ネット上でChoose Life Projectの一件が話題ですね。
Choose Life Project(以下CLP)というのは
主にYouTube上で展開しているネットメディアでして、
普段、あまりテレビでは扱われないような政治案件なんかを
主に討論のスタイルで忖度なしに伝える番組を提供してきました。
「公正さ」をモットーにしていて、
あるタイミングからは「公共のメディア」を掲げて
ユーザーからクラウドファンディングで資金を調達して運営されています。
で、そのCLPの立ち上げ期に、実は政治政党である立憲民主党が
番組制作費として1500万円以上の資金を支援していた、ということを、
それまでCLPの番組に出演していた5名の方々が告発したんですね。
小島慶子さん(エッセイスト)
津田大介さん(ジャーナリスト)
南彰さん(新聞記者)
望月衣塑子さん(新聞記者)
安田菜津紀さん(フォトジャーナリスト)
以上の5名の方です。
抗議文を5人同時にネット上にあげる、という形での告発でした。
で、世論としては「とんでもないことだ!」という意見が大勢をしめ、
CLPの共同代表である佐治洋さんは謝罪とともに辞意を表明し、
今、CLPそのものの存亡の危機という状況になっています。
佐治氏は、公共メディアをうたいながら、公党から資金を得て、
そのことをユーザーに明かさずに、クラウドファンディングで
資金を募集したことについて、「裏切り行為であった」と述べています。
立憲側(福山哲郎元幹事長)も佐治さんも、資金の授受については認めつつ、
番組づくりに関しては一切影響がなく、
立憲に与する内容も、そうするようにという圧力も
一切なかった、と両者は説明しています。
立憲がお金を出した理由は、佐治氏の
「フェイクニュースやあまりに不公正な差別が横行する状況に
対抗するための新しいメディアを作りたい」という
主旨・理念に共感したためだ、と福山氏は説明しています。
つまり日本のメディア空間の在り方に危機感があったということでしょう。
確かに、安倍政権以来の日本のマスメディアの政権への忖度ぶりは
目に余るものがありますもんね・・・・
クラウドファンディングでお金が集まってからは、
CLPの側から立憲に対して支援の打ち切りを申し出て、
現状はお金のつながりはない状態でした。
またその後の情報で、立憲が拠出したお金は
大手広告代理店である博報堂から制作会社を経由して
CLPに支払われた、という経緯があるらしく、
「中抜き」に敏感な世論がここでも「マネーロンダリングだ」と
声を荒げている状況です。
さて、この一件について、
もちろん、あくまでも推論になりますが、私の意見を簡単にまとめてみます。
あくまでも推論です。
が、私なりに経験的な確証はありながらの意見です。
(もちろんまちがっている可能性はあります)
※
今回の件、CLP佐治氏の理念(報道の公正さの担保)に共鳴した
立憲・福山氏が、CLPの支援を決めたということは、
その背景に政権与党側によるメディアへの圧力や、
そこからくる忖度、またSNSなどを通じて行われるフェイクなどへの
対応や対抗という意味があったかと思われます。
そこで公正な報道を理念に掲げるCLPというメディアが
「資金難」という理由で活動が困難になることがないよう、
福山氏は支援を決めたと想像します。
そこに、CLPを立憲の広報的なものに変えようという意思は
なかったと思うんですね。
まずCLP側の理念ありきで始まっている話ですから。
で、そもそもこのような理念に共感しての支援なので、
「お金は出せど、内容に口出しはせず」ということが
相互に了解されていたことでしょう。
口出ししたら公正じゃなくなりますからね。
それじゃぁ、政権与党がやっていることと変わらなくなってしまいます。
立憲が番組内容に口出ししていなかったことは
実際の番組に反映されていたと解釈していますし、
多くのユーザーも、そこは認めるでしょう。
しかし、当然、政治政党が資金的に支援をすると、
CLPの理念そのものに誤解を抱く一般ユーザーや
世間からの反発は容易に予想されますから、
立憲は名前は出さずにお金だけを出す、という方法をとるという
判断があったとしても当たり前と思います。
ここで、これはCLPの理念を守るためだ、ということを理解する必要があります。
お金を出すということは、なんらか売名をするためだ、
という思い込みが世の中に蔓延していると思いますが、
実際にはそうでないケースも世の中には多々あります。
ただ、リベラル野党に関しては
性悪説で厳しく責め立てる世論の方が圧倒的に多いですから、
CLPへの配慮として立憲が名前を伏せるという判断は
当然のことだと私には思えるのです。
(のちのちに明るみになって問題視される認識はなかったのでしょう)
※
さて、立憲民主党が拠出した1500万円は、
大手広告代理店・H から、さらにある制作会社を経由して
CLPに支払われたようです。
どうです? 中抜きの香りがしますか?
実は、私は全然しません。
広告代理店に限らないことですが、
企業というものは取引先の情報を他社に開示したりはしないものです。
当たり前ですよね。そんなことをしたら信用問題ですから。
とくに広告代理店は新商品の情報など、
企業の秘密情報を共有する立場にあるので、情報の秘匿義務は非常に重要です。
秘密をちゃんと秘密にしておくという情報管理能力が、
広告代理店の信頼の要件のひとつでもあるのです。
ここは怪しいと思われる原因かも知れませんが、
でも「企業秘密」というものがあるのだから、実は当たり前なんですね。
立憲は自分の名前を出さずに支援する方法として
「広告代理店を経由する」という手段をとったのだと推測します。
これが「怪しい」と思うかは人それぞれですが、
CLPを守るには最善だったのでしょう。
立憲のメイン代理店は H でしょうから、
その代理店が H だったことは当然でしょう。
事情を理解してくれる相手でなければいけませんから。
(代理店マージンを最小限にする、という意味で)
立憲の意志がCLP支援であり、CLPと先に話がついている以上、
代理店も人肌脱ぐ、という立場から経由先として参加したのであって、
ここにいわゆる税金を使った事業費の中抜きのような意図はないでしょう。
資金をCLPに援助したいのに、代理店に中抜きさせては、
CLPへのお金が減ってしまって本末転倒ですから。
また、当時のCLPは法人化もされておらず、経営が不安定な状況です。
大手の広告代理店はどんな相手とも商取引をするのではなく、
支払い能力などがちゃんとあるかという信用をもって取引相手を審査するので、
H から直接、経営の安定しないCLPに支払いを行うということは通常、
不可能なので、ここもまた事情を斟酌してくれる制作会社を経由した、
ということかと想像されます。
制作会社はフリーのアーティストなどとお付き合いをするので、
比較的、誰にでも支払いを立てられるからです。
また、何かしらの成果物がないと税務上の問題もあるため、
建前上は立憲が何かしらの広報素材をオーダーした
という形をとっているかも知れません。
しかし、そこは立憲とCLP両者の約束で、
立憲に与しない公正な番組づくりがなされていた、
ということだと思われます。
(立憲に有利な番組作りをするようにという指示がなかったことは、
出演者も認めているでしょう)
※
2010年ごろだったでしょうか。
児童相談所の前に、新品のランドセルが10個、
置いてあることがありました。
メッセージには「困っている子どもたちのために使ってください」と。
送り主は「伊達直人」とありました。
それは、身寄りのない子供たちのために、
ファイトマネーを匿名で届けつづけたプロレス漫画のヒーロー、
タイガーマスクの名前でした。
以後、多くの人が名前を明かさず子どもたちの支援のために
伊達直人や矢吹丈を名乗って寄付活動を行い、
タイガーマスク運動と呼ばれる社会現象になりました。
後に名前を明かした人もいましたが、
基本的に彼らがしたことは売名行為ではなかった。
初めてランドセルの話を聞いたとき、
なんという素晴らしい人がいるのだと心から思ったのですよね。
人が誰かにお金をかけるとき、それを「売名行為だ」と言う人はいます。
性悪説に立つなら、その行為は売名以外に説明がつかないからです。
でも、本当にそうでしょうか。
1970年代後半から1990年代にかけて、
関西の学生アメリカンフットボールの世界では、
京都大学と関西学院大学のライバル関係が、フットボール人気を
確実なものに押上げ、今でも関西にはフットボール文化が定着しています。
あの激烈なライバリーの歴史を作ったひとりが、
京都大学の水野弥一監督でした。
「関学を本気で倒す」という信念のもと、
監督としてチームを率いた水野氏は、ガリ勉ばかりの京大チームを、
孤高の存在だった関学を倒すまでのチームに育て上げました。
水野さんがそこまでチーム育成に人生を割けた理由のひとつに、
彼を顧問として迎え、生活費を工面しつつも、
監督業に専念することを可能にした企業があったからでした。
その企業はスズキインターナショナルと言って、
社長の鈴木智之氏は関西学院アメフト部のOBで、
水野さんを雇い入れたのは、日本のアメフト文化を繁栄させるためでした。
当然、関学に有利になるようにとか、関学が勝つように、などという
忖度をしいることなどありませんでした。
崇高な目的意識があるとき、それを実現しようとする意志は、
周りが思っているよりもずっと綺麗で、不動のものだと私は思っています。
※
話をCLPに戻しましょう。
公正なメディアの立ち上げを支えるために、
陰ながらお金を出した立憲の存在がなければ今のCLPはなかったし、
それがなければクラウドファンディングで
思うようにお金も集まらなかったことでしょう。
一般的に、人は企画書にはなかなかお金は出しません。
実際の番組があったからこそ、信用してお金を出すことができるわけです。
また、日本の企業や有名人は、
現状を批判するような政治的な色がつくことを嫌いますから、
CLPのように「政権与党を監視する」という
ジャーナリスティックな立場を表明するメディアに
お金を出すことは皆無でしょう。
そうなると、ある程度まとまったお金を準備できるのは
逆に政党くらいしかないかも知れないですね。
結果的に、この立憲の判断は
日本のメディア空間にCLPという公正な雛形を生み出し、
ネットメディアの可能性を広げることに資するものだったわけで、
それが政党だったから、という理由で一方的に悪だと捉えることは、
またもやリベラル勢力の自滅につながる判断だと思っています。
私としては、そこにどのような「意志」があったのか。
そのために、どれだけ懸命に努力した人々がいたのか、ということを
想像する力が欲しいと思うんですね。
株価が下がったら、あっという間に手放してしまう、というのは、
短期的な利益追求のためにはありえる態度でしょう。
しかし、それを人間関係に置き換えるとどうでしょうか。
人の株価が下がった時、つまり苦しい状況におちいったとき、
それは成長のチャンスでもあるわけだから、
反射神経的にすべてを投げ出してしまうより、
もっと良くなる方法を協力して考え出せる絶好のときなんですね。
この機会をCLPが、より良いメディアとして成長するきっかけにできることを
そのようなチャンスを世論があたえることを
私は心から祈っています。