「骨も丸ごと食べられる魚」の養殖に成功 どうやって、骨をやわらかくしたのか?
骨密度を通常の70%に落とす
杉浦教授は、子どものころから父親に20センチぐらいのイワシを「丸ごと食べなさい」としつけられました。「だから『骨があるから嫌だ』という気持ちはよくわかる」と言います。 そこで杉浦教授は5年をかけて、魚の骨を軟らかくする養殖技術を開発し、その技術を使って骨ごと食べられる魚の養殖に成功しました。 「骨は主に土台となるコラーゲンと、周りを固めるリン酸カルシウムでできています。通常、飼料(エサ)にはリンが多く含まれていますが、飼料のリンを少なくすると骨を作れなくなり、骨が軟らかくなります」 しかし、リンを減らしすぎると骨密度が極端に低下し、魚が弱ってしまいます。杉浦教授は実験を繰り返し、魚が元気で、なおかつ骨ごと食べられるベストの骨密度は「通常の70%前後」という結論にたどり着きました。 稚魚からある程度大きくなるまでは通常の飼料で育て、出荷前の1カ月間だけリンを減らした飼料を与えます。そうすると、骨密度が70%まで低下し、骨ごと食べることができます。 「最初からリンが少ない飼料で育てると成長が遅くなってしまうので、『最後の1カ月間だけ』というのがポイントです。また、リンの量を減らすと、エサに含まれる脂質がそのまま魚の体内に蓄積されるようになり、脂乗りが良くなることもメリットと言えるでしょう」 こうした研究成果にたどり着いたのは、杉浦教授の専門分野が(魚の)消化生理学であることが大きかったと言えます。 「養殖場付近の水環境は、魚が食べるエサに大きく左右されます。消化吸収されなかったものが排泄され、水を汚染してしまうからです。最も環境にダメージを与えるのがリンです。私は30年以上、環境負荷を抑える飼料技術の研究を続けていて、リンの専門知識もあったので、『養殖魚の骨を軟らかくする』という発想がごく自然に生まれました」
大きい魚は不向き
しかし、すべての魚にこの技術を使えるわけではありません。まずエサを改変する技術なので、養殖可能な魚であることが大前提です。また魚の大きさも重要な要素です。 「一般に魚は体長が大きくなるに従って、骨も太く、丈夫になります。体長が20センチくらいまでなら、どんな魚でも骨がないくらいに軟らかくできますが、20センチを超えると、骨ごと食べられても骨があることはわかります。また同じ大きさでも、もともと骨の軟らかい種類と硬い種類がいます。イワシやアユなどは骨が軟らかいですが、サンマやタイ、スズキなどは硬い。硬い骨を軟らかい状態にすることは可能ですが、通常の倍、2カ月くらいの期間がかかります」 杉浦教授はこれまで、ニジマス、テラピア(イズミダイ)、フナ、コイ、モロコの5種類の魚で、骨ごと食べられる養殖に成功しています。すぐに商品として出せるくらい完成していますが、商品化にはいくつものハードルがあるそうです。 「骨密度を減らすといっても通常の70%程度なので、魚はすこぶる元気です。しかし、骨粗鬆症の弱った魚だと曲解され、『かわいそう』『虐待だ』と言われることもあります。今は極論や悪いイメージの払拭に努めているところです。今後、どうやって消費者に受け入れられるかが大きな課題です」 また、多くの人たちに食べてもらうために、生産コストを抑える研究にも取り組んでいます。すでに最後の仕上げに使う、リンの量を制限した飼料に改良を加え、通常の飼料とほぼ同じ生産コストに抑えられるまでになりました。 「大人の魚離れの原因は、魚の価格が高いからということもあります。骨の軟らかい魚を作っただけでは完成とは言えず、それをいかに安く販売できるかが、魚離れに歯止めをかけることになります」