「日本は分岐点」欧州研究者が懸念、排斥の声に穏健保守が崩れるとき

聞き手・石田耕一郎

 参院選(20日投開票)で、外国人への規制強化や権利の制限を公約に掲げる政党が相次いでいる。移民や難民の受け入れをめぐり揺れてきた欧州政治に詳しい東京大教授で国際政治学者の遠藤乾さんに聞いた。

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遠藤乾・東京大教授

――外国人が日本で優遇されているとして、政策の見直しを求める主張が支持を集めています。

 汗水たらして働いているのに、賃金は上がらず、格差が拡大・固定化して生活もよくならないと考える人々の不満が投影されているのだと感じます。主要政党や政治エリートは自分たちを顧みず、外国人の方ばかり見ている、という思いなのでしょう。

――具体的にはどんな人々でしょうか。

 貧困層というより、中流の下層に属するローワーミドルの人たちに、こうした主張への共感が広がっています。ローワーミドルは日本社会で数千万人いるとみられ、政治的に大きな影響力を持っています。この層にポピュリズムのマグマが宿り、地殻変動が起きています。

――外国人を標的にした訴えが日本で、ここまで広がることはあったのでしょうか。

 かつても少数の保守派は主張していましたが、政治争点化したことが最近の新たな動きです。

 労働者であるローワーミドルはもともと、左派系のリベラル政党も一部を取り込んできました。でも、現在では、リベラルの訴える環境保護や少数者の権利擁護など「政治的に正しい政策」は結局、自分たちの生活とは大して関係がないと考えるようになっています。リベラル政党がエリート主義に陥っているという思いを抱いているのです。

――なぜそうした動きが出てきたと考えますか。

 経済面と文化面の二つの要因があると考えています。まず経済面ですが、ローワーミドルの多くは、定職を持っていますが、暮らしが良くなったとは感じられないでいます。一方で、自分たちが納めた税金が、自分たちのためではなく、働いていない貧困層や、外国人の支援に使われているというイメージ、危機感を抱いています。

 そこに、文化面の要因が加わっています。日本に住む外国人が増え、インバウンド旅行者が多く訪れるようになったことで、実態以上に日本が外国人に覆われ、自分たちの国が自分たちのものでなくなるような感覚を抱いてしまっているのです。その結果、焦りを感じて余裕がなくなっているのだと思います。

小さな積み重なり、国を侵されている気持ちに

――日本に住む外国人も納税などで日本社会に貢献しています。

 在日外国人は、日本の利益にかなり貢献しています。税金を払うし、日本の生活サービスの質を維持してくれています。旅行者もお金を落としてくれます。

 一方で、日本の人々が、自分たちの生活様式を守りたいという気持ちは理解できます。駅の改札前で固まるインバウンド旅行者に通路をふさがれたり、バスの中を占拠されたりという小さな積み重なりにより、自分の国を侵されているという気持ちになるのです。私も駅の入り口などで、「どいてよ」と感じる時はありますから。

 在日外国人は370万人ほどですが、増えた旅行者と頭の中で結びつき、日本列島が占領されているようなイメージの飛躍が生まれるのでしょう。

日本が重なる部分は

――長年研究されている欧州でも、主要国で外国人排斥の声が強まりました。日本の動きと重なる部分はありますか。

 日本も欧州がたどった道を歩んでいると思います。欧州でも、経済面と文化面の要因がありました。文化面の要因は、自国のアイデンティティーを重視する右派の保守層にアピールします。また、経済面の要因は、仕事が不安定で賃金が上がらない時に、左派のリベラル層にも見られました。

 左派支持層の中にも、福祉制度をめぐり、自分たちが高いコストを払って維持しているのに、外国人に甘い汁を吸われているという主張にいきつく人もいます。人によって自国の外国人の何が問題なのかという内容は異なりますが、様々な要素が加わり、排斥の気持ちが増幅していました。

――欧州ではその結果、何が起きましたか。

 外国人排斥を唱える政党が支持を集めることになり、穏健保守の政党が浮足立って、雪崩をうつように引きずられています。英国なら、保守党が右派ポピュリスト政党の改革党(UKIP)に、フランスも穏健右派の共和党の一部がマリーヌ・ルペン氏の右翼「国民連合」になびく、という具合です。ドイツはまだ、穏健派政党が右翼の「ドイツのための選択肢(AfD)」に対して踏みとどまっていますが、これが崩れると危うくなると思います。

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2022年4月、支持者の求めに応じて「自撮り写真」におさまるフランスの右翼「国民連合」のマリーヌ・ルペン氏(中央)=パリ、青田秀樹撮影

――危うくなる、とは。

 私の観察では、穏健保守という固まりが崩れた時に、その国の民主主義がおかしくなります。穏健保守は色々な支持層を抱え、エリートもローワーミドルも票田にして、異なる利害を調整するものです。しかし、人々が排斥を主張する極右や急進右派の政党に引き寄せられることで、その票欲しさに穏健保守自体がそちらにすり寄り、イデオロギー化して多元的な政治を掘り崩す結果、国全体が変質してしまう。

――日本でも起こりえますか。

 とがった主張をする政党などが、ぎりぎり穏健保守にとどまっている自民党より右寄りの政策を打ち出し、支持を集めています。私は自民党がそうした人々の支持を得ようと、右側に引っ張られていく可能性はあると危惧しています。今はまさに分岐点だと思います。

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2025年1月、ドイツの右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の選挙集会にオンラインで参加した米起業家のイーロン・マスク氏=ドイツ東部ハレ、寺西和男撮影

――欧米で、増加する外国人との共生をうまく進めた成功例はありますか。

 あまり、ないんです。欧州はどこもが反面教師になってしまっています。スウェーデンやドイツは外国人との共生に成功した歴史もありましたが、最近は外国人による犯罪やテロが増えたという認識が広がり、世論が硬化しています。長期的に見て、成功例はハワイやカナダくらいでしょうか。

――日本で暮らす外国人の人口比は欧米に比べ、かなり低いです。世論の外国人への反発を和らげるには、どのような政策が必要でしょうか。

 移民が主要テーマの一つでもあった英国の欧州連合(EU)離脱時の経験に基づいて話すと、外国人の急増により、三つのことが問題になっていました。住宅と病院と学校です。英国の保守党政権は当時、緊縮財政を進めており、まったく対処できていませんでした。その結果、英国人は公営住宅が当たらず、主治医の診察予約すらとれなくなっていました。また、小学校では、英語の話せない外国人の児童が約半数を占める教室も出てきて、学級崩壊寸前でした。住民のみならず、隣接する地区の人々が不満を募らせ、右派ポピュリスト政党への支持につながったのです。

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2024年9月、英改革党の党大会で掲げられたスローガンの一つは「移民を大きく減らせ」だった=英バーミンガム、藤原学思撮影

魔法のような策はない

――日本でも地域によってはすでに起きている現象です。政府には何が求められますか。

 日本政府はまだ、ほとんど何の対策もとれていません。外国人を入れると決めたのは国ですから、外国人が急増し、医師や教師といったリソース(人材)の足りない地方に対し、バックアップできる態勢をすぐにでも築くべきです。

 また、日本に住む外国人は、単なる「労働力」ではなく、「人」です。だから、地方政府は外国人の増加に伴って生じた現実問題に対処すると同時に、地元の商工会やNGO、学校などが外国人と集い、互いに意見を言える協議会のような場を設ける必要があります。ゴミ捨てや子どもたちの通学問題などを話し合うなかで偏見は和らぎます。川崎市などすでに取り組んでいる地域もあります。

――日本社会や国民は、増える外国人にどう対応すればよいと思いますか。

 外国人の犯罪率とか、医療のただ乗りとか、ネットで指摘される否定的な情報は、多くが証拠のないデマか誇張です。外国人をめぐる実態と認識がずれており、まずは事実を確認する必要があります。

 また、日本には、沖縄の人々や北海道のアイヌ民族、在日コリアンらがもともと存在し、多様な人びとによって社会が作られてきたという歴史を伝え続けることも重要です。

 外国人問題の解決に役立つ、魔法のような策はありません。具体的に課題に取り組み、当事者同士で話し合いつつ、共有・共感できる部分を増やしていく取り組みが大事なのだと思います。

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    倉田徹
    (立教大学教授=中国・香港政治)
    2025年7月16日7時34分 投稿
    【視点】

    遠藤先生の強い危機感を、私も共有します。以下は私的な文章ですが、そのまま掲載します。 -----  1限の授業に間に合わせるため早朝出勤すれば、人気のないキャンパスを清掃するために働く人たち、その主力は近年東南アジア系の若い女性たちが担っている。  彼女たちは本当に、本当にイイ。それは、すれ違うと皆例外なく、満面の笑顔で、大きな声で「おはようございます」と挨拶してくれるからである。このやりとりが数回あるだけでも、今日の授業を爽やかに始められそうな気がする。同時に、わけもなく暗いことを考える自分を省みる機会ももらう。  日本を、明るく楽しい社会にして行くには、何が必要なのだろうか。それを熟考しながら、次の日曜日を迎える。

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    小松理虔
    (地域活動家)
    2025年7月16日8時59分 投稿
    【視点】

    暮らしのなかの小さな不満や不安、ひとつひとつが積み重なり、「身近でわかりやすいひとつの問題」としてまとまって噴出していくということは、ほかの領域にも起きてきたことだと思います。たとえば原発事故後もそうだったなと思い返しました。暮らしのなかの小さな不安が、わかりやすいひとつの問題に置き換えられてしまうこと、不安に寄り添うふりをしながら、それにつけ込んで、「諸悪の根源はこれなんだ」と憎悪を植え付けていく人たちの言説が溢れていたことなども、あのときと似ているなと感じます。 理念もなく、無策のまま進めてきた事実上の移民政策の負担が自治体や住民に押し付けられているのが現状だなと思います。遠藤教授は、魔法はないのだから事実をベースとしながら話し合いをして、現場レベルで共有・共感できる部分を増やしていく取り組みが必要だとまとめています。ああ、あのころもそうだったと思い出しました。現場でやるべきことはあまり大差ないのかもしれません。だからこそ納得できるインタビューでした。ただ、その余力や議論の土台が地域社会に残っているのか、ということも同時に考えてしまいます。

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