社説:AI新法 悪用防ぐ実効性に懸念
人工知能(AI)に特化した初の法律が先の国会で成立した。 AIの活用と規制の両立を図るとうたっているが、前者に重点が置かれたのは明白だ。悪質な利用による被害が深刻化する中、より強い規制が必要ではないか。 新法は、首相をトップとする戦略本部を設け、データセンターの整備や人材育成の方針などを含む「AI基本計画」を策定するという。 国の調査権限を明記し、本物そっくりに作った画像や音声からなる「ディープフェイク」など、生成AIの不正利用の問題では、事業者らに抑制を要請するという。 だが罰則規定は設けなかった。急増する悪用に歯止めをかけられるのか。実効性は心もとない。 卒業アルバムの写真が知らない間にわいせつな形に加工され、交流サイト(SNS)で拡散されていた-。そんな「性的ディープフェイク」の被害が広がっている。簡単に作成でき、誰でも被害者になる可能性があるが、ほとんどが「泣き寝入り状態」と実態を調査する民間団体は指摘する。 子どもの性的画像では、既存の法律が「実在する児童の姿態」を対象とするため、適用が難しい。AI新法も、国会の付帯決議で「取り締まりや削除依頼を強化」と記すにとどまる。これでは懸念は解消されない。 AIの発展に伴い、災害時のデマ拡散や詐欺広告、著作物侵害など、新手の犯罪や不正利用が次々に問題になっている。政府は、技術動向の調査や事業者への指導、助言で対応し、悪質な事例は公表することで注意を促すという。 だが強制力のある禁止規定がなければ、巨大ITや開発企業がどこまで従うのか、甚だ疑わしい。 海外では踏み込んだ規制が目立つ。欧州連合(EU)のAI規制法は個人の権利保護を重視し、違反企業には巨額の制裁金を課す。韓国はAIによる偽画像の所持や視聴を処罰する法改正を行った。米国でも今春、性的画像のSNS投稿を罰する連邦法が成立した。 日本のAI開発は、先頭を走る欧米や中国に大きく遅れている。技術革新や投資環境の整備に前のめりになるあまり、負の側面に目をつぶる姿勢が顕著だ。 鳥取県は「子どもの健全な成長への深刻な影響」を重視して、AI加工の児童ポルノを規制し、違反者に過料を科す条例改正を行った。国レベルでも参考になろう。 日進月歩の技術革新を「もろ刃の剣」でなく、安心して活用できる法整備へ議論を求めたい。