「女性のほうが育児に向いている」ことを示す科学的根拠は見つかっていない! 子育てに必要な「親性脳」を育てる方法とは

「女性のほうが育児に向いている」ことを示す科学的根拠は見つかっていない! 子育てに必要な「親性脳」を育てる方法とは

女性には、母性があるから子育てに向いている──。昔から社会に浸透している言説ですが、実を言うと「母性」や「母性本能」が存在することを示す科学的根拠は見つかっていません。近年の研究では、適切な子育てに必要なのは「親性脳(おやせいのう)」と呼ばれるある特定の脳内ネットワーク活動であり、それは「性別に関係なく、育児経験によって発達するもの」であることがわかってきました。

では、なぜいまも「子育て=女性がするもの」という考えが根強いのでしょうか。また、「親性脳」とは具体的にどのようなもので、どうやって育てればいいのでしょうか。京都大学大学院教授の明和政子先生にお話をうかがいました。

\お話をうかがった方/
明和政子(みょうわ まさこ)さん
京都大学大学院教育学研究科教授。専門は脳科学。
京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。京都大学霊長類研究所研究員、京都大学大学院教育学研究科准教授などを経て現職。日本学術会議会員。『ヒトの発達の謎を解く』(筑摩書房)、『マスク社会が危ない』(宝島社)など著書多数。

母性や母性本能という「神話」は思い込みから生まれた

──母性や母性本能という言葉を当たり前のように使っていたので、科学的根拠がないと知って驚きました。だとしたら、なぜ「育児は女性がするもの」という社会認識が生まれたのでしょうか。

明和:理由は大きく2つあると考えています。まず1つめは、女性に対するジェンダーバイアスです。女性は生物学的に子どもを生む性なのだから、子どもを育てる性でもあるはずという先入観をもたれがちです。

もう1つの理由もやはり先入観で、私たちはヒトに近い類人猿を鏡として自分たちのことを知ろうとする傾向があります。たとえばチンパンジーやニホンザルは、母親が出産と育児をすべて担っているので、「人間もそうでしょ」と思ってしまうようです。

しかし、ヒトとチンパンジーの出産と育児はかなり異なっています。チンパンジーの出産間隔はヒトよりもかなり長く、7〜8年に一度です。出産した母親が子どもを育て、子どもが自立して母親から離れると、ようやく母親の体内に排卵が起こり、次の子どもを生む準備が整う。ひとりの子どもを丁寧に育て上げてから次の子を産む、それがチンパンジーが多くの子孫を残すための生存戦略です。ヒトとはかなり違いますよね。

──確かに、ヒトは出産後1年もすれば排卵が起こりますし、子どもが自立して親元から離れるまでに20年くらいかかります。

明和:ヒトの女性は、とても短い間隔で子どもを産める一方で、子どもが自立するまでに長い時間がかかります。そのため、チンパンジーと同じように母親がひとりで産み育てる戦略では、子どもの生存可能性が低くなってしまいます。では、ヒトはどのような生存戦略で進化してきたのでしょうか。母親は子どもを産むけれども、子育てはコミュニティの複数のメンバーが協力して行う。そうすることで子孫を残してきました。

母親は短い間隔で多くの子どもを産み、産まれたあとは周囲の信頼できる他者と共同で子どもの世話を行う。これを「共同養育」と言いますが、ヒトはそうした形態をとって進化してきたと考えられています。

ですから、現代社会のように、母親がひとりで子育てを担うことは、生き物としてのヒトにとって無理なのです。

子育ての向き・不向きに生物学的な性差は関係なかった!?

──母性に科学的根拠が見出されていない一方、明和さんが提唱している親性脳には科学的なエビデンスがあるとうかがっています。あらためて、親性脳とは何かを教えていただけますか?

明和:わかりやすく言えば、育児を適切に行うために必要な心や行動を支える脳内のネットワークです。ヒトに親性脳ネットワークが見つかったのはいまから十数年前のことで、ある画期的な研究がきっかけでした。

研究では、3つのグループからなる乳児の養育者を比較するため、fMRIという脳の活動を計測する装置に入ってもらい、自分の子どもが泣いていたり、オムツを替えていたりする日常場面の映像を見てもらいました。

第1グループ:子育てを主に担っている女性
第2グループ:子育てにあまりかかわらない男性
第3グループ:子育てを主に担っている男性

その結果、第1グループでは自分の子どもの映像を見たときに、まず黄色で示してある脳部位がすばやく活動し、その後、ピンクで囲った脳部位に強い活動が見られました。黄色は子どもの心の状態に対して無意識的・反射的に活性化する脳のネットワーク。ピンクのほうは子どもの状況に応じて、どう行動するべきかを論理的に推論するネットワークで、前頭前野という高度な認知処理を行う脳部位が中心的な役割を担っています。

グラフィカル ユーザー インターフェイス が含まれている画像

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出典:Abraham, E., Hendler, T., Shapira-Lichter, I., Kanat-Maymon, Y., Zagoory-Sharon, O., Feldman, R., 2014. Father’s brain is sensitive to childcare experiences. PNAS 111, 9792–9797  を参考に明和先生が作成

第2グループ、あまり子育てに関与していない父親たちではどうだったかと言うと、第1グループとは異なり、明確な脳の活動は見られませんでした。

──母親と父親で、違いが見られたわけですね。

明和:最も重要な結果が得られたのは、第3グループの父親です。子育てを主に担っている父親に子どもの映像を見せたところ、なんと第1グループの母親たちとほぼ同じ脳活動が見られたのです。

──男や女といった性別にかかわらず、普段子育てをしている人たちが示す親性脳の活動は、子育てに関与していない人たちでは弱いということですか。

明和:おっしゃるとおりです。子育てを適切に行うための脳の活動には生物学的な性差は見られない、というのが科学的に示されたのです。むしろ、個人差のほうが圧倒的に大きいですね。先ほど説明した2つのパターンからなる脳のネットワーク活動をまとめて親性脳と呼びますが、この10年ほどで多くの研究がその存在を支持しています。

実際に子どもと触れ合う経験こそが親性脳を育む

──親性脳が発達している男性は、育児を担ううちに親性脳が発達したのでしょうか? あるいは、もともと親性脳が発達しているから育児に参加するのでしょうか?

明和:これから初めてお父さんになる日本人男性約100名を対象に、パートナーの妊娠初期から子どもが生まれて生後半年になるまで長期間にわたって調査をさせていただいたことがあります。

その結果、パートナーが妊娠早期から中期の段階で、男性の親性脳が3つのタイプにわかれることがわかりました。親性脳の活動がすでに強いグループ、親性脳の活動が少し見られるグループ、親性脳の活動がほとんど見られないグループです。また、平均で言うとパートナーが妊娠中期から後期にかけて、親性脳が発達するケースが多いようでした。

──男性のなかにも、親性脳の活動が強い人たちがいて、その多くは子どもが生まれる前から親性脳が発達しているのですね。

明和:男性の場合、妊娠する女性と違って自分の身体に変化は表れませんが、おそらくパートナーのおなかが目立ってくる、おなかの赤ちゃんをエコーの写真で見る、プレパパ学級に参加するといった社会的刺激を日常的に受けることで、親性脳が発達し始めると思われます。

男性の親性脳発達には、個人差が大きいことがわかりましたが、それに関連する明確な要因があることもわかっています。ご自身のお子さんが生まれる前から親性脳の活動がすでに明確に見られる男性は、100%の割合で過去2年以内に実際の赤ちゃんと触れ合う経験があったのです。

ロゴ

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出典:Díaz-Rojas, F., Matsunaga, M., Tanaka, Y., Kikusui, T., Mogi, K., Nagasawa, M., Asano, K., Abe, N., and Myowa, M. 2023. Development of the paternal brain in humans throughout pregnancy.Journal of Cognitive Neuroscience, 35(3): 396–420.  を参考に明和先生が作成(編集部がグラフの色などをアレンジしています)

つまり、親性脳の発達には、実際に子どもと接触する身体経験が関係しているのです。おそらく親性脳の発達は、座学だけでは十分でなく、直接子どもと触れ合う体験研修のような学びが有効だと考えられます。ですからプレパパ学級でも、人形を抱いたりスマホで勉強したりするのではなく、実際の赤ちゃんを抱っこしたり、オムツを替えたりすることをおすすめします。

保育施設は、親性脳を育むための大事なコミュニティ

──育児に必要なのは親性脳という脳内ネットワークで、それは性差にかかわらず後天的に発達させられる。だからこそ、子育ては女性だけのものではない。その事実を心強く感じる保護者も多いのではないでしょうか。

明和:私が子どもの頃には、幼少期から親性脳を育む機会が社会のなかに当たり前のようにありました。公園にはいつも多年齢の子どもたちが集まっていて、年長者は小さい子どもの面倒を見るのが当たり前。小さい子が危ないことをしようとする、泣いていたりすると、年長者が「どうしたの?」「危ないよ」と言って助けていたものです。

子ども同士だけではありません。子どもたちは地域コミュニティのなかで、隣近所の大人やお兄さん、お姉さんたちと触れ合うこともごく当たり前でした。

──コミュニティで共同養育するという点では、さきほどの「チンパンジーとの違い」の話に通じるものがあります。

明和:半世紀ほど前までは、コミュニティで機能する共同養育の経験によって、小さいときから自然に親性脳が育まれていたはずです。しかし、戦後、とくに高度成長期に核家族化が急激に進むと、夫は仕事、妻は家事育児という役割分担が明確にわかれる時代になりました。子どもの数もどんどん減っています。

それを踏まえるなら、現代の保育園や幼稚園、こども園には、現代版の共同養育の場となって、子どもだけでなく親御さんの親性脳まで育んでくれることを期待したいです。しかし、すでに疲弊されている保育現場の負担をさらに増大させるわけにはいきません。

では、どうすればいいか。まずなすべきことは、保育士の社会的地位の向上です。保育士は、親性脳のなかでもとくに前頭前野の活動が求められる、とても知的なお仕事です。もう少し言うと、ChatGPTなどの生成AIでは代替が難しい、感性や創造性、共感性が求められる仕事でもあります。

一方で、子どもは国家が持続的に発展するための財産です。その責務を担う保育士という職業の重さと意義を、社会はもう少し深く理解する必要があるでしょう。保育は誰にでもできるサービス業ではありません。だからこそ、資格の見直しや処遇の法整備から改善する必要があると考えます。

また、保育園は子どもを預かり、世話するだけでなく、親性脳を育むための重要なコミュニティ機能をもつことを国に訴えていくべきです。

2026年度から全国で本格的に実施される「こども誰でも通園制度」のいまのあり方にも、私は疑問を感じています。保護者同士の交流や地域コミュニティの活性化を目指してスタートしたはずなのに、いつのまにか、単なる託児サービス的な制度になっているのは残念です。

──ご指摘のとおり、日本の子育て政策には整備すべきことがたくさんあると感じます。ただ、明和先生が示してくれたようなエビデンスをもって国に訴え続ければ、状況は変わってくる気がします。

明和:科学の知見を羅針盤として政策を変えるのは、日本ではとても難しいです。それでも、内閣府が作成する男女共同参画の自治体向けのマニュアルに、親性脳についての知見が引用されると聞きました。科学者という立場からすると、半歩前進でしょうか。

北欧やオーストラリアは、次世代の人材育成の政策に科学的エビデンスをうまく活用しています。日本の政策立案を担っておられる方々には、ぜひ参考にしていただきたいですね。日本でも遅ればせながらこども家庭庁ができましたが、この機関が本当に適切に機能していくかどうかはこれからです。ヒトとして本来必要な子育て環境、共同養育社会を早急に具体化・実現していただきたいと願います。

取材・文/岸良ゆか

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