ハリー・ポッター -Harry Must Die-   作:リョース

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8.ちっちゃなノーバート

 

 

 本日は十二月二十五日。

 クリスマスである。性なる日である。

 ジンッグッベェア! ジンッグッベェア! すっずーがァ、鳴ルーモス! HEY!

 きょッおーはぁー楽っしーいー、クーリースーマーステューピファイだオラァ!

 サンタの格好をしたスネイプが百人に分裂して大広間の天井を飛び交い、蛇そっくりな顔のおっさんとワルツを踊って爆発した。犬と鹿がタップダンスを踊り、鼠と狼が拍手喝采。ピンクのゴスロリ服を着たカエルがウィーズリーの双子にサンドバッグにされているその背後で、頬を染めた乙女のような顔のダンブルドアが金髪のハンサムガイとディープで熱烈なキスをしている。クレイジーでロックなまともじゃない四人組がここにホグワーツを立てようと宣言した、その瞬間。

 ハリーは目が覚めた。

 

「――夢か」

 

 なんだったんだ今のは。

 汗こそかいていないものの、代わりに涙が出そうだ。

 誰も見てはいないが、ハリーはそれをガウンを羽織って忘れることにした。

 確か、ハグリッドが巨大な蜘蛛を「お前の婿にと思ってな」と紹介してくる夢だったはず。

 こんな聖なる日に、まったく冗談ではない。

 

「ハリー! 起きておいでよ!」

 

 ロンの陽気な大声が談話室から、女子寮たるここまで届いてくる。

 いまはクリスマス休暇の真っ最中。

 このグリフィンドール寮にはハリーとウィーズリー兄弟の五人しかいなかった。

 他のみんな、ハーマイオニーも含めて全員は家族の元へホグワーツ特急で帰っていった。

 ロンやフレッド&ジョージ、パーシーは両親が次男のチャーリーが働いているルーマニアに行っているので、帰っても仕方ない。とのことらしい。フレッドとジョージは居たらそれだけでにぎやかだし、ロンは親友。パーシーは多少口うるさいところもあるが、勉強のわからないところを教わるにはもってこいの頼れる人材だ。

 こういう長期休暇にプリベット通りへ帰らなくて済むのは、実にいいことだった。

 昨日の出来事で、自分がダーズリー一家と仲良くできたらという願望があることを知ってしまったのは多少ショックだった。彼らが過去のことを悔いることができ、ハリー自身が彼らからの虐待を許すことさえできれば、それも不可能ではないだろう。

 だが現実で彼らとそういう関係になるには、少なくとも今は無理な話だ。

 女子寮から出て階段の踊り場から下を見ると、談話室には巨大なツリーが飾られていた。

 そのツリーの周りにはプレゼントボックスや手紙が山と置かれている。

 そして、その前に立っているのは満面の笑みのロン。

 

「おはようさん、ハリー! メリー・クリスマス!」

「ああ。おはよ、ロン。メリー・クリスマス」

 

 そういえば誰かとクリスマスを祝うのは初めてだな、とハリーは涙が出そうな嬉しい気持ちという不思議なものに浸りながら、ぱたぱたと降りて行った。

 ロンが手作りと思わしきセーターを着ているのをハリーがみていると、君の分もあるよとロンがもこもこと膨らんだ包みを差しだした。

 ハリーが首をかしげると、ロンが微笑みながら君宛てだよと言う。

 驚いたハリーが半信半疑のまま包みを丁寧に開くと、なんと、まあ、ウィーズリーのおばさんからのプレゼントだった。

 エメラルドグリーンのセーターに、ホームメイドのファッジ。それに手紙。

 手紙には、ロンからあなたにプレゼントを送るようにとの知らせを受けたこと、フレッドとジョージが素晴らしいシーカーだと騒いでいたこと、パーシーが優秀な生徒だと褒めていたこと、ほかにもいろいろなことが書かれていて大変分厚かったが、ハリーはそれがとてもうれしかった。

 

「因みにそのセーター、ママの手作りなんだ。僕のはいつも栗色さ」

「いいじゃない。ハーマイオニーの髪の色みたいで綺麗じゃないか」

 

 ロンがその言葉に顔を真っ赤にしたのを見て、ハリーはけらけら笑う。

 大きいガウンの方が可愛いのよ、と言うハーマイオニーに従って大きめなサイズのガウンを羽織っているが、どうにも袖が長すぎて手が動かしづらい。

 どうせだからと階段の影に隠れて、ガウンとパジャマを脱ぎすててウィーズリーおばさんお手製のセーターを着てみた。もこもこで気持ちがいい。

 

「じゃーん」 

「似合ってるよ、ハリー!」

 

 ハグリッドからは手彫りらしき木製の横笛。

 吹いてみるとフクロウの鳴き声のような低い音が出て、ハリーはいたく気に入った。

 おまけは綴りの間違った荒々しい文字のクリスマスカードに、チョコやラズベリーやナッツの入った大量のロックケーキ。ハリーはちょうどいい朝ご飯だとばかりにバギャブギョと一つ頬張った。ロンにも勧めたが、朝食前なのに彼はお腹がいっぱいだったようだ。

 なんと、マクゴナガル先生からもある。変身術の上級生用参考書と、綺麗な黒い羽ペン。丁寧な文字のクリスマスカードには、しっかり勉学に励むようにとの有難いお言葉つきだ。

 そして更になんとなんと、ダーズリー家からも来ているではないか。

 あんまりにも驚いたものだから、上級生用参考書の表紙を見て目を回していたロンも一緒になってハリーがぴしっとラッピングされた小ぶりな箱を開くのを見ている。

 開けてみるとメモ用紙に走り書きで、

 

――クリスマスプレゼントだ。 バーノンおじさんより。

 

 とだけ書いてあった。……五〇ペンス硬貨だ。しかもセロテープで張り付けただけ。

 あの家族はこういう行事ごとの贈り物だけはしっかりやるから、心の底から憎めない。

 たとえそれが、五〇ペンスぽっちであろうとも。

 箱の大きさに比べて随分質素なプレゼントだなあ、と思いながらもありがたく頂戴して、箱の方を空けてみた。するとバーノン以上の走り書きで、

 

――夏休みにはこれを着てきなさい。 ペチュニアより愛憎をこめて。

 

 などという文句が書いてあった。愛憎て。

 嫌な予感がしながら開けてみると、中には真っ白なワンピースが。

 ご丁寧にも麦わら帽子まで入っていて、絶対着ろよという有無を言わせない威圧感まで同封されていた。かなり高価そうなのが見て取れるため、無碍にもできない。

 所々にフリルがあしらわれていたりと、完全にペチュニアの趣味だ。

 遠回しな嫌がらせなのか、それとも娘が欲しかったというあの時の奇声は本心からだったのか、どちらにしろ善意という形を保っているために嫌がることも断ることも出来ないという、ハリーにとって最上級のいやらがせだった。

 何を勘違いしたのかロンが、

 

「聞いていたよりいい叔母さんみたいだね、ハリー」

「……そ、そだね……」

 

 などと言ってくるのも、またダメージがデカい。

 どうやらダドリーからもあったようだが、チョコの包み紙が入っているだけだったので、彼が用意したプレゼントに何があったかはお察しの通りであった。そんなオチはいらん。

 だがこの調子だと、無難にお菓子を贈っておいて正解だったようだ。たぶん。

 ハーマイオニーからは、蛙チョコレート詰め合わせパック。これもデカい。

 クリスマスカードが入っていた小さな箱には、可愛いリップクリームも入っていた。

 使うたびに香りが変わる魔法がかかっているために、飽きずに楽しめそうなのが良い。

 

 最後に残っていた包みは、どうやらロンの物ではないらしい。

 ロンがハーマイオニーからの百味ビーンズを片手に見守る中、その包みを開けてみた。

 すると銀色のさらさらした布が滑り落ち、床にきらきらと折り重なる。

 どうやらマントのようだ。

 まるで液体のようだとハリーが思いながら広げてみると、ロンが大声で驚いた。

 短い悲鳴を漏らしたハリーが睨みつける。

 

「なっ、なんだよ! びっくりさせないでよ!」

「ご、ごめんハリー。でも、でもそれ! 見てよ、鏡! 自分の姿! ほら!」

 

 不審に思いながらもハリーはマントを広げたまま、鏡を見てみる。

 不覚にもまた変な悲鳴をあげてしまったが、取り乱さずには済んだ。

 鏡に映っているのはハリーの生首。

 一瞬《みぞの鏡》を思い出してしまったが、マントを下ろしてみると自分の身体がきちんと映ることに安堵した。あれはスネイプが校長に頼んで撤去したはずだった。

 ロンが囁くような声で言う。

 

「ハリー、それ『透明マント』だよ……!」

「透明マント? ……なんか安直なネーミングだな」

「文句言っちゃいけない! それがどれだけ貴重でとんでもないものか……」

 

 口を開きっぱなしでロンが見つめてくるので、ハリーは彼にも貸してあげることにした。

 小躍りするように喜んで、いや実際に踊りまわって、ロンは鏡の前で生首になったり手足だけ出したり上半身だけになったりして飽きもせずに遊び始めた。

 そんな姿を眺めながらハリーは、包みに同封されていたカードを手に取る。

 それには見覚えのない細長い文字で、

 

――君のお父さんが亡くなる前に、これを私に預けた。

  君に返す時が来たようだ、上手に使いなさい。メリークリスマス。

 

 とだけ書いてあった。名前は、書かれていない。

 おおはしゃぎのロンとは対照的に、ハリーの心は疑心でいっぱいだった。

 こんな貴重でとんでもないもの、いったい誰が? 

 しかし、どうだろう。

 これがあれば何ができる?

 みぞの鏡は……ああ、いや、論外だ。

 あの光景をまた見たくないと言えば嘘になるが、だがもう、あれには関わらないと決めた。

 スネイプのあの姿を見て、あの言葉を聞いてしまった今となっては、それが一番だ。

 だがこのマントを使って姿を隠しているならば、きっと先生に見つかることはない。

 夜間徘徊はもちろん、もしかすると図書館の閲覧禁止の棚にある本を読めるかもしれない。

 あれは上級生の、しかも先生の許可を取った者しか許されない。

 ヴォルデモートに報いを与えるという目標がある今、知識はあるに越したことはない。

 しかし……そうか、ああ、うん。

 

「パパの、マントかぁ……」

 

 フレッド&ジョージとへとへとになるまで遊びまわったり、ロンとチェスをしたり。

 双子はあきれるほど無尽蔵の体力をもっていたし、クールな悪戯を何個も知っていた。ロンのチェスの腕前もあきれるほどであった。一体何手先まで読んで指しているのか想像もつかない。その頭脳を勉強面にも向けて欲しいものだ。

 時にはパーシーに勉強を教えてもらったりもした。ああだこうだと魔法理論について意見を飛ばし合う二人の後ろで、残りの三兄弟がウゲーと舌を出していたのが印象的だ。

 そして時には夜更かしもした。読書していたシリーズ物を全て読み終えてしまったので、続きをどうしても読みたいと渇望し、透明マントを着て図書館へお邪魔したこともあった。

 閲覧禁止の棚にもふらふらと足が引き寄せられもしたが、そのたびに自制心が勝った。

 もし見つかったらどうする?

 減点されるのは目に見えているし、なにより閲覧禁止の棚には唐突に叫び出す本や読者を物語の中に引きこんで主人公と同じ行動をしなければ出られなくする本、燃やすと魔界に飛ばされてしまう本などがあるそうじゃないか。因みにこの情報はすべてウィーズリーズによるもので、全て体験済みだそうだ。どういうこっちゃ。

 ハーマイオニーがロンに対して常々口を酸っぱくして言っているが、もう少し己を律する必要があるかもしれない。好奇心を抑える心が。

 冬休みの間はロンと共に幾つの規則破りをしたのか、ハリーにはわからなかった。

 透明マントを着ていても危うくフィルチに遭遇しそうになったことも何度かあるし、廊下ですれ違ったダンブルドアなど、ひょっとしてバレているのではないかと思わせる微笑みを浮かべていたこともある。

 世界最強と呼ばれるほどの男だ。もしかすると本当に見えていて、面白がって見逃したのかもしれない。透明マントも、もしかしたら万能ではないのだろうか。

 

 休暇が開ける、その前の日。

 寝つけなくて夜の散歩にでかけたハリーは、誰かがぼそぼそ話している声を耳にした。

 こんな時間にいったい誰だ? 決して人のことは言えないが、この学校にはいまほとんど生徒がいないはずだ。そうすると教師の誰かだろうか。

 廊下をまっすぐ進むとちょうど近づいていることになるのか、声はだんだん明瞭になってきた。どうやら言い争っているらしい。片方の語調が強すぎる。

 気になって近付いたものの、もし痴話喧嘩だったりしたらどうしよう。

 ハーマイオニー達と面白い噂話ができそうだが、普段接する教師のそんな姿は見たくない。

 そう思って来た道を引き返そうとしたら、曲がり角から二人の教師が飛び出してきた。

 片方が片方を壁に押さえつけている。

 まさか! まさかこの場でコトをおっ始めるつもりか!?

 しかも……二人の教師とは、スネイプとクィレルだ!

 えっ、いや、まさか!? ああ、そんな! まともじゃない!

 黒髪と紫ターバンが夜のランデブーであっちっち!? でも二人は男性同士だぞ!?

 しかし、言い争っていたはずだ。もしかすると夜の逢瀬ではないのかもしれない。

 

「な、なんで……セブ、セブルス、何で、こんな事を……」

「このことは二人だけの問題にしようと思いましてね」

 

 やっぱり夜の逢瀬だった!

 ハリーは自分の口を押さえて声が漏れないようにしたが、耳まで赤く染まるのがわかる。

 まさか、そんな。

 ダドリーがジャパニーズコミックを読んでベーコンレタスという表現に喜んでいたの横目で見ていた記憶が蘇る。男の子ってそんな食べ物が好きなんだな、という感想を持とうと懸命に努力して現実逃避したものだが、まさか、実際にその現場を目にしてしまうとは!

 もはや茹でダコのように真っ赤になったハリーは、その場を立ち去るという考えが頭からすべて吹き飛んでいた。透明になっているハリーには気付かず、二人は話を進めてゆく。

 ハリーの「ぼくは十一歳なのにこんなものを見ていいのか」という心配は杞憂に終わった。

 二人の話に何やらきな臭いものを感じたからだ。

 続く会話は、彼女のその予想が実に的確であったことを証明した。

 

「生徒諸君に《賢者の石》について知られると困るのは、……君だけではないでしょうな」

 

 クィレルが息を飲んで、喘ぐようなぜいぜいとした呼吸に変わる。

 賢者の石? その、仰々しい名前の代物が二人の争いの焦点なのか。

 ハリーは言葉の意味を考えようとしたが、会話は構わず進んで行ってしまう、

 

「ああ、クィレル、クィレル。我が友、ミスター・クィリナス」

「ひ、ひぃ……」

「私が何を言いたいのか、お分かりのはずですな?」

 

 スネイプの粘着いた声が蛇の舌に変わって、クィレルの背筋をちろりと舐める。

 しかしその舌は棘がびっしり生えているようで、スネイプが言葉を一つ一つ紡ぐごとにターバンが揺れてクィレルが短い悲鳴を漏らす。

 脅しているのか……? しかし、いったいなにを。

 先程飛び出たハリーの知らぬ単語である、『賢者の石』なのは分かる。

 だが、スネイプはそれをどうしたいのだろうか。

 

「あなたの怪しげなまやかしについて、是非とも……お聞かせ願いたいものですな?」

「な、何のことやら……わた、私には……、さささっぱり……」

「よろしい。では、また、お話しする機会があることでしょう。その時までに、どちらへ忠誠を尽くすのか……じっくりと……その、頭で。考えておくことですな、ミスター?」

 

 ハリーは愕然とした。

 スネイプには一定の信頼を置いていたのだ。

 だから、ハーマイオニーとロンがハリーの箒に呪いをかけていたのがスネイプであるということも、未だに半信半疑だった。

 本当にスネイプが? あの、細かな気遣いのできる男が?

 確かに、意地悪で性根がひん曲がっていて粘っこい目で女生徒人気のない男だが、そこまでか?

 しかしこの会話は確かに脅し脅されのそれだ。スネイプも、いつもの嫌味と皮肉を足して無愛想で割った彼の口調とは全く違う。クィレルのどもりですら普段より三割増しだ。

 それに、なんだ?

 忠誠を尽くすとは……どういう意味だ? いや、片方だけは分かる。

 ダンブルドアだ。

 ホグワーツの教師陣たる彼らが味方するのは、世界最強の魔法使いたるアルバス・ダンブルドアに他ならない。

 では、もう片方は。

 ――もう片方は、誰だ?

 

 ひと気のない、グリフィンドールの談話室。

 ハリーはハーマイオニーとロンと共に、隅っこのソファに座っていた。

 眉間にしわを寄せたハリーと思案顔のハーマイオニー、苦虫を噛み潰したような顔のロン。

 クリスマス休暇が明けてハーマイオニーが帰ってきたその日の夜、ハリーは二人を呼び出した。

 談話室から人がいなくなるのを待って、休み期間中に見聞きしたスネイプとクィレルの件を相談してみることにしたのだ。

 

「もしかしたら、やっぱり、君達が正しかったのかもしれない」

 

 ハリーがぽつりと言う。

 彼女の予想としては、ハグリッドが七一三番金庫から引きだしたモノこそまさにそれだ。

 そしてその隠し場所は、禁じられた四階の廊下。

 巨大な三匹の犬が守っていた仕掛け扉の奥にある。はずだ。

 パズルのピースは殆ど揃っていた。ただ、その手に持っている事に気付いていないだけだった。

 必要なのは、そのパズルを組む意思だけだったのだ。

 

「あの三匹の三頭犬が守っている仕掛け扉の奥にあるのは恐らく、『賢者の石』ってものだ。あれはニコラス・フラメルって錬金術師が作り上げた、不老不死を実現する秘宝らしい」

「ニコラス・フラメル……。『過去の偉人、及び巨大な功績』って古い本に載っていたのを覚えているわ。寝る前の軽い読書に読もうと思って枕元に今もあるわよ。確か六〇〇歳半ばくらいで、何世紀も錬金術について偉大な功績を残している人物のはずよ」

「そりゃさぞ眠れそうな本だね。僕も覚えがあるよ、もっとも、蛙チョコレートのカードの裏だけどね。ダンブルドアと一緒になって研究してる人だよ、確か。ダンブルドアのカードだけは大量に出てくるからね……すっかり覚えちゃってるよ」

 

 三人の知識は、答えに至る道を紐解いてゆく。

 今のいままで問題視していなかった事案が、実は巨大な問題であったということが判明。

 ハリー曰く、スネイプとクィレルの密会は実に怪しいものであった。

 そして、そのどちらかが。

 

「ヴォルデモートに組みしている……」

「でも例のあの人はもう死んだって話じゃないか! 他でもない君の手で! それにやめろよハリー、その名前言わないでよ」

「いやだね、ぼくの宿敵だ。それ、ヴォルデモート!」

「やめろったら!」

 

 名前ごときに怯えるなよ、とロンに意地悪するハリーを制してハーマイオニーが言う。

 ロンが救いの女神を見る目でハーマイオニーに縋ったが、それは果たして間違いであった。

 

「ハリー曰くハグリッドも言っていたそうだけれど、あれは力が弱まっているだけらしいわ。あの人が関係なくっても、あの人の信奉者がまだいるかもしれないじゃない。もしかしたら復活させようと思って、賢者の石を狙っているのかもしれないわ。あれにはそれだけの力があるもの」

「そんなの君の予想にすぎないじゃないか!」

「それに、主君の敵討ちにハリーを狙っていたっておかしくないじゃないの」

「それは……! ……そうだけどさ……」

 

 ハーマイオニーとロンの話が熱くなってきたのを、今度はハリーが止める形になった。

 ヴォルデモートというのは、名を出す事すら恐れられるほどの影響力を未だに持ちえている。

 それは恐ろしい事だ。

 死していると、多くの魔法使いや魔女たちが闇の帝王は、英雄ハリー・ポッターの手によって打ち滅ぼされ、その魂は冥府へ突き落とされてしまったのだと。

 そう信じているのだ。盲信しているのだ。

 狂ったように思い込んでいるにも関わらず、それでも恐れられている。

 まるで地獄の釜の蓋から腕を伸ばして、名前を呼んだ者を引きずり込もうと舌舐めずりしていると本気で思っているかのように。

 

 そしてハリーの話を聞いた二人の出した結論は、こうだ。

 やはりスネイプが賢者の石を狙っているのではないか。

 クィレルは、賢者の石に施された『まやかし』……つまるところ、守りの魔法を知っているのではないだろうか。だからスネイプに迫られていたのでは。

 仕掛け扉の前にあんな怪物を置いておくくらいだ、他に番人がいたっておかしくはない。

 ひょっとしたら動物ではなく、呪いなのかもしれない。

 それこそ、ダンブルドアに味方するホグワーツ教師陣が全員関わるほどの。

 その守りの魔法の破り方を教えるよう、クィレルを脅したのか?

 ハリーがスネイプには一定の信頼が置けると思う。と言ってはみたものの、二人はハリーの箒に呪いをかけたのはスネイプで間違いのない事だと言うし、なによりあのクィレルに闇の帝王に組みするという大それたことができるとは思えない。

 スネイプは課外授業の時そんなそぶりは見せなかった。とハリーが言うと、それを初めて聞かされたロンが「君はなんて無防備なんだ! マーリンの髭なんてものじゃないぞ!」と大憤慨してしまい逆効果だった。

 

「とにかく! 賢者の石を狙っているのはスネイプだ! そして、その秘密を守っているのが……クィレル、なんだけど……」

「それじゃダメよ。彼がスネイプの押しに勝てるようには見えないわ」

「……もって、三日かな」

 

 三人は火が消えかけた暖炉の前で、深いため息を漏らした。

 

 数週間後。

 クィレルの頬はげっそりとやつれていた。

 スネイプは執拗にハリーから点を差っ引いた。

 しかしそれはクィレルがスネイプに抵抗し続けていることの証左であり、ハリーたち三人を大いに驚かせたと同時に、賢者の石が無事である安堵を与えてくれた。

 クィディッチの試合でスネイプが審判を買って出たと聞いた時は、流石のハリーも訝しがらざるをえなかった。ハーマイオニーも一体何が目的かと考え込んでいたが、ロンはその目的を見抜いていたようだった。彼曰く、審判という立場を利用してハリーを箒から叩き落すつもりだ、とのこと。

 

 しかしロンの物騒な予言は杞憂に終わった。

 その理由は至極単純で、ダンブルドアが観戦に来ていたからだ。

 まさか世界最強がいるところでハリーを殺そうとはするまい。

 勝敗によってグリフィンドールが首位に立てるかどうか、という問題のハッフルパフ戦は実に順調に終わった。スネイプがハッフルパフに理不尽な贔屓をすること以外は全く問題なし。特に理由のないペナルティーシュートや全く理由のない試合中断、一切理由のない厳重注意などがピッチ上空を飛び交ったが、ハリーが試合開始から五分も経たずにという前代未聞の素早さでスニッチ・キャッチを決めたことで試合は見事に終了した。

 爆発のような歓声が紅色の観客席から湧きあがり、皆がやんやと大騒ぎを始める。

 箒から飛び降りたハリーたちグリフィンドールチームは、抱き合って歓声をあげた。

 ダンブルドアが勝利チームによくやった、がんばった。と声をかける中、ハリーは苦々しげな顔をしたスネイプと目が合った。にっこりほほ笑むと、むすっとした顔のままフンと鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまう。

 そのことでまた、ハリーはスネイプという人物がよくわからなくなってしまった。

 

 期末試験まで十週間を切った頃。

 一年間学んだことの復習を行うため、ハリーたち三人は図書館へ足を運んでいた。

 ロンはぶつくさ文句を言っていたがハーマイオニーの熱心な言葉によって不安を煽られて、やりたくないとは言っていたものの、結局一緒にやらざるを得なくなったのだ。

 ハーマイオニーはもう一月前からやるべきだったと後悔して必死にガリガリ羽ペンを走らせているし、ハリーは気が散って『実践的に実戦的な魔法十選』を読み始めている。ロンに至っては居眠りまで始めてしまった。

 日が天辺から傾いてハリーが本を読み終える頃になってようやく起きあがったロンがあげた声には、未だにガリガリやっていたハーマイオニーもハリーも目を上げた。

 

「ハグリッド! 君が図書館に来るなんて珍しいな!」

「君が言えることか? ロン」

 

 ハリーの声を無視してロンはハグリッドの方へすたこら歩いて行った。

 ハーマイオニーが肩をすくめるのを見て、ハリーは自分も行くかどうか迷ったがロンがすぐに戻ってきたのが見えたので、持ち上げかけた尻をまた椅子に戻す。

 しかし興奮したロンの様子は、女性陣二人の興味を引くには十分であった。

 

「ハリー! ハーマイオニー! おいで、おいでよ。ハグリッドの奴、面白いことしてる」

 

 そうしてやってきたのは森近くのハグリッドの小屋。

 蒸し暑い夕方だというのに、全てのカーテンを閉め切っている。そうなれば当然窓も全て降ろされている。

 ノックをするとハグリッドがドアを素早く開けて、三人を引き摺りこむとすぐさま閉めた。

 びっくりした三人は更に驚くことになる。

 まさか、この季節に、暖炉に火を入れているとは。しかも火力は相当に高く、外と比べてもむわっとして息苦しい。ハグリッドが勧めたイタチ肉のサンドイッチを頬張りながら、ハリーはハグリッドに問う。

 

「ハグリッド……なにやってんの……? いや、何考えてるの……?」

「ハリー、いやあ、こいつぁだな……」

「こんな暑い日に熱い部屋で……ついに頭おかしくなったの?」

「断じて違ぇからな」

 

 遠慮なく言うハリーにハグリッドが失礼な、と一言呟いて椅子に座る。

 ヤカンから三人に配ったお手製らしきいびつな形のカップの中に、お湯を入れる。

 ティーパックすらもお手製なのか、ハーマイオニーのパックは少し破けていた。

 その会話の合間を突いて、ハーマイオニーがハグリッドに言う。

 

「ところでハグリッド。賢者の石の事だけれど」

 

 動揺のあまり、ハグリッドが茶をひっくり返した。

 カップの着地点に居たロンが悲鳴をあげてのたうち回る。

 

「んなっ、何故知っちょる!?」

 

 ハーマイオニーの狙ったタイミングは完璧であった。

 油断どころか予想だにしていなかっただろう。

 

「いや、俺は知らん! 知らんぞ! 何の事じゃろな賢者の石って!? そりゃお前らの知っちゃならんモノだ!」

 

 語るに落ちとる。

 にやりと笑ったハーマイオニーを見てハリーは、この女はとんでもない奴だと確信した。

 親友ではあるが、そう、敵に回したくはない。

 

「それをスネイプが狙っているのよ」

「……、なんだって?」

「ハリーが見たのよ! クィレル先生を脅して、何かを聞き出そうとしているの。あなたの三頭犬が守っているものって賢者の石でしょう?」

 

 ハグリッドは何も答えない。

 このタイミングでそれは、肯定と同じ意味を持ってしまう。

 しかし否定することもまた難しい。ハーマイオニーは狡猾であった。

 

「それで、もしかしてだけど、ハグリッド。ダンブルドアが賢者の石を守るために、何かを仕掛けてあるんじゃないの? ハグリッドから三頭犬を借りたように、他の人も……多分、呪いとか、仕掛けとか……」

 

 ロンの頭をタオルでごしごし拭いて、首を折りかけたハグリッドは深いため息をつく。

 ドライヤーを使ったようにロンの髪の毛が逆立って、乾燥が完了する。

 片眉を吊り上げたロンが後ろを振り返った時、あまりにも強引なやり方にあきれ果てた顔のハグリッドがそこに居た。

 だが、ほぼ何もヒントがない状態からここまで来れた事、恐らく答えを持っているであろうハグリッドまで問いにきたこと、そして破天荒な学生生活のどれかを気に入ってくれたのだろうか。意外とすんなり答えてくれた。

 

「どうやってそこまで辿り着いたのかは、まぁ聞かんでおこう。およそ学校の規則を三〇は破っちょるだろうからな。そして、そう。お前さんらは知りすぎだ。これはな、学生のお遊びで関わっていいものではないんだ。分かるな? え?」

「そんなこと、分かってるさ! でも、スネイプが狙ってるんだ!」

 

 ハグリッドの諭すような言い方に、ロンが噛みつく。

 しかしハグリッドは動じない。

 ゆっくりと、言い聞かせるように話を続ける。

 

「そこも問題だ。スネイプ先生は仮にもホグワーツの教師だ。いっくらスリザリン贔屓でグリフィンドールから減点したり意地悪しても、そりゃ彼が寮監だからだ。贔屓もしたくなる。……行き過ぎちょるがな」

「でもハグリッド。以前も言ったことだけれど、スネイプはハリーの箒に呪いをかけていたのよ?」

「それもおかしい。奴さんにはハリーを守りこそすれど、呪う理由がないんだ」

「……でも、ぼくを憎んでいるようだったよ」

「だが殺すほどではなかろう。うん? それに、ハリーをどうにかするんなら、課外授業で二人っきりの時に一年坊主なんぞどうとでもできるじゃろ」

 

 一年坊主、というところにロンが反論しようとしたがハリーはそれを制す。

 確かにそうだ、その通りだ。……坊主ではないが。

 ハリーは去年から今までずっと、スネイプに実戦的な魔法を師事している。

 妨害呪文や麻痺呪文、束縛呪文に気道確保呪文、爆破呪文も切断呪文も教えてもらった。

 それまでハリーの使えた術など、武装解除呪文や浮遊呪文くらいにすぎない。

 嫌味を言いながらも恐らく、渋々褒めてくれたことだってある。今にも舌打ちしそうな、苦虫を口いっぱい頬張ってむしゃむしゃしたような顔で言った言葉が褒め言葉だと言うのなら、そうだ。そうに違いないのだ。

 彼が根っからの悪人であるとは、あの脅しの現場を見てもなかなか信じられないのだ。

 それに、なにより、

 

「あのダンブルドア教授が認めている。それだけで、スネイプ先生を信頼するには十分だ」

「でもハグリッド……!」

「そうだよハグリッド!」

「まったく」

 

 ハーマイオニーとロンの頭をわしゃわしゃと撫でまわし、困った笑みを浮かべる。

 あまりの力強さにハーマイオニーは首を痛めたのか、ぐりんぐりんと回して調子を整えている。ロンはきっと身長が縮んだのだろう、痛みに呻いている。

 いいぞハグリッド。そのノッポをチビに変えろ。そいつと話していると首が痛いんだ。

 二人を撫で終えたあと、ハグリッドはハリーの頭もくしゃりと撫でた。

 やはり力が強すぎる、加減が下手くそだ。

 椅子が軋むほどの圧力を受けたが、ハリーは彼の分厚い掌で撫でられるのが好きだった。 

 友達として接してくれるハグリッドだが、こういうときは実に大人らしい。

 黒く小さな目を細めて、ヒゲもじゃの口元をにんまりと曲げる。

 それは、聞き分けのない子供を相手にする大人の顔だ。

 ハリーにはそれがちょっと悔しく、そして頼もしくもあった。

 彼女がハグリッドの評価を心の中であげて、彼の掌に頬ずりして甘えていたところ。

 思う通りの答えを得られなかった上に痛い目まで見て、すんすんと泣きごとを言い始めたハーマイオニーとロンを見かねたのか、ハグリッドがクッキーが数枚吹き飛ぶ威力のため息とともに、口を開いた。

 

「じゃあ、ちょっとだけ教えちゃろう。教えても問題ないところを、な」

 

 二人の顔がぱぁっと明るくなった。

 そしてハリーの内心でハグリッドの評価が下がった。

 

「おまえさんらが思っちょる通り、石を守るにはそれなりの理由がある。……それなりだ、ロン。そんな顔をしてもここは教えてはやらん。そう、だが、石を守るためにホグワーツの教師陣ほとんどが協力しているのは確かだ」

 

 お調子者なきらいのあるハグリッドが、今のいままでかたくなに口を閉ざしていたのだ。

 こうして喋ってくれるのならば聞き逃す事など出来ないとでも思ったのか、ロンは大きな耳に手を添えて聞きもらすまいとしているし、ハーマイオニーに至ってはマグル製の手帳にメモ書きなどをしている。

 

「森番の俺がフラッフィー、ブラッフィー、プラッフィーを貸した。番犬代わりにな。あとは……そう、先生方のほぼ全員が、ちょちょいのちょいとな」

「先生方って……しかも教師陣のほとんど?」

「そうだとも。スプラウト先生、ビンズ先生、フリットウィック先生。マクゴナガル先生はもちろんだし、フーチ先生にクィレル先生もだ。ああ、あと、お前さんらはまだ一年生だからよく知らんだろうが、上級生の授業を受け持っちょるシニストラ先生に、バーベッジ先生。バブリング先生にトレローニー先生も協力しちょるんだ」

「そんなに……!? ホグワーツの先生ほとんどじゃない!」

「そして、そうそう。忘れちゃいかんのが、ダンブルドア先生様も、もちろん手を加えとる」

 

 ハグリッドが名を連ねたのは、ホグワーツに勤める教師のほぼ全員だった。

 管理人や校医、司書といった役職の人や、あとは数人の教授の名がないだけ。

 本当にホグワーツ教師陣が、総出で守りを固めているらしい。

 ハリーは今あげられた名前のほとんどの顔を思い浮かべることができるし、いったいどんな守りを構築しているのかも予想がつく。それぞれの教授の得意とするものを障害として設置しているのだろう。ハグリッドが凶暴な魔法生物を提供している以上、それは想像に難くない。

 マクゴナガルならば変身術を用いた何かだろうし、スプラウト先生なら何やら危険な魔法植物でも使った罠を置いているのだろう。

 だが、魔法史を教えているビンズ先生や、占い学のトレローニー先生なんかも関わっているというではないか。一体なにをどうやって彼らが守りを固めているのか、全く想像できない。

 ハリーたち三人は、これを聞いてそれなら安心なのではないかと考え始めた。

 それも、ハグリッドの次の言葉を聞くまでの短い間ではあったが。

 

「そうじゃて。コトはそれだけ大きく、危険だ。ああ、スネイプ先生だって協力しちょるぞ」

「え!? スネイプが!?」

「そりゃあ、そうさな。奴さんもホグワーツ教師の一人、優秀な魔法使いだからな」

 

 ハグリッドがこうも簡単に話したのは、こういった理由からだ。

 つまり、「知ったところでお前たちにできることはない」ということ。

 それを言いたかったのだろう。

 

「ほれ、分かっただろう。一年坊主では手に負えん問題なんだ、これはな」

「むぅ……」

「でも、スネイプはクィレル先生を脅していたのよ……?」

「それも、きっと何かの勘違いだろうよ。中立の考えを持つハリーが聞いたっちゅーのがあれじゃが、うむ。そうだな、スネイプ先生は誤解されやすいお人だ。むしろその塊だな」

 

 これをトドメに三人は納得したと思ったのだろうが、ハグリッドの思惑は逆効果だった。

 スネイプが守りを固める側の人間だった?

 ならば、その守りの内容は、彼に筒抜けだということに他ならないのではないか。

 しかしクィレルに詰め寄っていたのは、なぜか。

 クィレルは元々、修行のため休職をする以前はマグル学という学問を教えていた教師だ。それが今年になって復職し、人が変わったようにおどおどした性格になってからは闇の魔術に対する防衛術の教鞭を取っている。 

 つまり、新しく構築した彼の守りをよく知らなかったからなのか?

 

「……ハグリッド?」

「おう、なんじゃハリー」

「フラッフィーたちを大人しくさせる方法って、あるの?」

 

 ハグリッドはそれに笑顔で答えた。

 

「おう、あるとも。だが、それは俺とダンブルドア先生しか知らん。心配めさるな、こればっかりはダンブルドア先生の指示でたとえ他の教師だろうと教えちゃおらん。……そう、お前さんらの心配する濡れ衣の大悪党、スネイプ先生にもな?」

 

 茶目っ気たっぷりに言われた答えに、ハリーたち三人は大きく安堵する。

 それならば問題ない。

 あの三頭犬を呪文一つで攻略できるなどとは思えない。少なくとも二人か三人は用意して、一斉に呪文を唱えないと、きっと分厚い毛皮に阻まれて通じすらしないだろう。

 安心した途端、三人は部屋の暑さが気になってきた。

 特にハリーとハーマイオニーは、ブラウスが汗で湿ってしまうのを嫌がった。

 それに、話に熱くなりすぎてもう日が暮れている。

 いくら蒸し暑い日とはいえ、夜にこんな状態で出歩いたら風邪を引くかもしれない。

 更にこの室温から考えて、温度差のあまりにそれは確実だろう。

 それゆえにハーマイオニーが立ちあがり、ハグリッドに言う。

 

「ねぇ、ハグリッド。ちょっと部屋が暑すぎるわ。窓を開けてもいい?」

「おっと。悪ぃな。それはできん相談だ」

 

 そう言ったハグリッドの視線が、暖炉へと向けられる。

 なにやら毒々しい色の卵らしき物体を茹でているようだったが、ロンが驚きの声をあげた。

 ハリーとハーマイオニーが何事かと彼に視線を向け、そして彼のブルーの瞳がきらきらと輝いている事に気付く。それはつまり、厄介事であるという事だった。

 なにか、アレはとんでもないものに違いない。

 そう思った少女二人の心境も知らず、ロンは興奮した様子で言う。

 

「ハグリッド……あれ何処で手に入れたの! あんな、ああ、さぞ高かったろう?」

「いんや。賭けに勝ったんだ。知らん奴とトランプでな。そいつは厄介払いができたと喜んでおったが、俺にはその気持ちが分からんね。こんな素敵なものを手放すだなんて」

 

 しかもハグリッドお墨付きの素敵なもの、ときたもんだ。

 彼の趣味はここに居る全員がよく知っている。

 危険で刺激的な魔法生物が大好き。彼はそれらにすっかり恋をしているのだ。

 つまり、あの卵は食用のために茹でているのではない。

 ……孵そうとしているのだ。きっと。

 

「これが孵った時のためにな。さっき図書館で本を借りたんだ。ほれ、『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』っちゅー本だがな、なかなか面白いぞこいつぁ」

「ドラ……。ハグリッド? え、じゃあ、なに? あれ、ドラゴンの卵なの!?」

「おうともハリー。とっても美しい生き物を見せちゃれるぞ」

 

 マジでか。

 そういえばハグリッドは、ダイアゴン横丁でドラゴンが欲しいと言っていた。

 それを実現したというわけだ。

 とんでもない話だが、なるほど、ハグリッドならばやりかねない。

 

「おおっ、そろそろ孵るぞ!」

 

 ハグリッドがミトンを付けて卵を鍋から取りあげる。

 本に書いてある文章を真とするならば、どうも母ドラゴンの吐息がごとく温めなければ孵らないらしい。さもありなんと言うべきか、ふざけんなと言うべきか。

 テーブルの上のタオルに鎮座した卵は、既に深い亀裂が走っている。

 ぴきぱきと軽快な音を響かせる卵は次の瞬間、キーという鳴き声と共に爆散した。

 破片が小屋中に飛び散り、仔ドラゴンは派手な誕生を見せつける。

 額に殻の欠片を乗せたままロンが感嘆した。

 

「ハグリッド、これノルウェー・リッジバッグ種じゃないか。すっげー……」

「の、ノルウェー……?」

「ノルウェー・リッジバッグ種。桁外れに攻撃的なドラゴンで、すっごい珍しいんだよ。すっげー……いやほんと、すっげー……」

 

 ロンとハグリッドの男の子二人は黒とブルーの瞳をきらきらと輝かせている。

 カッコいいものはイコール正義であり、あらゆる不正からも許されるもの。

 それが男の子という生き物だ。カッコよければそれでいいのだ。

 女二人はうーんという顔をして孵ったばかりの仔竜を眺める。

 しわくちゃで粘液にまみれた羽根、爬虫類のような独特な目、ずらりと鋭い牙。

 ハリーは初めてまともに話せた相手と言うことで蛇が好きな動物に挙げられる稀有な少女の一人であるのだが、これはどうにも可愛いとは思えない。ハーマイオニーに至ってはただ単に怖いだとか気持ち悪いだとかそういった感情を抱いたようだ。あまり近寄ってほしそうな表情ではない。

 少女たちがうーんと唸っていると、テーブルの周りを動きまわってあちこちからドラゴンを眺めているロンが、ふと窓の方をじっと見始めた。

 そして鋭く叫ぶ。

 

「マルフォイ!」

「ロン、コイツの名前はノーバートに決めたんだ。そんな名前は嫌じゃて」

「いやそうじゃないよ馬鹿じゃないの! いま! マルフォイがこの家を覗いてたんだ!」

「そんな!」

 

 見間違いであってくれ。

 などという願いは神に通じるはずもなかった。

 ローブをなびかせ走り去る後ろ姿は、まず間違いなくマルフォイ兄弟のどちらかだ。

 そして多分、あまり優雅とは言えない仕草から見るに、弟のスコーピウスだろう。

 さらに彼が小屋を覗いていた理由はわからないが、この後の行動は明白だ。

 常々ちょっかいをかける彼のことである。スネイプか、もしくはマクゴナガル。

 教師のもとへ告げ口しに言ったのだろう。

 グリフィンドールの減点を目論んで。

 

 透明マントがあれば隠れて帰ることができるが、そこではたと気付く。

 ……しまった、女子寮の自室だ。取り寄せ呪文は……無理だ、理論を知らない。

 ハーマイオニーならできるか? と思い、彼女へ視線を向ける。

 ダメだそうだ。頭を抱えて、解決策を呟いて自ら否定しているのがいい証拠だ。

 奴とは違ったルートで学校へ戻れるか?

 いや、無理だ。

 それにハグリッドの小屋は、森への見張りも兼ねて見晴らしのいい場所に在る。

 それはつまり、城からも良く見えるということだ。

 姿を消すことはできない。隠れることはできない。

 

「あー、これは……」

「ハ、ハリー! なにか思い付いた!?」

「いや」

 

 状況のまずさをわかっているのか、ロンが焦った声で問うてくる。

 だがハリーは諦めたように、木製の椅子に座りこんだ。

 さすがに死ぬことはないとはいえ、これはきっと、厳しいことになるだろう。

 

「万事休す、だ」

 




【変更点】
・ハリー、あなた疲れてるのよ。
・ダーズリー家は常識的な一家なのです。
・透明マントをアンロック。これ無しは流石に無理ゲー。
・ハリーちゃんは健全な十一歳女子です。しかたないのです。
・このハグリッドから情報は引き出せないッ!と思って頂こうッ
・ホグワーツ教師陣の本気。全員原作の先生ですヨ。

戦闘シーンが増えるとキッパリ言ったが……スマンありゃウソだった。
実はこのお話、次話と分割しております。森での罰則は次回に持ち越しです。
そして石の護りが固くしすぎた。やったねポッターちゃん、試練が増えるよ!!
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