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「トランプ政権vs.ハーバード大学」担当Dが見た“対立”の深層

「『関税』でもめていると思っていたら、今度は『大学』??
 トランプ大統領はまた新たな“敵”をつくったのか…」

国際ニュースのデスクとして私が毎日のように翻弄されてきたトランプ氏の言動。しかし「大学」をターゲットにするとは想像していませんでした。対立を深めるハーバード大学の現場で何が起きているのか、なぜ、トランプ氏は大学をターゲットにするのか。
一人でも多くの人の「声」を聴きたいと、2週間にわたる現地取材で大学関係者への接触を試み、最終的に約30人に「いま最も伝えたいこと」を語ってもらうことができました。
当事者の「生」の声から見えてきた、世界最高峰の「知」の現場で起きる異変と、“対立”の背景とは…。
(政経・国際番組部 野田 淳平)

「その話題には触れられない」 現地で感じた“もの言えぬ空気”

私がハーバード大学の取材に訪れたのは6月下旬。
「世界屈指の名門大学」を一目見ようと、多くの観光客でにぎわっていました。
しかし、学生や研究者への取材を始めるとすぐに“異様な空気”を実感、この問題がいかに「センシティブ」なのか、突きつけられることになりました。

キャンパスの前で、トランプ政権と大学の対立について聞きたいと学生たちに話しかけると…

「その話題には触れられない」
「カメラには映れない」
「留学生としてリスクを冒せない」

次々と“取材拒否”にあう中で、ようやく個別取材のアポイントが取れたと思った外国人研究者からも…

「海外から来ているセンシティブな立場」であることを理由に、取材が急きょキャンセルに。

トランプ政権と対立が深まる状況を前に学生や研究者たちの間に広がる、“もの言えぬ空気”。学問の現場に、異変が起きていました。

“自分も拘束されてしまうかもしれない” 留学生に広がる恐怖心

現地で取材を進めるうち、「いまの状況を知ってほしい」「匿名でなら」と取材に応じてくれる学生や研究者が次第に増えていきました。私は、今回の取材を通じて、1人でも多くの人に会い、「いま最も伝えたいこと」を聴いていくことにしました。

「ルールに従っていれば、誰でもどこの大学でも学ぶ権利があると思いますよね。いまの状況が、早くよくなることを願っています」

カメラの前でインタビューに答えてくれたのは、大学院で学ぶ留学生です。
いつ滞在資格を失ってもおかしくないと不安を抱えているといいます。
そのきっかけとなったのは3月、近くの大学に通うトルコ人留学生が路上で突然当局に拘束されたことでした。このニュースが報じられると、ハーバード大学の学生たちの間で“恐怖心”が広がっていったといいます。

「この件以降、明確な理由のない拘束が相次いだので、自分も恐怖を感じました」

留学生として、自分の意見を自由に述べることもままならない状況にもどかしさを感じながらも、このまま大学で学び続けていきたいと願っています。

「今はセンシティブな問題についてはソーシャルメディアへの投稿を控えるなど、慎重に過ごしています。政権が私を攻撃する不当な理由を与えたくないし、ビザを取り消されることも避けたい。ただ安全を確保して学位を取得したいです。」

ハーバード大学への圧力を強めるトランプ政権

「ハーバード大学に数十億ドルが支払われてきた。なんと、ばかげたことか。」

ハーバード大学への圧力を強めるトランプ政権。

大学に対する助成金を打ち切ったり、留学生の入国を制限したりする政策を打ち出してきました。その理由として、大学が“反ユダヤ主義的”であるとか、多様性などを推進するDEIについて、“リベラルすぎる”と主張しています。
これに対して、ハーバード大学は否定、そして反発しているのです。

アメリカ社会で広がる“リベラル”と“保守”の分断、その価値観の対立が、大学という「学問の場」に持ち込まれる事態になり、学生たちの間に緊張感が漂っているように感じました。

「私たちの未来を脅かす」助成打ち切りで科学研究の危機

さらに、トランプ政権との大学の対立の中で深刻な影響が生まれているのが、政府機関からの「助成金」によって支えられてきた科学研究です。

「多くの人が基礎研究に多大な努力を注ぎ、時間がかかってようやく生まれる革新的な成果が最終的に私たち全員に恩恵をもたらすのです。しかし、その基礎段階での研究を絶つことは、私たちの未来と、健康な人生を送るための進展を脅かすことになります」

公衆衛生大学院で環境疫学を研究するマーク・ワイスコフ教授です。

私たちに見せてくれた「通知」には、これまでワイスコフさんの研究を支えてきた、NIH(国立衛生研究所)やCDC(疾病対策センター)からの助成金の打ち切りを知らせるリストが添付されていました。

人間の歯を分析して認知症の発症メカニズムを調べる研究や、ALSの発症リスクに関する研究に取り組んできたワイスコフさん。20年にわたり継続して取り組んできた研究も、今回、助成金打ち切りの対象となりました。

「腹を殴られたような感じ。締めつけられるような“恐怖”を感じました。あまりにも衝撃すぎてまだ信じられない、一晩で止めてしまうなんて」

ワイスコフさんが懸念するのは、研究の継続だけではないといいます。自身の研究室で雇用している研究者たちも、助成金によって賄われてきたからです。

「ほかの資金源が見つからない場合、一部の人員を解雇せざるを得なくなるでしょう。このままでは社会全体が、健康対策や、深刻な病気の予防法を失うことになってしまいます」

志半ばで帰国する日本人研究者も

現地での2週間の取材中、実際に助成金の打ち切りによってアメリカにとどまることができなくなったという研究者2人に出会いました。そのうちの1人が、公衆衛生大学院でワイスコフさんとは別の研究室に所属する日本人医師の男性です。

社会の格差と健康状態にどのような関係があるか研究を行ってきた男性。去年、最先端の「知」を学ぶため、念願だったハーバード大学に研究留学をすることが実現しました。
今後、さらに2年ほど研究を続ける計画でしたが、研究室の助成金が打ち切られたことで、男性は大学に残ることができなくなり、いま、帰国に向けた準備を進めています。

世界最先端の研究を日本の地域医療に持ち帰ろうと、ハーバード大学での研究に没頭してきた男性は、いま無念の思いにかられています。

「研究テーマをアメリカできわめたかった。それが道半ばでっていうのは本当に悔しいです」

なぜ研究現場に「対立」が持ち込まれるのか 研究者の嘆き

こうした状況の中で、研究環境を維持しようと奔走する研究者の思いにも触れることができました。医学部准教授で小児精神科医として病院に勤務する内田舞さんです。

子どものうつ病やADHDなどについて脳画像をもとに分析、科学的なエビデンスを積み重ねて原因を探るとともに、どのような治療が効くのかなどの研究に取り組んでいます。

内田さんは6月、新たな研究計画を作成し、NIHに助成金を申請しました。ハーバード大学を取り巻く現状を考えると、新たな助成金が認められるかどうかの見通しは立たないといいますが、研究員の雇用や研究環境を守るためには、いま自分ができることに取り組んでいくしかないと考えています。

「研究室の存続自体を不安に思う気持ちはあるんですけれども、今の私にできることは、いいクオリティの研究計画を書くことなんですよね、だからそのために毎日頑張っています」

私たちの取材のあと、内田さんは慌ただしく自宅を飛び出しました。向かったのは夜の病院。今後の研究を支えてくれるかも知れない民間の“寄付者”に面会するためでした。

インタビューの最後、「いま最も伝えたいこと」を聞くと、内田さんが吐露したのは、トランプ政権と大学側の“価値観”の対立が、研究の現場に直接影響を与えていることへの嘆きでした。

「科学と医学の進歩というのは誰もがベネフィット(利益)を受けるものだと思うので、それを二極化して敵と味方という対立構造を作ることに、どんな意義があるんだろう…」

「対立」の背景にみえる“2つの多様性”

なぜ、大学が“価値観”の対立の現場となってしまったのか。その深層を探るべく、私は今回、ハーバード大学を代表する2人の論客の話を聴くことにしました。

「この闘いは、民主主義が救われる方向に進むか、それともアメリカで民主主義が終えんを迎える方向に進むかの分岐点にあります」

トランプ政権が強める“圧力”に対して先頭に立って声を上げ続けてきた、ライアン・イノス教授です。
イノスさんは、DEI(多様性などの推進)などをめぐる価値観について批判があったとしても、みずからの判断で対応する権利があるとして、大学に対して、政権からの“圧力”には断固反対するよう求めています。

「大学は、独立性を維持するために政府や指導者を喜ばせる必要はない、というのがアメリカの伝統的な考えでした。いま目にしているのはそこからの根本的な脱却です。私が懸念するのは、アメリカ社会がこれを当たり前だと受け入れてしまうことです。そうなれば人々は、政府から罰せられる恐怖におびえ続けることになります。そのとき私たちが暮らす国は、もはや自由な社会ではありません」

もう1人、私が話を聴きに向かったのが、ハーベイ・マンスフィールドさんです。長年、「保守派」の論客としての立場から大学のあり方について論じてきました。2年前にハーバード大学の教員を引退したあとも学生新聞に寄稿を続けるなど、積極的に発信を続けています。

マンスフィールドさんは、アメリカ社会が「リベラル」と「保守」に分かれているのにもかかわらず、大学内がリベラルに寄りすぎていることを問題視してきました。ハーバード大学の学生新聞が一部の学部の教職員に政治志向を聞いた調査(2023)では、「リベラル」と答えた人は77%、「保守」と答えた人は2.9%という結果も出ています。

「ハーバードは数十年にわたり、『多様性』と呼ぶ政策を推進してきました。それは、黒人や女性をハーバード大学に増やすことを意味していました。しかし、『視点の多様性』と呼ばれるものについては何も言及していませんでした。ハーバードのほとんどはリベラルで、このパターンに合致しないことは、言ったり考えたり教えたりすることがほとんどできませんでした」

マンスフィールドさんは、トランプ政権による学問への“介入”については批判をしながらも、ハーバード大学の内部で『視点の多様性』が乏しかったことが、今回の事態を招いたと考えています。

「政府が、大学が何を教えるか、誰を採用するかについてコントロールすべきではないことは明白です。それは完全にレッドラインを超えています。トランプ政権は、大学の言論を操作したいのです。ハーバード大学は、これまであまりにも慢心し、自分たちの行動がすべて正しいと過信してきました。そして今、突然、反対側の陣営である共和党や保守派から責任を問われているのです」

“自由の国”アメリカはどこへ

取材期間中の7月4日、アメリカは「独立記念日」を迎えました。ハーバード大学があるマサチューセッツ州はアメリカ独立運動の中心となった場所として知られています。
多くの市民が“自由”を勝ち取った喜びを祝う姿を取材しながら心を揺さぶられた一方で、同じ日、トランプ大統領が署名した法案には、ハーバード大学などに増税を課す内容も含まれていました。
まさにこれが、今のアメリカを象徴する瞬間なのだろうと感じました。

研究のための助成金が打ち切られた公衆衛生大学院のマーク・ワイスコフ教授は、地元で行われた独立記念日のイベントに参加していました。
“自由”を誇り、世界の“知”を受け入れて発展してきたアメリカはどこへ行くのか、ワイスコフさんはその行方に思いをはせています。

「アメリカは、あらゆるところから集まってくる偉大な頭脳と偉大な人々を常に受け入れてきた。私は間違った道を進んでほしくない。私は、これが一時的なものであり、以前のようにアメリカの学問が再び盛んになることを望んでいます」

現地取材を終えて

アメリカの“知”はどこへいくのか、科学研究の未来はどうなってしまうのか、今回の取材を通して大きな転換点に立っていることを実感しました。その一方で、私がいちばん印象に残っているのは、政治的な分断が持ち込まれたことで学問の世界に広がっていた、“恐れ”の空気でした。当事者である学生や研究者にとって、今この問題を語ることはとてもセンシティブで大きな負担を伴う状況にあります。

しかし、取材を進める中で、実際に起きている「異変」について知ってほしいと連絡をくださる方が多くいたのも事実です。直接話を聞くことができた人のほかにも、匿名のアンケートには20人近くの大学関係者が「声」を寄せてくれました。

留学生として感じる恐怖、研究が続けられないことへの嘆きや怒り、また、学内の多様性についての意見、自分の将来への不安など。「分断」が深まれば深まるほど上げにくくなる「当事者の声」を、これからもしっかりと受け止めていかなければいけないと感じた取材でした。

政経・国際番組部
チーフ・プロデューサー
野田淳平
2007年入局沖縄局・大阪局などを経て現所属
「国際報道2025」のデスクとして、国際ニュースの企画・制作を担当

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