亡き後輩記者からの伝言 難治がん患者から見た政治家と医師の違い

論説委員・伊藤宏
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 私の会社の後輩に、野上祐君という政治記者がいた。真面目で穏やか。理屈っぽくて議論好き。その一方で、冗談や政治家のものまねで、よく人を笑わせた。

 野上君は、難治がんと言われる膵臓(すいぞう)がんを患い、約7年前に亡くなった。まだ46歳の若さだった。亡くなる直前まで闘病や政治に関するコラムを書き続けた。

 そのひとつに「政治のインフォームド・コンセント」という一文がある。医師の説明を聞き、納得すれば同意書に署名・提出するインフォームド・コンセントを、がん患者として繰り返し受けていた。それに着想を得て、取材を続けてきた政治家との比較を試みたものだ。

 野上君は「どんな目的で何をするかを語る点では、政治家も医師も同じだ」と書いた。ただ、医師が大きく違うのは「それによって起きるリスクや代替手段、さらにはその(代替手段の)リスクまで説明し、患者に判断材料を与えることだ」と指摘した。政党同士がそうすれば、有権者はぐっと判断がしやすくなると。

 このコラムは9年前の参院選のときに書かれた。ふと思い出したのは、今の参院選で、果たしてリスクや代替手段が語られているだろうか、と思ったからだ。

 例えば、最大の争点とされる物価高対策。与党が掲げる「給付金」か、野党が掲げる「消費減税」かに焦点があたっている。各党は自らの政策の利点を強調し、相手の欠点を攻撃する。だが、自らの政策の課題や副作用も語る人は、なかなか見当たらない。

 さらに語るべきは、当面の対策とともに、国民の将来だ。財政や社会保障がどうしたら破綻(はたん)しないか。負担増にも言及し、その具体像を語らなければ、リスクや代替手段を示したとは言えない。

 加えて、9年前と大きく違うのは、政治や選挙に関するSNS動画が格段に増えたことだ。スマートフォンで見ているうちに、いつのまにか特定の政治家や政党のもので埋まってしまう。そんな経験は、私にもある。意識して別の立ち位置からの意見も吟味しなければいけないと、これまで以上に感じている。

 投票日が間近に迫った。政党や候補者らは、リスクや代替手段をどこまで語っているか。偏った情報をもとに考えていないか。私もよく耳を澄まして、自身に問いかけようと思う。

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