“起点”の象徴が抱える法的空白
かつて江戸幕府の成立とともに整備された五街道。その中心が日本橋だった。江戸を起点とし、旅の出発点であり終着点でもあった。
【画像】「なんとぉぉぉぉ!」 これがAH1標識の「設置場所」です! 画像で見る(計6枚)
現在も、日本橋は日本の道路網の起点とされている。その象徴が、首都高速都心環状線の高架下、橋の中央に設置された「日本国道路元標」だ。道路元標とは、道路の起点・終点・経過地を示すための標示物である。
橋のたもとには記念モニュメントがあり、これを元標と勘違いする人も少なくない。実際の元標は、車道の中央に埋め込まれている。交通量が多くて確認しづらいため、たもとにレプリカが設置されているという事情がある。
もっとも、橋の中央にある元標も本物ではない。現在、道路元標に関する明確な法的根拠が存在しないため、実物とされるものもあくまでレプリカに過ぎない。
全国自治体に課された1919年の設置令
1919(大正8)年に制定された旧道路法および関連する道路施行令では、全国の各市町村に道路元標を設置することが義務付けられていた。この元標を基準に、道路の起点や終点が明確に定められていた。
しかし、1952(昭和27)年に施行された新しい道路法では、道路元標の設置義務は削除された。現在も全国各地に道路元標は残っているが、法的な効力はすでに失われている。
日本橋の中央に埋め込まれている現在の道路元標は、1972年の道路改修時に新たに設置されたものである。
それ以前に使われていた元標は、現在のレプリカの横に立つ十字の柱だ。一見すると記念碑のようだが、これは当時の東京市が設置した「東京市道路元標」である。形状が独特なのは、かつて都電の架線柱としても使われていたためだ。
全長2.1万kmの陸の大動脈
日本国道路元標には、意外なほど重要な役割がある。それは、欧州までつながる国際道路網「アジアハイウェイ」の起点であることだ。
首都高速都心環状線を日本橋付近で走ると、「東京市道路元標」を示す架線柱の標識とともに、
「AH1」
と記された標識が現れる。ここがアジアハイウェイ1号線の起点であり、終点はトルコ西部、エディルネ県にあるカプクレ。ブルガリアとの国境に位置する町である。
アジアハイウェイは、1959年に国連極東経済委員会が提唱した構想だ。既存の道路を活用しながら、アジア諸国間の経済・文化の交流、そして平和的発展を目的としている。
構想自体は古いが、実際に動き出したのは21世紀に入ってから。日本は2003(平成15)年に正式参加を表明し、同年タイ・バンコクで「アジアハイウェイ道路網に関する政府間協定」が締結された。これを受けて、日本でも協定に基づく標識の設置が始まった。
アジアハイウェイ1号線の全長は約2万1000kmにおよぶ。日本橋を出発し、東名高速、名神高速、中国自動車道、そして福岡高速を経由して博多港国際ターミナルへと至る。
日本での終点が博多港となっているのは、そこから海路に切り替わるためだ。現在は新型コロナの影響で中断されているが、博多~釜山間のフェリー航路は自動車の輸送にも対応しており、陸路としての継続が可能となっている。
夢と現実が交差する戦略回廊
韓国からアジアハイウェイ1号線は西へと進む。しかし、韓国と北朝鮮の境界にある板門店は通過できないため、ルートは迂回を余儀なくされる。
韓国から中国に渡った後は、
・ベトナム
・タイ
・ミャンマー
・インド
・バングラデシュ
・パキスタン
・アフガニスタン
・イラン
を経由し、トルコへと至る。アジアと欧州の境界に位置するボスポラス海峡には橋が架かっており、車での通過も可能だ。
さらにその先、トルコの終点カプクレから西へ進めば、欧州を横断し、最西端のポルトガルまで到達できる。高速道路網は整備されており、物理的には走破可能な状態にある。
とはいえ、この約2万1000kmにおよぶルートを全線走破した者はいない。最大の障壁は、アフガニスタンとパキスタン国境付近の治安情勢だ。インドからカイバル峠を経てアフガニスタンに入るルートは設定されているが、この一帯は長年にわたり退避勧告が出ている地域。到達するだけでも困難であり、横断は現実的ではない。
多国間非対称コスト構造
こうした現状を踏まえると、アジアハイウェイは物理的インフラと地政学的リスクの乖離により、構想段階にとどまっている。インフラの接続自体は確保されているが、利用の前提となる国家間の安定や通行の安全性、政治的信頼は未整備だ。
加えて、運用が始まった場合でも、複数国間の輸送条件に非対称性が生じる。通関手続きや関税制度、道路規格、法令運用の違いが積み重なれば、長距離一貫輸送のコスト競争力は失われる。つまり、物理的につながっていることと実際に機能していることの間には大きな隔たりがある。
それでも日本橋の「AH1」標識は意味を失わない。これは現在の接続可能性を示すものではなく、将来の選択肢を示す重要な要素だ。移動の多様化や地政学的変化を想定すれば、この標識は空間における可能性の座標の一つとなる。
道路は点と点を結ぶ線として設計されている。今、その線が断たれているとしても、再び接続される可能性がなくなったわけではない。接続の構造的可能性こそが、未来の交通戦略の基盤となる。(猫柳蓮(フリーライター))
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