この地で、地上戦があったという現実が恐ろしかった
──戦後80年という年(2025)に、悲惨だった沖縄戦を描いたこの映画が公開されるのは、とても意義深いことだと思います。しかも実話をもとにした、リアルな作品でした。出演を受けられた理由からお聞かせください。
堤 この作品は、2013年に井上ひさしさんの原案で舞台化されているんです。僕は映画と舞台は別物だと思っているので、舞台の映画化にはやや抵抗があったのですが、平一紘監督が書かれた脚本を読んだとき、とても胸にくるものがあって落涙してしまい、すぐに「出ます」とお応えしました。
山田 僕は戦争映画に対しては、難しいものといったイメージがあったので……迷ったんです。ただ幼いころ、広島の原爆ドームの近くに住んでいたことがあって、原爆資料館にはときどき行っていましたし、広島にいると戦争を意識せずにはいられないわけで、いつか戦争に関する作品に出られたらと、漠然とは思っていました。そのタイミングが、いま来たといいますか。俳優になってから演じることや自分の目指すべき方向性に悩んでいた時期があって、それを経てようやく自分の仕事として食えるようになったと思ったら、食えない、飢えに苦しむ役が来まして(笑)。
堤 面白いこと言うね(笑)。
山田 だから、これは苦しかった時期を忘れんなよってガツンと言われた気がする作品でもあるんです。それと、10年前に一度だけお会いして、いろいろお話を聞かせていただいた、あこがれの堤さんと、いつか必ず共演したいと心に決めて頑張ってきた、思いがついに叶った映画でもありました。
──銃撃戦を生き延びたふたりは、終戦を知らぬまま、アメリカ兵に見つからないように木の上で生活を始め、髭は伸び放題、風雨や絶えず飢えと恐怖にさらされる日々を送ります。
堤 正直、僕自身は伊江島の存在すらよく知りませんでした。実際に訪れたら思っていたより小さい島で、城山(ぐすくやま)という山があるだけで、ほとんど平らなんです。その風景がまるで空母艦のように見えて、何だか怖さを感じて、実際にこの地で地上戦があったのだと思うと、何ともいえない気持ちになりました。劇中、島の若い女の人たちが、竹槍の訓練をするシーンがありました。上兵に竹刀を振り回され怒鳴られたりするのですが、そのシーンが自分の母の体験と重なりました。うちは父母が戦争を体験していて、父は軍隊に行っていました。「軍隊手帳」を見たこともあります。当時母は学生で奈良の田舎に疎開していたのですが、勉強どころか、竹槍の訓練とか、防火のためのバケツリレーとか……そんな毎日だったと聞いていました。だから身近な話に思えたんです。戦争が始まると、あっという間にあたりまえの日常生活がなくなってしまうということですね。
──国民すべてが巻き込まれて。
堤 ええ。たとえ戦争は間違っていると思っていても、それをひと言でも口にしたら「非国民」と罵倒される時代でしたから。でもこの映画は、単に戦争反対というだけの、事実関係をつないだ作りではなかったところが、よかったと思っています。被害者意識ばかりが強く出る作品もありますが、そうではなかった。それは沖縄出身の若い監督をはじめ、多くの沖縄の俳優の皆さんが出ていて、あの現実を乗り越えてきた人たちだからこそわかる、滲み出るものがあったのでないかと思いました。
山田 僕もそう思います。それに一方的な話ではなくて、米軍側の人生も描いていました。少尉の山下(堤)と、僕が演じる新兵の安慶名(あげな)は、夜になると音を立てず木から下りて、亡くなった米兵が残した食べ物などを、目を凝らして漁りにいく。缶詰が見つかれば大喜びするのですが、そんな中、その兵士の家族写真を見つけるんです。あのシーンを撮ったとき、「ああ、戦争って”おあいこ”なんだな」と思いました。始めてしまったらおあいこなんだなって。
──どちらがいいとか悪いとかではなく。
山田 はい。僕はそう感じました。戦争自体が悪い。それは確かです。けれど、じゃあ、この先どうするかということだと思うんです。ふたりはひどい状況でしたが、どんなことをしてでも生きようとする。それは残してきた母ちゃんとか、家族のためかもしれないし、目の前で死んだ仲間のためかもしれない。その思いを描くシーンもありました。ただ生き抜く。きっとその力、気力が戦争を生き抜くことにおいて大切だったんだと思います。
一生懸命なのに可笑しい。それが人間
──過酷な毎日を過ごすうちに、少しずつ気持ちが通じ合っていく関係が、何とも救いになりました。
堤 それはほとんど順撮り(脚本の順番どおりに撮影すること)だったことが大きいと思います。最初は上官と部下の関係。山下は軍国主義にどっぷり浸って育った人間で、国のためなら命を捧げるという特攻の考え方をもっている。現に初めは「貴様!」と安慶名を蹴り、殴りつけたりもした。それが距離が縮まるにつれ、人間らしさ、本来人間とはこうあるべきだという感覚、気持ちをとり戻していくんです。順撮りができたからこそ無理なく、お互いがお互いを必要とする形になっていけたと思いますね。
山田 それにふたりだったから生きられたと思います。実際に(ふたりのモデルである)生き延びられた佐次田秀順さん、山口静雄さんもそうだったのではないでしょうか。
堤 ひとりだったら精神的におかしくなって、腹を切っていたかもしれない、そのくらい追い込まれた状況で生きていたと思います。
──そういったシリアスなシーンが多く、撮影も大変だったのではないでしょうか?
山田 それが不思議とけっこう楽しかったんですよ。緊張の中でも、くすりと笑えるシーンが挟まれていたりして。
堤 必死で懸命に生きようとしているけれど、人の生活って端から見ると笑えたり、滑稽に見えたりすることってあるじゃないですか。米兵のエロ雑誌と、煙草缶をそれぞれ見つけたとき、交換の交渉するシーンもそうだったね(笑)。ああ、人間ってそんなもんだなって思えましたね。
──いつしか、父と息子のようになっていく様子にも心が温まりました。それがラストの海辺のシーンへとつながっていきますね。
堤 山下は、家に残してきた6歳の息子に、安慶名を重ねるんですね。彼の精神性が6歳くらいのピュアさを持っているから、余計にそう思えたのでしょう。
──演じた山田さんにも、純粋で真っ直ぐな印象がありますね。
山田 あ……そうですかね。そうじゃないところもいっぱいあるはずなんですけど(笑)。
安心感を与え続けてくれた、ガジュマルの木
──この映画では、暮らした木(南洋の地に多い、生命力が強いといわれるガジュマル)が、大きな役割を果たしていますね。
堤 それは感じました。あの木はまさにもうひとりの出演者でした。生きている、と。自然の中で撮影した作品はいくつかありますが、あんなふうにまざまざと”存在”を感じたのは初めてでした。撮影のためには大きさが必要で、(撮影の)1年くらい前から2本を接いで、根付かせたものなんです。木の上に寝っ転がると、大きく包まれるような安心感があって、幸せだなあって思いました。まるで赤ん坊がお母さんのおなかの中で安心している、それくらいの感覚がありましたね。
山田 ふたりにとっては、もはやあの木が唯一の帰る場所だったんですよね。
堤 実際、生きて帰られたおふたりが生活していたガジュマルも、ミースィ公園という所の近くに現存しているんですよ。
──そうなのですか。その木は、伊江島で起こったすべてを知っているということかもしれませんね。
山田 そうだと思います。いま堤さんが安心感と言いましたが、僕は僕で、大先輩である堤さんとご一緒させていただいていることで、ものすごく安心感があったんです。自分がどんな(芝居の)球を投げても、返してもらえるだろうという安心感。すごく助けられました。演じるということについても、夜ご飯のときなどに、たくさん教えていただき、すごく学びになりました。
──共演で得られたことが、たくさんあったということですね。
山田 はい。僕はただ目の前の仕事を精一杯やり続けてきてたから今があると思うのですが、先々のことを考えるとどうなるのかなと考えることもあります。けれど今回、堤さんを見ていて、仕事にはただ真摯に向き合い、確かな演技力を身につければ、やり続けられるんだと。
堤 そうなの? 何かを教えたというつもりは全然ないんだけどね。
山田 いやもう、めちゃくちゃ勇気をもらいました。
──それでは最後に、戦争終結から80年を迎える年について、思うことをお聞かせください。
山田 戦争なんて、もちろん経験しないほうが良いに決まってますが、戦争をしないために歴史や知識を得ることは大切だと思います。今回、この作品に参加して、知ることができたことがたくさんありました。理解が深まれば、戦争をしないためにどうすればよいのかも、考えることができると思います。
堤 ……80年って、すごく昔のようですが、たかだか80年、と我々は思ったほうがいいと思います。忘れてはいけないことですし、今は平和といえど、危うさはいつもあるわけですから。
山田 僕は、この映画は戦争を踏まえて作られてはいますけど、命を描いた映画だと思っているんです。
堤 そうだね、命。生きることの問いかけというか。観ていただく方たちに、それを少しでも感じていただけたら、うれしい。そう思います。
太平洋戦争末期の1945年。沖縄県伊江島に米軍が侵攻し、激しい攻防の末に島は壊滅的な状況に陥っていた。宮崎から派兵された山下一雄少尉(堤真一)と沖縄出身の新兵・安慶名セイジュン(山田裕貴)は敵の銃撃に追い詰められ、大きなガジュマルの木の上に身を潜める。圧倒的な戦力の差を目の当たりにした山下は、援軍が来るまでその場で待機することに。戦闘経験豊富で厳格な上官・山下と、島から出た経験がなくどこか呑気な安慶名は、噛みあわない会話を交わしながらも2人きりで恐怖と飢えに耐え続ける。やがて戦争は終結するが2人はその事実を知るすべもなく、木の上で“孤独な戦争”を続ける。
写真・内田裕介
スタイリング・[堤真一]中川原寛(CaNN)、[山田裕貴]森田晃嘉
ヘアメイク・[堤真一]奥山信次(barrel)、[山田裕貴]小林純子
文・水田静子
編集・遠藤加奈(GQ)