な背景も実在します。
日本に残った在日たちは、
厳しい差別や制度の壁を乗り越えて、
商売を始め、納税し、家族を持ち、
この国で普通に生きる努力を続けてきました。
でも、普通に生きるって簡単じゃなかった。
公務員になれない
日本学校では朝鮮人といじめられる
国民健康保険に入れない
不動産が借りられない
住民票がない時代もあった
選挙権はないのに、税金は払う
だから反骨精神とハングリー精神で
生き抜いてきました。
気合いと根性が全面にですぎてて
日本人から怖がられたりもしました。
もちろん悪い在日もいます。
でも日本人でもアメリカ人でも
アフリカ人でもアジア人でも白人でも
良い人もいれば悪い人もいる。
そして僕は覚悟を決めて帰化しました。
法務局に通い、何度も面接を受け、
反社チェック、在日団体との繋がり
5年間の納税義務、犯罪歴がないこと
両親のルーツまで調べられ、
1年以上かけてようやく
日本国籍を取得しました。
でもそれでも「帰れ」と言う人がいます。
「帰化人は信用できない」
「血が違うだろ」
「なんで帰らなかったんだ?」
じゃあ、聞かせてほしい。
誰が望んで連れてこられた?
誰が植民地支配した?
誰が分断を放置した?
誰が“帰れない現実”をつくった?
日本人って、血のこと?
純血の日本人は何%いるのでしょうか?
それって歴史をみれば混血じゃない証明が
出せないくらい不透明な事です。
でも、僕はこの国を選びました。
思考停止にならず大義をもって
この国のために生きてます。
本当にこの国を良くしたいと思って、
税金を納め、政治にも向き合って
発信もしています。
「日本人」か「在日」か
「朝鮮籍」か「帰化人」か?
いつまでラベルで線を引くんですか?
今の日本を動かすのは、
国に無関心な人達じゃない。
この国を愛し、声をあげて動きだしてる
全ての日本人と帰化人です。
分断の歴史から、
恨み辛み妬みを言い合っても
新しいものは生まれない。
今を生きる者達として
皆んなで協力して
もっと良い日本を創りましょう!
これからも日本のために
元在日、帰化人の僕しか言えない事を
伝えて行きたいと思います。
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