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「図書館司書の非正規問題」への応答:専門性の多層性と構造的問題の再検討(加筆修正:2025/5/13)

はじめに

はてな匿名ダイアリーに投稿された「図書館司書の非正規問題」は、図書館業界の現状について率直な問題提起をしている。

図書館司書の非正規問題(はてな匿名ダイアリー)

元図書館正規司書による現場の実情報告として重要な価値があるが、同時にいくつかの見解について再考が必要と思われる。特に、非正規職員の専門性評価、能力主義的な視点、そして公共図書館の役割について、より多角的な検討が求められる。

反論者について

私は市区町村立図書館で約3年間、非正規公務員として勤務した経験を持つ。公共図書館・学校図書館での勤務経験および両館でのボランティア活動、30年ほど図書館利用者としての経験を踏まえ、元記事に対する見解を述べたい。

1. 専門性の評価について

元記事は、図書館司書の専門性について「地名の由来を調べるのは地名辞典→地誌を見るだけ。これの何が専門性だというのか」と批判している。確かに定型的なレファレンス業務は存在するが、これは図書館業務の一面に過ぎない。

市区町村立図書館における非正規職員の専門性は:

- 地域住民との継続的な関係性の中で培われる地域密着型の知識
- 限られた予算での効果的な選書判断
- 多様な年齢層・背景を持つ利用者への柔軟な対応
- 地域行事や学校連携における企画・実行能力

これらは現場でしか身につかない専門性であり、決して軽視されるべきものではない。

2. 能力主義の問題点

元記事は「能力によって給与が異なるのはどの世界でも一緒」として能力主義を支持している。しかし、能力主義が真に公正であるためには、キム・ジヘ著『差別はたいてい悪意のない人がする~見えない排除に気づくための10章~』 (大月書店,2021)で指摘されているように:

どんな能力をどのように測定するかという評価基準を作る必要があり、それを遂行する人々には何の偏りもあってはならない。定められた評価基準は、特定のだれかにとって有利になったり不利になったりしてはいけない。つまり、評価を受けるすべての人にとって同じ条件でなければならない。そして他人への評価は、つねに個人の能力のみを測定する、正確な基準でなければならない。

キム・ジへ著『差別はたいてい悪意のない人がする~見えない排除に気づくための10章~』 (大月書店,2021)

現実には、評価基準自体が特定の価値観に偏り、評価者の主観が大きく影響している。

能力主義は人間がつくったものだ。その人間は、バイアスから自由になれないという限界性を持っている。(中略)人はだれしも、個人的な経験や社会的・経済的背景などによって、それぞれ偏った観点を持つものだ。

キム・ジへ著『差別はたいてい悪意のない人がする~見えない排除に気づくための10章~』 (大月書店,2021)

元記事の著者も、図書館という特定の自分が経験した環境での経験に基づいて判断している点で、偏りを免れていない。

3. 非正規職員の置かれた構造的問題


元記事は非正規職員について「相対的な能力不足から当たり前」と断定しているが、これは構造的問題を看過している。

非正規職員は:

- 短期間の雇用契約により、長期的なキャリア形成が困難
- 研修機会が限定され、自己啓発への支援も不十分
- 正規職員との待遇格差により、職業的帰属意識の形成が阻害される
- 雇用の不安定さから、高度な責任を伴う業務への参画が制限される

これらの制約の中で、非正規職員が十分な能力を発揮することは困難である。能力不足を個人の問題として片付けるのではなく、制度の問題として捉える必要がある。

4. 図書館の採用機会について

元記事は「募集もたくさんあるし、優秀な人は普通に就職できる」としているが、これは実情を正確に反映していない。

正規司書職の採用は:
- 都道府県立図書館の正規司書採用は非常に限られており、地元での採用機会を待っていては就職が困難
- 結果として、全国どこでも移住する覚悟で採用試験を受けなければならない状況
- 例えば、三重県の人が新潟県の採用に応募するという例は、そうした地理的制約を越えた就職活動の実態を示す。
- 市区町村立図書館では司書資格不要の一般事務職採用が多い
- 年齢制限の緩和は確かにあるが、実際の採用は若年者に偏る傾向
- 専門図書館職としての採用は限定的
- 実際に、図書館に関する専門書を著している実務経験者の経歴を見ると、「○○図書館、△△図書館を経て現在は...」といった記述が頻繁に見られる。これは、図書館の専門性を持つ人々でさえ、正規職を得るために全国を転々とせざるを得ない現実を如実に示している。つまり、高い専門性を持つ人ほど、安定した雇用を求めて地理的制約を受け入れなければならない構造的問題が存在する。

「機会が開かれているのに挑戦しない」「挑戦して受からないのは能力の問題」という論理は、構造的な問題を個人の責任に転嫁するものである。

5. 公共図書館の本質と価値

元記事は「優秀な人間のみ残して、あとは指定管理に変えたらいい」と提案している。しかし、これは公共図書館の本質を見失った提案である。

公共図書館は:
- すべての市民に平等な情報アクセスを保障する機関
- 地域文化の保存と継承の拠点
- 社会的包摂の役割を担う公共機関
- 長期的視点での地域社会への貢献が求められる

効率性のみを追求し、市場原理を導入することは、これらの公共性を損なう危険性がある。

6. 建設的な解決策

現状の問題を解決するためには:

評価システムの改革 


- 透明性と公平性を担保した評価基準の策定
- 正規・非正規を問わない統一的な評価システム
- 多様な専門性を認める複数の評価軸の設定

雇用制度の見直し


- 非正規職員の正規転換制度の充実
- 継続雇用による専門性の蓄積促進
- 会計年度任用職員制度の適切な運用

能力開発の機会均等


- 正規・非正規を問わない研修機会の提供
- 現場経験を適切に評価するシステム
- 外部との人材交流の活性化

職場環境の改善

- 正規・非正規職員間のコミュニケーション促進
- 世代間の知識継承システムの構築
- 継続的な意識改革の推進

おわりに

人の能力はひとつではなく、能力だけがその人のすべてでもない。にもかかわらず、人を特定の評価基準で断定し、判断してしまう行為は、いつからはじまったのだろうか。

キム・ジへ著『差別はたいてい悪意のない人がする~見えない排除に気づくための10章~』 (大月書店,2021)

図書館司書の非正規問題は、単純な能力論や市場原理では解決できない複雑な問題である。元記事の問題意識は重要だが、その解決策は排除や差別の正当化ではなく、多様な人材が協働できる包容的な環境の構築にある。

図書館が社会にとって真に価値ある存在であり続けるためには、すべての職員の専門性を認め、それぞれが最大限に能力を発揮できる制度と環境を整えることが不可欠である。そのための建設的な議論を続けていくことが、図書館業界全体の発展につながると考える。

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コメント

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「図書館司書の非正規問題」への応答:専門性の多層性と構造的問題の再検討(加筆修正:2025/5/13)|柊木ゆき
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