第8話 女神の冒涜、そして鬼神の降臨

【導入:絶望の密室と、束の間の日常】

 カラオケボックスの一室。佐々木からの残酷な二択を突きつけられ、俺は絶望に打ちひしがれていた。

「くそっ! 佐々木のやつ、手強い…!」

 今宮が、ノートPCのキーボードを叩きながら悪態をつく。彼のハッキングでも、佐々木の居場所はまだ特定できない。


「ソフトクリームでも食うかな」

 そんな絶望的な空気の中、今宮が突然立ち上がり、部屋を出て行った。その、あまりのマイペースさに、俺は毒気を抜かれてしまう。

 入れ替わるように、変装を解いたキララが部屋に入ってきた。彼女は、作戦前に今宮の悪魔の囁きに乗ってSNSに投稿した、YORU成りきり動画がバズっているのを見て、複雑な表情を浮かべていた。

「…ねえ、圭佑。イライラしてても、始まらないよ。気分転換に、私たちの新しい城、見に行かない?」

 その提案に、俺は静かに頷いた。


 タクシーを待っていると、「あれ、星川キララじゃね?」という囁き声が聞こえた。数人のファンに囲まれ、キララは快く写真撮影に応じている。そのファンの一人が俺に気づき、「あ、圭佑さん! いつも見てます!」と声をかけてきた。俺は、キララに促されるまま、少し照れながらもファンとのツーショットに応じた。


 タクシーに乗り込むと、キララは悪戯っぽく笑い、俺の頬に、チュッと軽いキスをした。そして、そのまま俺の肩に、こてん、と頭を預けてくる。

「…圭P、大好き」

 俺は窓に頬杖をつきながら、彼女のその手を、そっと握り返した。「……ありがとうな、キララ」

 運転手が、バックミラー越しに俺たちを一瞥したのに、俺は気づかないフリをした。


【新生K-Venusと、地獄の生中継】

 タワーマンションの最上階。ガランとした事務所で、「圭Pのおごりで!」というキララの招集に応じ、メンバーたちが続々と集まってきた。流行のストリートファッションに身を包んだみちる、ゴスロリパンクなアゲハ、清楚なワンピースのあんじゅ…皆、思い思いの私服姿だ。彼女たちは引越し用のダンボールを椅子代わりにし、床にピザの箱を広げ始める。

「おい、お前ら! その箱には精密機械が入ってんだぞ!」

 俺が咎めても、誰かが「いっそ、このタワマン丸ごと寮にしちゃえば楽なんだけどなあ」と呟き、笑いが広がる。


「ねえ、私たち、まだグループ名、決まってないじゃん! 圭佑P、決めてよ!」

 みちるのその一言に、全員の視線が俺に集まる。俺は、窓の外の夜景を見つめ、静かに告げた。

「…『K-Venus(ケイ・ヴィーナス)』だ。俺の『K』と、美の女神『ヴィーナス』。お前たちは、俺が世界に贈る、最高の女神たちだ」

 その、王の命名に、メンバーたちの瞳に、再び強い光が宿った。

 詩織が、キッチンカウンターで作った、それぞれのメンバーカラーの美しいノンアルコールカクテルを差し出す。未成年であるみちるには、そっとジンジャエールを渡す、そんな気遣いも忘れない。「K-Venusの、輝かしい未来に」。俺たちは、そのグラスを高らかに掲げた。


 その、束の間の幸福な空気の中だった。突如、大型モニターがハッキングされて佐々木の映像に切り替わる。

「あら、貴女たち。オーディションぶりね」

 その顔を見たメンバーたちは、「うわ、出た…」「最悪…」と、一様に嫌悪の表情を浮かべた。

 佐々木は、眠る莉愛の横で、にこやかに語りかけた。「神谷圭佑。あなたが選ばないので、私が代わりに、世界に問いかけることにしました」

 彼女は、莉愛の制服のブレザーを脱がせ、ブラウスの胸元を少しだけはだけさせると、その写真を撮影し、あろうことか、俺のアカウントを乗っ取って、こう投稿した。


『俺のガチ恋、天神莉愛。俺だけのものだ。#Kスケガチ恋』


 俺本人のアカウントからの、あまりに衝撃的な投稿。ネットは、瞬時に地獄絵図と化す。事務所の幸福な空気は、一瞬にして凍りついた。俺はその場に崩れ落ちそうになった。

「プロデューサー!」「しっかりして!」メンバーたちが、俺の体を支える。


 事務所のドアが勢いよく開いた。息を切らして駆け込んできたのは、今宮だった。

「兄貴! 奴の場所、特定しました! 〇〇ホテルです!」

 彼は、俺の精神状態を察し、少しだけ心配そうな顔で尋ねる。「…歩けますか?」

「…構うな。俺は、戦わなくちゃいけないんだ」

 その、絶対零度の瞳。覚悟を決めた王の顔を見て、今宮はニヤリと笑った。「さすが兄貴っす! 俺の車で行きましょう!」


【鬼神の覚醒と、父の遺産】

 タワマンの地下駐車場に停まっていたのは、獰猛なフォルムの真っ赤なスポーツカーだった。

「お前、前の車どうしたんだよ?」

「売りましたよ。天神財閥が、俺に『投資』してくれたんでね」

「…不安しかないんだが」

 俺が助手席に乗り込むと、今宮は楽しそうにエンジンをかけた。

 ブロロロォォン…!

 地を這うような、重く低いエンジン音が、地下駐車場に響き渡る。

 しかし、大通りに出た瞬間、俺たちの目の前に広がっていたのは、テールランプの赤い河だった。

「くそっ! なんでこんな時に…!」

「今宮! 俺は降りる!」

 俺は、スマホの地図アプリを開き、今宮が叫んだホテルの住所を、震える指で、しかし正確に叩き込んでいく。表示されたのは、現在地から電車を乗り継ぐ最短ルートだった。

 俺は車のドアを開け、クラクションの鳴り響く車列の間をすり抜け、最寄りの駅へと全力で走り出した。


 ホテルの前に到着すると、エントランスにはパトカーと救急車が停まっていた。俺は、その喧騒を横目に、息を切らしながらエントランスに立つ。やがて、ホテルの中から、警察に両脇を固められた佐々木が連行されてきた。彼女は俺の顔を見ると、「残念だったわね、圭佑。過剰に睡眠薬を摂取させたから、あなたの大事な妹は、もう二度と目を覚まさないかも」と、最後の呪いを吐き捨てた。

 続いて、莉愛がストレッチャーで運び出されてくる。その救急車に、玲奈が付き添って乗り込むのが見えた。

 その時、俺の元に一人の刑事が駆け寄ってきた。

「神谷さん…この度は、本当に申し訳ありませんでした。我々は、危うく罪なき人間を、罰するところでした」

 刑事は深々と頭を下げ、パトカーへと戻っていった。


 数日後。莉愛は、病院のベッドで眠ったままだった。

 俺は、彼女の冷たくなった手を握りしめ、呟いた。「…何もできなくて、ごめんな、莉愛…」

 傍らで付き添っていた玲奈は、悔しそうに唇を噛み締めた。「…博士は、Museを危険視していた。けれど、私たちは博士の警告を無視し続けた。その代償が、これなのかもしれないわね…」

「やめろ、玲奈!」俺は、自分を責める彼女の言葉を遮った。

 その時、病室のドアが、静かに開いた。入ってきたのは父、神谷正人だった。

「親父、何しに来たんだよ…」

「玲奈様に頼まれてな」

「博士。お越しいただき、ありがとうございます」

 玲奈は、父に向かって深々と頭を下げた。

 父は、小さなアタッシュケースを開くと、ヘッドセット型の端末を取り出した。

「俺は、昔、天神グループでAIの研究をしていた。天神グループが使っているMuseの原型を作ったのも、俺だ。だが、その力を恐れた当時の上司…神宮寺に、プロジェクトごと潰されたんだ。奴は、俺から奪ったミューズのコピーを使って成り上がり、今もオリジナルのミューズを狙っている」

 彼は続ける。「お前が昔使っていた、あのオンボロのノートパソコン。あれに、Q-sの原型が、インストールされていたんだ。お前がMuseに選ばれたのは、偶然じゃないのかもしれん」

 父は、俺の目をまっすぐに見つめた。「いいか、圭佑。これはゲームじゃない。精神世界は危険なんだ。だが、キューズが、きっとお前を案内してくれるはずだ」


【ラストシーン】

 病院の一室。莉愛はベッドに横たわり、俺は、傍らの丸椅子に腰掛け、それぞれ頭にヘッドセット型の『Q-s』を装着している。

「…おい、親父。心の準備くらい、させろよ!」

 俺の弱音に、父はただ、静かに頷くだけだった。玲奈やメンバーたちが見守る中、俺は、ゆっくりと目を閉じた。

 カウントダウンがゼロになる直前、圭佑の耳元で、玲奈が震える声でこう囁いた。

「…必ず、二人で、生きて帰ってきてちょうだい。私の愛した男と、私の愛する妹を…同時に失う地獄だけは、私に見せないで…」


『――システム、シンクロ開始。精神世界へのダイブまで、5、4、3、2、1…』


 無機質なカウントダウンと共に、俺の意識は、光の粒子となって、急速に崩壊していく。

 次なる戦いの舞台は、ネットでも、現実でもない。

 一人の少女の、閉ざされた「心」の中。


 俺は、彼女を救うため、絶望が渦巻く、精神の深海へと、ダイブした。

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成り上がり~炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~ 浜川裕平 @syamu3132

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