中国人妊婦の腹を切りさき、胎児をえぐりだす…戦犯が語った「日本軍が中国で蛮行に走った3つの理由」
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■1000人超のうち起訴された戦犯は17人 戦犯たちは監房に戻ってから、上級の指示というのは毛沢東主席と周恩来首相をさしていると聞かされた。この2人の意向によって死刑を免れたのであった。 この期、中国では瀋陽、太原などの軍事法廷で日本人戦犯の裁判が始まっていた。1100人余の戦犯が撫順戦犯管理所や太原戦犯管理所に収容されていたが、中国はその大半を起訴猶予とし、現実に起訴されたのは17人であった。この17人は旧日本軍の師団長、連隊長クラス、旧満州国の幹部、それにわずかの兵士、下士官が含まれていた。極端に残虐行為にかかわった者たちであった。 瀋陽の特別軍事法廷で裁かれた8人は、とくに師団長クラスの大物が中心で、彼らは「いずれも日本帝国主義がわが国を侵略した戦争に積極的に参加し、国際法の規範と人道主義の原則を公然と踏みにじり、この起訴状にあげる各種の重大な犯罪行為を行った」という理由で起訴されていた。 中将が鈴木啓久、藤田茂、佐佐真之助の3人、少将が上坂勝、長島勤の2人、大佐は船木健次郎の1人、少佐が榊原秀夫の1人、そして尉官では中尉の鵜野晋太郎だけが起訴グループのなかに入っていた。 ■判決で認定されたひどい蛮行の数々 私の手元には、鈴木啓久ら8人を起訴した中華人民共和国最高人民検察院の「起訴状」と、特別軍事法廷が下した判決文の原文(中国文と日本文)がある。8人のうちの1人、鵜野晋太郎が初めて全文公開することに同意し、私に手渡してくれたのである。 この起訴状と判決文を読むのは、実は次代の者としては何ともつらい。ここに書かれている旧日本軍の蛮行は「氷山の一角にすぎない」と鵜野はいうのだが、それにしても目を覆いたくなるような内容なのである。 師団長や連隊長が、直接に自身で蛮行を働いたのではないが、その命令により彼の指揮下にある兵士がいかにひどい蛮行を繰りかえしたか、それが克明に書かれている。その蛮行を目撃したり、直接に被害に遭った中国人の証言、そして戦犯たちもそれらの事実を認め、それについて自らも責任があると供述しているのである。
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