追いつめられる子どもたち 「あなたががんばれ」が生んだ緊張と不安
子どもたちのあいだで、自殺やいじめ、暴力などの問題が深刻だ。子どもの数が減っているのに、しんどい子どもは増えている。何が子どもを追いつめているのか。教育・社会学研究者の桜井智恵子さんは、「あなたががんばれ」とせまる成長主義の個人化だと言う。話を聞いた。
こんなにひどい状態だとはーー
――子どもの自殺や不登校、いじめなど、さまざまな統計に子どものしんどさが浮き彫りになっているように感じます。
「不登校やいじめなどの統計は自治体の認識によって異なるので、あまりあてにしていません。でも、子どもがしんどくなるのは『必然』です。ここまでひどい状態だとは思っていませんでしたが――」
――必然ですか?
「1970年代からの50年間、教育や社会で何が行われてきたかを考えれば、当然のように思います。高度成長期が終わり、経済成長の先行きが見えなくなった70年代、教育現場も家庭も社会も、『個人の能力を高める』『子どもに力をつける』方に向かいました。『良い点数をとれる教育』が求められ、学校では子どもの縛りがきつくなりました」
きつくなる親子関係
「家庭では、それまで主流だったドリル学習が塾に変わります。親は塾代のためにパートに出るようになる。『教育ママ』という造語が生まれたのもこの時代です。大平正芳首相は『家庭基盤の充実』を掲げ、さまざまな問題が家族にダウンロードされました。そうやって『家族が』『個人が』がんばる、と分断されていく。親子関係はきつくなっていきますよね。その後、80年代にかけて出てくるのが、子どもの非行や校内暴力、不登校です。この流れが加速する中で、子どものしんどさは今、確実に増しています」
――実際に子どもと接する中で、そういう話が出ますか。
「個人のレベルで見れば痛みやつらさはバラバラですし、自殺の原因をこれと特定できることは少ないです。家族の葛藤を話す子もいれば、先生が苦手だと話す子もいます。痛みの表現も様々で、自分を傷つける子もいれば、薬を大量に飲む子もいる。でも、個々のケースとして見て、『先生の不適切指導』や『オーバードーズ問題』などに注目するだけでは足りません。『ヤングケアラー』も大いに注目されましたが、それらを社会経済的な問題として捉え直す作業が必要です」
「ここ10年ほど、子どもの意見表明権を重視する『子どもの声を聞く』という視点が話題ですが、その方法を深めなくてはいけなくなっています。『自分は親に優しく勉強を強いられてきた』『いつも将来のことばかり言われる』と話す子どもや学生は多いけど、『でも私は勉強したい』とか『楽しかった』とも言う。キャリア教育などで小さい頃から大人の世界の価値観を浴び続け、子ども自身もその価値を内面化してしまっています」
悪いのは親?
――家庭の教育熱は高まる一方のように見えます。
「『より豊かに』という成長主義は、社会に歓迎されますからね。60年代に労働市場が中卒から高卒に切り替わる時期があるのですが、『高卒で働く方がいい』と希望したのは、学校、企業、家庭のどれだと思いますか? 答えは『家庭』です。より高い収入を求めたからです。企業は家庭に引っ張られて、労働市場を中卒から高卒に変えたのです」
「今はより拍車がかかり、教育は富裕層のキーワードです。親は中学受験や留学、インターナショナルスクールなどに投資し、教育産業はいかにそのお金を奪うかを考えています。教育に市場原理が入り込む『人的資本』の考え方は、教育産業にとっておいしいんです」
――親が悪いのでしょうか。
「なぜ親は我が子のために必死になると思いますか?」
――「そうしないと、子どもが食っていけないから」では。
「それです。様々な不安は多かれ少なかれ、そこにつながると思います。必死になるのは当たり前です。そのために子どもを忙しくしたり、『がんばろうね』と声がけしたりすれば、子どもを追いつめます。そこだけ切り取って『親が子どもを追いつめている』とすれば分かりやすいですが、そんな単純な話じゃない。考えなければならないのは、『そうしなければ、食っていけないのはなぜか』です」
「『より豊かに』とセットで、『能力のない者は食っていけない』『成長しない者は食っていけない』という成長主義の個人化を、社会も取り込んできました。『個人でがんばる』という社会や学校で、子どもたちは傷つくことが増えています。ちょっとした言葉が、子どもを刺してしまうようになりました」
「しかし90年代に広がったのは心理主義で、子どもの『心の問題』ばかり強調されました。2000年代に広がった『病む』という言葉が象徴的です。この言葉が生まれたメカニズムを問わないまま『心』のせいにしてしまった。社会の問題が個人の問題に移行されたのです」
――でも、問題行動があったり傷ついたりした時、子どもの心に寄り添ってもらえるのは良いことでは。
「『寄り添う』や『支援』など個人の救済は、シビアな状態になった後の手段です。なぜ寄り添う必要がある状態が生まれるのかも同時に問われるべきなのに、それをせずに進められたのが『排除して、包摂する』教育です。07年に障害のある子を取り出して療育する特別支援教育が始まります。当時、厚生労働省のモデル事業の発達支援センターを視察しました。その地域では、就学前の子どもの22%、小中学生の12~13%は『課題がある』から療育すると言っていました。なぜそんなに取り出す必要があるのでしょうか」
「『膨大な学習内容を効率的に子どもに教えるために、落ち着いた教室が必要』と話す教員がいました。よい点数をとる教育を効率的に実施するため、教室に『生産的』な子どもを凝縮させることが正当化される。そうやって『その子に課題があるから解決しましょう』という個人化が、ここでも強くなりました」
「発達段階というのは、ある年齢の子どもたちの平均値を出し、下半分に入ると『発達に遅れがある』とするもので、発達という考え方自体が子どもたちを縛っています。さらに日本では、99年に文部省がLD(学習障害)の定義を作る時、イギリス型のゆるやかなものではなく、『通常の教育では指導できない存在である』と強調できるアメリカ型の定義を選んでいます」
――「発達障害と分かってほっとした」「支援につながってよかった」という親もいます。
「『子育ては自分の責任だ』と思っているからですよね。だから『自分の責任じゃなかった』『他に原因があった』と分かればほっとしますし、孤立している親にとっては、少しでも手厚く支援してもらえることは朗報でしょう。実際、社会には『親の責任』と思わせる言葉はあふれているけど、逆に『親の責任ではない』という言説はほとんどないのです」
「そうやって排除し、効率的に学力を高める教室は緊張感が高まりますし、『異質な子ども』が必然的に生まれます。子どもだけでなく、先生も親も、追いつめられているんです」
みんなが食べていける社会を
――このしんどさに対して、何が欠けているのでしょうか。
「『欠けている』という発想がナンセンスですね。その質問は、今あるものを前提にしています。私は『やめる』ことが大事だと思います。これまで、例えばいじめがあれば『人権教育』や『スクールカウンセラーを増やす』など、現状に対して『取り組み』を上乗せしてきました。でも、私は『学力テストをやめる』とか『宿題をやめる』とか、いくらでもできることがあると思っています」
――戻ってしまいますが、そうしたらやはり「食っていけない」んじゃないですか?
「だから、食べていけるように個人がなるのではなく、みんなが食べていける社会にすることが必要なのではないですか? 今は、良い点数をとれる教育を強化し、点数を比較し、上から順番によい給料の仕事に就くという学力主義が常態化しています。良い点数をとれない子が低賃金の仕事に就いていた時代から、今は仕事に就けない、就けたとしても食べていけない仕事が半分という状態です。それなのに雇用の問題を無視して、教育は個人に力をつけさせ、福祉は自立を促す。これでは子どものしんどさは増すばかりです」
「後に経団連と統合する日経連が、95年に『柔軟な雇用』を提唱し、小泉構造改革で派遣労働が規制緩和され、公的な機関にも派遣が急激に増えていった。富める者に富が集中し、『ワーキングプア』『子どもの貧困』『女性の貧困』という言葉が次々と生まれましたが、『若者』や『女性』だけが問題ではなく、不安定な給与の人が急速に散らばった結果です。『だからがんばらなければ』ではなく、公的なお金を、必要な暮らしに分けるように変えなければなりません。全員がちゃんと食べていける制度設計が必要です」
――とはいえ、制度や社会はすぐには変わりません。
「『がんばるのはやめる』と勢いよく降りることは難しいかもしれないですね。でも、『とにかく個人ががんばらなければ』という発想からは自由になった方がいい。そのために、『自分だけ』『我が子だけ』じゃなく、みんなが食べていけるような社会にしていこうという話を、周りの人と少しずつしてみるのはどうでしょうか」
「競争や自立の世界から降りて生きている人はあちこちにいます。そういう人を知ったり、その世界から『自分が降りられない状態に今ある』と気付いたりすることも大事です。そうすると、『一人で生きていけるようにならなければ』だけに縛られた時よりも、視野が広がってきませんか?」
――でも、社会が変わらない限り、子どもは追いつめられ続けますよね。
「近くにいる大人がまず、今の状況を生んだ仕組みを知ることがとても大切だと思います。その社会の中で、子どもを追いつめていることや、自分も疲れていることに気付く。そんな人たちが増えるだけでも緊張が少し緩みませんか? 子どもは大人が嫌いなわけではなく、よく見ていますから」
「それに、もう多くの人がしんどさに気付いています。私が20年前に『このままだったら、子どもが壊れます』と本に書いた時は見向きもされませんでしたが、最近は教育関係者だけでなく、いろいろな人から『話を聞きたい』と言われます。先日は、中小企業の経営者たちからも依頼があり、驚きました。経営者すら、成長主義のゆがみに気付き始めています」
「私はこれまで、たくさんの人に話をしてきました。次は話を聞いた人たちが、色々な場所で語り合って欲しい。そういう人たちが増えてくれることが、希望です」
桜井智恵子さん
さくらい・ちえこ 関西学院大学教授。専門は教育社会学、思想史。兵庫県川西市の「子どもの人権オンブズパーソン」など複数の自治体で子どもと接してきた。著書に「教育は社会をどう変えたのか」「子どもの声を社会へ」「市民社会の家庭教育」、近刊に「ポンコツでいこう」。
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子どもたちが置かれている状況は相当ひどいようだ、と、子育てをするようになって、また教員として学生と接していて、思う機会が増えました。その背景にあるのは、教育現場の教育の仕方や、そうプレッシャーをかける新自由主義社会、特に、就職氷河期世代における非正規雇用たちを生み出した日経連の「新時代の日本的経営」にあるというのは、頷けることです。 このプレッシャー下の中で精神を病んだり、人生に喜びを感じなかったり、成功者になったけれども自他に過酷な状況を生きていたり(ハイパフォーマーの自殺率は高いです)して、それで一体何なのだろう、生の喜びや楽しみがないような人生になってしまったら、教育や労働にも意味がなく本末転倒ではないだろうか、と思うことがあります。子供たちに必要なのは、もっとのびのびと遊ぶことで、その中で主体性や好奇心や創造性などを育んだ方が、様々な社会課題や変動に直面していく未来において創造的に課題解決ができるような主体になっていくのではないかな、と個人的には思ったりもしています……
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