その事件は去年9月に起きた。
容疑者は屋外で女性の首を後ろから絞めて気を失わせ、バッグを奪い現場から逃走。
警視庁が周辺の複数の防犯カメラを調べたところ、容疑者は事件の前後に自転車に乗っていたことが確認された。
それがこれらの画像だ。
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凶悪犯を追え カギは“自転車”!? 知られざる捜査手法とは
防犯カメラに写っているのは、都内で発生した強盗傷害事件の容疑者だ。
警視庁が注目したのは、容疑者が乗っていた自転車だった。
わずかな手がかりをもとに5000万台もの膨大な中から1台を見つけだす自転車の画像解析=「自転車モンタージュ」。
1人の刑事が生み出したその捜査技術と知られざる開発秘話に迫る。
(社会部 警視庁担当記者 細川高頌)
凶悪事件発生 容疑者は自転車で逃走
このとき防犯カメラに写った映像の分析を行ったのが、警視庁捜査支援分析センター。
通称SSBCと呼ばれる専門の部署だ。
捜査部門から年間およそ250件の依頼を受けていて、そのうち6割以上の自転車が発見に至っているという。
5000万台の中から1台を捜せ
「この自転車を特定できれば、容疑者が誰なのかわかるのではないか」
捜査に携わった三浦達也警部補(52)は、そう考えたという。
さっそく自身が開発した自転車画像解析=「自転車モンタージュ」の作業を始めた。
軽快車、いわゆるママチャリは基本的に12の部品からできている。
「車種」特定 ヒントは“パーツ”
まず注目したのがハンドルだ。
防犯カメラをコマ送りにしながら解析すると、ハンドルはまっすぐではなく「セミアップ」と呼ばれる手前に曲がった形、色はシルバーだとわかる。
次に目を向けたのは、別のカメラに写ったカゴの形状。
この自転車はハンドルの前にカゴ=フロントバスケットが付いている車種だが、フロントバスケットだけでも主に5つのタイプがあるという。
それぞれ材質なども異なるが、上の画像で左から2つ目の「ワイヤーバスケット」だと確認できた。
ここからさらに1つ1つのパーツを特定していく。
チェーンカバーの部分を解析したところ、カバー越しに路面が一部写っていることがわかった。
つまりカバーに欠けている部分があるタイプで、三浦警部補は長年の経験から「H型」と分類したチェーンカバーと推測した。
それぞれの部品の分析が終わると、独自に作った自転車データベースに入力していく。
データベースには自転車のデータ2万件以上が登録されていて、
▼ハンドルは「セミアップ」
▼カゴは「ワイヤーバスケット」
▼チェーンカバーは「H型」
などと入力していくと、それに合致する車種を検索で絞りこむことができるのだ。
固有の特徴を分析~“傷”や“カスタム加工”を見逃すな!
自転車の車種を絞り込めても、同じ車種は世の中に大量に出回っている。
そこで次のステップとして行うのが、容疑者が乗っていた自転車固有の特徴の分析だ。
部品の損傷やカスタム加工なども1台の自転車を絞り込むための重要な情報になる。
容疑者が写った別の画像。
前輪と後輪に光っている箇所があるのがわかるだろうか。
これは「サイドリフレクター(反射板)」と呼ばれ、車のライトなどに反射してドライバーに自転車の位置を知らせるための部品だ。
サイドリフレクターは何かの弾みで落ちてしまうことも多く、「前輪と後輪にサイドリフレクターが付いている」というのも1つの特徴になる。
さらに自転車のハンドル付近にも気になる点があると指摘した。
「ハンドルの近くに輝いている光が見える。通常この部分がここまで明るく映像に写ることはないので、反射材のシールを貼っている可能性がある」
「手配書」から自転車を捜せ
車種に加え、こうした固有の特徴を入力し、容疑者が乗っていた自転車をグラフィックで再現したのが下の「手配書」だ。
この手配書をもとに捜査員が付近を捜索したところ、現場から1.2キロほど離れた場所で特徴が一致する自転車を発見。
これが容疑者逮捕のきっかけとなった。(※のちに起訴され、有罪判決が確定)
左側が手配書、右側が発見された自転車だ。
車種だけでなく、ハンドルの下の部分に貼られた反射材のシールや前後輪のサイドリフレクターなど、特徴もほぼ一致していることがわかる。
自転車モンタージュを活用して容疑者が検挙されたことについて、三浦警部補はこう話した。
三浦達也警部補
「自転車は車やオートバイに比べると1つ1つが小さい部品で作られているので部品の表面積が非常に小さい。しかも防犯カメラの映像は動いていてぶれるので解析はより難しくなります。ただ全く同じ自転車は基本的にないので特徴を明らかにさえできれば見つけられると考えています」
子どものころからタイヤ痕を分析!? 転職で警察官に
「自転車モンタージュ」を開発した三浦警部補。
幼少期から部品などの細かい特徴を見分けるのが得意だったという。
北海道出身で、雪道についたタイヤ痕からメーカーを当てることもあったそうだ。
大学では経営工学について学び、建設コンサルタント会社に就職。
統計データを活用した業務にも携わっていた。
転職するきっかけになったのは、地元の同級生と偶然再会したことだった。警視庁で働いていたその同級生と話すうちに、「さまざまな人材が集まる警視庁であれば、自分の特技を役立てられるのではないか」と考えたのだ。
開発のきっかけは約10年前のある事件
警視庁に入ってからは刑事として事件捜査に携わるようになった。
新たな捜査手法として「自転車モンタージュ」を開発するきっかけとなったのが、およそ10年前に起きた性犯罪事件だった。
「容疑者が移動に使った自転車を調べてほしい」と頼まれ、ネット上の画像を切り貼りするなどして初めて作ったのが下の手配書だ。
その出来は納得のいくレベルのものではなかったが、手配書をもとに現場の捜査員が同じ特徴の自転車を駐輪場で見つけ、所有者などから容疑者の逮捕につながった。
当時について三浦警部補は、「偶然の成功体験だったが逮捕につながった。長年の刑事経験から自転車の分析手法を確立できれば、犯人検挙の大きな力になるという手応えがあった」と振り返った。
地道な作業 懐疑的な同僚にも変化が
それ以来、自転車店を回ってカタログを集め、メーカーや発売年ごとにファイリング。
インターネットで自転車に関する資料や論文も調べ、研究を続けてきた。
防犯カメラに写る自転車の色は、部品の材質だけでなく、光源の明るさや種類によっても変わるため難しさもあるという。
それでも実績を積み上げていくなかで、当初は「これをやって何になるんですか」と懐疑的だった同僚も徐々に認めるようになっていったという。
三浦達也警部補
「信号機や街灯の位置、光源がLEDなのかどうかによっても少しずつ色の写り方が異なるため、画像を3次元で捉えて防犯カメラが設置されている場所まで調べます。現場の捜査員が有用性をどうすれば理解してくれるのかと考えたら、やっぱり実績を重ねるしかない。自転車の画像解析を始めて5年ほどたって表彰されたときには、やっと組織から捜査手法として認められたんだとうれしかったです」
細かいモデルチェンジにも対応して毎年情報を更新していて、2万件以上が登録されたデータベースと併せて車種やモデルの特定につなげている。
三浦警部補は「自転車モンタージュ」を開発した苦労について、次のように表現した。
「自転車という海の広さ、深さがものすごかった。モデルチェンジは無限に続くので“終わりなき闘い”です」
“終わりなき闘い” 先に見据えるのは…
三浦警部補は去年、警察庁から「広域技能指導官」に指定され、全国の警察官に自転車モンタージュについて指導を行う役目を担っている。データベースも全国の6割以上の道府県警に提供され、活用されているという。
指導を受けている警察官の1人は、「三浦警部補は赤外線カメラの写り方まで詳細に分析していて、自分としても捜査の幅が広がったと感じている」と話した。
三浦警部補は自身の捜査技術をさらに向上させ、指導を行っている後輩たちにはその手法を発展させてほしいと話した。
三浦警部補
「犯罪の手口は常に変化しているので、捜査手法も新しくしていく必要がある。この自転車モンタージュも後輩たちがどんどん発展させ進化させてほしい。全国の警察官の捜査技術が上がっていくようこれからも頑張っていきたい」
取材後記
今回、三浦警部補は“間違った情報”を出してしまう怖さについても話してくれた。
10年かけて確立した捜査手法でも、もし解析結果として別の自転車の情報を出してしまったら現場の捜査員を混乱させ、場合によっては誤認逮捕につながってしまうおそれもあると。
「正しい情報だけを出し続けるのは当たり前のことだけど、私たちにとってはすごくしんどい。だからこそ限りなく事実を追求して突き詰める。画像解析は1度でも間違えたら終わり。そういう気持ちで取り組んでいます」
そしてタイヤ痕に熱中していた少年時代のような笑顔を見せながら、こうも話した。
「世の中でママチャリについてこんなに詳しく調べている人なんていないですよね。誰もしていないことをやっていると思うと楽しくてしょうがないし、やりがいを感じるんです」
(2024年8月23日 おはよう日本で放送)
細川高頌
2017年入局
青森局を経て2022年から警視庁担当