生活保護訴訟の違法判決で再考する「不心得者」排除のため過半を占める高齢者の扶養義務を果たす合理性
最高裁判所は6月、国が2013年から15年まで生活保護費の大幅な引き下げを行ったのは違法で決定を取り消す判決を言い渡しました。何がいけないと判断されたのか、実態はどうなのかなどを考えていきます。
国民を国家は見捨てないという制度
厚生労働省によると生活保護制度は「資産、能力等あらゆるものを活用することを前提として必要な保護が行われます」。要は財産はほぼなく、働きたくても働けないか、わずかな報酬しかもらえず、高齢者の年金など社会保障給付を受けても生活が成り立たない状態の国民を国家は見捨てないという制度。
最高裁が違法と認定したのは該当年で保護費全体の約3分の1を占める「生活扶助」つまり日常生活を送るのに欠かせない食費・光熱費・医療などの基準額を最大10%引き下げた「プロセス」に対しする判断です。
基準額は万古不変でなく5年に1回見直します。厚労省は1983年に額を主に「消費動向」を踏まえて物価は「参考にとどめる」との見解を発表。翌84年から採用してきました。ところが2013年の減額は物価の下落のみで決めた「デフレ調整」でした。
裁量権とは
判決は物価は「消費行動」に一定の影響が及ぶのを認めつつ、物価のみでのみで引き下げの改定をした専門的知見の説明を国に求めるも十分な説明がなされなかったとして基準を定める厚労大臣に「裁量の逸脱や乱用があった」として違法と判断しました。
裁量権とは行政機関(今回は厚労省)自らの判断で決められる処分で司法も過去のさまざまな裁判で良くいえば尊重、厳しくは追認してきて「司法の対象外」とみなし、それはそれで批判されてもきたのです。
今回の上告審の対象となった控訴審のうち大阪高裁は「適法」、名古屋高裁は「違法」判決とわかれたほど微妙な状況で終審裁判所が違法を問える「逸脱」と認めた異例の判断となりました。適法な基準額までは示されなかったのです。
被保護者だけの問題ではない
基準額は子どもへの学用品費などを支援する「就学援助」や保育料、介護保険料、国民年金保険の減免など多岐にわたる制度の目安にもなっていて影響は約50の制度に及ぶとも。決して生活保護の被保護者だけの問題ではありません。
引き下げはなぜ行われたのか
さて違法とされた引き下げはなぜ行われたのでしょうか。きっかけは2008年のリーマン・ショック。日本への影響は超円高などいくらか遅れて11年から12年あたりに直撃します。仕事を失い当面の再就職先もみつからないという方の利用が急増しています。
厚労省の受給者における「世帯類型別の構成割合の推移」は「高齢者」「母子」「障害者・傷病者」「その他」の4類型で示していて10%程度であった「その他」が11年17%(百分率)12年と13年が18%と急増、全体の被保護人員(人数)も約170万人から約220万人へとふくらんでいるのです。
不景気のただなかで何とか踏ん張っていた働き手からすると、この現象が不公正にも感じてモヤモヤしていたところに12年、著名な芸能人の母親が生活保護を受給していたのがわかって謝罪会見へ追い込まれました。そうした世相が減額を是とする政府方針と一致したのです。
扶養義務は保護に「優先」するも強制されず「要件」でもない
確かに民法は「直系血族と兄弟姉妹」を「扶養義務者」とし、似た義務を配偶者にも課しています。前述の芸能人は富裕(であろう)なのにこの義務を果たさなかったと叩かれたのです。もっとも当該芸能人は違法である「不正受給」を母親にさせていたのではありません。
誤解されやすいのは生活保護法の規定で扶養義務(仕送りなど)は生活保護に「優先」するとはいえ強制でなく反対に義務者がそれを果たさないから保護が受けられないという「要件」でもないという点です。
「直系血族」とは自身を「子」とすると父母・祖父母・曾祖父母まで及びます。そこそこの稼ぎがあっても全部カバーせよ=強制は行き過ぎとみなしているのです。
しかも「その他」の被保護人員は14年以降漸減し、全体も減少傾向です。
訴訟団に高齢者と覚しき方が多くみられた
最も強調しておきたいのは受給者の過半数(百分率)が高齢者という点。他の類型が減少するなか唯一増加傾向にあります。今回のニュースでも訴訟団に高齢者と覚しき方が多くみられているように、です。
かつて圧倒的だった「3世代世帯」は顕著に減少し、今世紀に入る頃には「夫婦のみ」が逆転してトップ。現在は「単独」が1位をうかがう状況となっています。
曾祖父母(8人)存命も決して珍しくない時代
まだまだ「夫は仕事、妻は家庭」という性別役割分担が強かった今の高齢者の場合、妻は基礎年金(満額で月約6~7万円)のみ。上積みされる厚生年金の比例報酬部分の4分の3が夫と死別したら加わるとはいえ、それは夫が雇用されるなど厚生年金を原則40年払った場合で該当しないと死別などで「単独」となった瞬間にたちまち窮してしまいます。
だからといって稼ぎがある扶養義務がある現役世代がカバーできるかというと前述の通り。女性の平均寿命が90歳に達しようとしている現状で20~30代でも曾祖父母(8人)まで存命というケースも決して珍しくない時代です。
社会保障給付費の3%弱
現在、生活保護費総額は約3.5兆円。なるほど決して少ない額ではないものの社会保障給付費(年金・医療・介護など)が約170兆円だから率にして3%弱となります。内訳は国4分の3で自治体4分の1。ただ自治体の保護費額は国から受け取る地方交付税に算入されるため実質国負担といっていいでしょう。言い換えると自治体負担は純然たる4分の1より小さくなります。
実は若い働き手自身の懐の切実な問題
まとめると、まずしばしば問題視される「若くて働けるのに仕事もせず生活保護で楽して暮らしている」「不心得者」がいたとしても含まれるのは「その他」の約15%の一部。言い換えると8割以上が「高齢者」「母子」「障害者・傷病者」で「高齢者」が断然トップ。
その高齢者が「単独」世帯になると低年金などで暮らせず基準額の残りを受け取り受給者となります。そこを削ると当然に「生活保護でさえ暮らせない」が続出し、放っておけないから現役世代が扶養義務者としてなけなしの稼ぎから仕送らざるを得なくなるのです。
「3世代」が減少しているのは子や孫世代が実家を離れるから。最大の要因は経済的なものと思われます。なのに父母はともかく遠く離れて顔すらよく知らない祖父母や曾祖父母まで「自助」努力を課されるのと公助に委ねるのとどちらが助かるか。ごくわずかの「仕事もせず生活保護で楽して暮らしている」「その他」にいる不心得者を排する代償として削減に合理性があるか。実は若い働き手自身の懐の切実な問題でもあるのです。