参政党を支えたのはロシア製ボットによる反政府プロパガンダ
『認知戦』という、頭の中を巡るネットでの工作が、日本の民主主義を脅かす形で、私たちの目の前で繰り広げられております。7月20日の参議院選挙を前に、ロシアによる大規模な情報工作が日本のSNS空間で激化しており、その規模と巧妙さは、もはや看過できないレベルに達しています。
簡単に状況を説明しますと、このような感じです。
・ロシア製ボットが、親露派大手アカウントが流す石破茂政権批判や偽情報、印象操作の投稿や動画をトレンド入りさせ、百万再生単位でバズらせている
・アメリカでは摘発されているボットだが、日本ではプラットフォーム事業者も情報当局も対応できておらず野放しになっているため、ガセネタ流し放題になっている
・政府批判、石破茂、岩屋毅、公明党などへの攻撃が中心であり、利用できるものであれば参政党でも日本保守党でもれいわ新選組でも反ワクチンでも沖縄独立でも使えるものは何でも使う傾向がある(特定の政党だけ肩入れするものではない)
・結果的に、大量の政権批判に加えて「日本人ファースト」など排外主義を煽る投稿が激増し、参政党などにネットの支持が集まっている
主戦場となっているのは、私たちが日常的に利用するTwitter(X)、TikTok、YouTubeショート、Instagramといった主要SNSプラットフォームです。ここに、石破茂総理大臣や岩屋毅外務大臣をはじめとする政権要人に対する偽情報や印象操作の投稿や動画に大量のいいねと初期アクセスが集まり、SNSプラットフォームのおすすめに掲載されることで拡散されているわけですね。もちろん、その大多数はフェイクニュースや印象操作によるものです。
林芳正さんのハニートラップも、岩屋毅さんの中国スパイ説も、反ワクチン言説などもいずれも荒唐無稽なガセネタですが、しょうもない零細アカウントからでもハッシュタグをつけて偽情報が流れるとあら不思議、高評価・いいね万超えの大バズり動画が出現します。これが、陰謀論界隈と結びついて、政権批判の具になっているのです。
もちろん、そこにはカラクリがあります。「その話だけ切り取られたら、誰もが怒る」ように作成された偽情報や印象操作に触れた多くの日本人が、その当事者である政府や要人に対して強い怒りを抱き、さらに批判や罵声を連鎖させますますネット上でバズるという、まさにロシアが狙う不安定工作の仕掛けがそこにあります。
この情報工作の背後には、ロシア情報機関から依頼を受けているとみられる複数のロシア系企業とハッキングコミュニティが存在しています。彼らは人間の認知を誤認させる心理トリック(ダークパターン)として「レイジベイティング」や「クリックベイト」という巧妙な心理操作手法を駆使し、日本人の感情を意図的に煽り立てています。
「レイジベイティング」とは、人々の怒りを意図的に引き出すコンテンツを作成・拡散する手法です。古来より、マスコミが政府関係者の発言を切り取りで悪意のあるように報じ、それを見た国民が一斉にブチ切れるといった大衆操作が一般的でしたが、ネットではもっと容赦なく行われる手法です。
また、「クリックベイト」は扇動的なタイトルで注目を集め、クリックを誘導する手法です。いわゆる釣りタイトルがこれにあたり、ユーザーが「なにこれ」とうっかりクリックやタップをすると、SNSプラットフォーム側は「おっ、このコンテンツにはユーザーは反応してくれる、良いものなのだな」と誤認し「良いものなら、他のユーザーにも見せてやろう」とおすすめ動画やトレンドに乗せてしまうのです。これらの手法は、人間の感情的な反応を悪用する「ダークパターン」と呼ばれる悪質な手法をネットに応用したものです。
今回の反政権を印象付ける偽情報が乱舞しているカラクリで注目されるのは、この工作活動の中心的な役割を果たしている二つの存在です。一つは、反政府系の偽情報や印象操作を多く流通させる「@himuro398」「一華 @reo218639328632」など大手Xアカウントであり、もう一つはロシア政府情報部門と深い関係を持ち、スプートニクの日本での情報拡散を担う「Japan News Navi」などニュースサイトを装った偽情報発信源です。他にもロシアや中国など第三国との関係が疑われる大手アカウントは少なくとも12件、ソースロンダリングと呼ばれるあたかも中立のように装って正規メディアに交じって偽情報を流すネットニュースサイトは20件以上判明していますが、これらが橋頭堡となって、ロシアの対日工作が展開されていると言えます。
アメリカでも、ロシアによる対米プロパガンダとしてロシア系メディアが流す言説をそのまま掲載するロシア・トゥディ(RT)やスプートニク(Sputnik)といったダイレクトにロシアの見解を垂れ流す媒体が工作として使われてきました。そして、SNSでは匿名掲示板「4chan」や大手SNSアカウントを持つ陰謀論系ポッドキャスト配信者、Youtuberなどを利用して、常にアメリカ政府・州政府や裁判所、警察など、アメリカ社会の信頼の根源となる組織を偽情報や印象操作で攻撃し続けているのが現状です。この仕組みが、割とそのままいまの日本にも上陸し、ここ2年ほど猛威を振るっている状況であると言えます。
この背景には、日本に世論工作を仕掛けるロシア側の技術的な進化も見逃せません。かつては日本語という言語の壁が大きな障害となっていましたが、最新の生成AI技術による自動翻訳の進歩により、この壁は完全に克服されてしまいました。裏を返せば、2022年ごろまでロシアや中国の対日世論工作が上手くいかなかったことで、ネットを使う日本人の側がプロパガンダに無防備であり続けたとも言えます。現在、ロシアは生成AIと複数のスマートフォンを組み合わせた「クリック工場」のようなボットシステムを運用し、現在確認されているだけでTwitter(X)で約1,400以上、TikTokで約2,000以上、Instagram(Meta、Facebookリール)で約800以上のボットファーム(ロシア製ボット群を動かす指令を出すサーバー)を稼働させていると見られます。
これらのボット運用は、各SNSプラットフォームの利用規約に明確に違反しているだけでなく、そこに広告が掲載されることから景品表示法違反や刑法の詐欺罪にも該当する重大な犯罪行為です。トレンドを捏造でき、SNSを使う多くの人を騙すこの手法は、企業のSNSマーケティングとして定着する一方、政党や海外勢力においてはプロパガンダのための手法として、偽情報や印象操作のツールとして利用されることになります。しかし、プラットフォーム側の対策が追いついていないのが現状です。これは、プラットフォーム側としても政府批判だろうが偽情報だろうがアクセスが増えて多くのユーザーがSNSに繋がっていてくれる時間が長いほうが広告が多く再生され利益がある、したがって、このような問題について対策を打つ経済的なメリットがないということに尽きます。
今回の参院選においては、工作活動の規模は想像を超えています。「@himuro398」を含め、10万人以上のフォロワーを持つ反政府系大手アカウントやインフルエンサーが少なくとも12件確認されており、さらにその拡散役として2,000から30,000程度のフォロワー数を持つアカウントが各SNSで破壊的な政府批判や偽情報の拡散を担っています。中には、ダークウェブ上で行われているSNSアカウント売買のリストに入っていた日本人向けアカウントがボットによって育てられ、著名インフルエンサーアカウントにまで成長しているものもあるのですが、これら中身は半分以上が人の手によらないボットです。つまり、これらのボットアカウントによるプロパガンダはすべてプログラムによって自動化され、生成AIによって日本語の壁を突破して、大量のガセネタをネット上に放流し、生活に不満を持つ日本国民にすべての責任は政府にあると怒らせ、攻撃させる仕組みになっているのです。
ロシア製ボットの運用が特に巧妙なのは、偽情報を拡散する際の手法です。投稿されたポストや動画の閲覧数やいいね、メンション、シェアなどのアクション数を初期段階で一気に増やし、各SNSのトレンドに乗せ、ハッシュタグを拡散させて人為的にバズらせる仕組みが構築されています。特にTikTokやyoutubeショートでは、コンテンツの品質を測定するうえで重視される「視聴完走数」を初期に稼ぐボットが一気にアクセスし、Twitter(X)など他SNSに向けてシェアするとおすすめに載りやすいアルゴリズムを悪用することで、場ずらせることで大量の閲覧数を獲得しています。
先日も、TikTok発で「農林水産大臣の小泉進次郎さんにはスイスで双子の隠し子がいる」という偽情報の動画が410万回再生という途方もないバズり方をしましたが、Twitter(X)でこの内容を展開したのは「@cj_sawada」という日本保守党を応援するフォロワー数1万5千程度の中堅アカウントです。TikTok元を辿ると「@zhonguo8032」というやはりフォロワー数2万の中堅アカウントで、フォロワーを調べると「クレムリンボット(KremlinBot)」と言われるロシアのハッキンググループが2016年ごろから汎ロシア主義・対ウクライナ(ドンバス)でのプロパガンダのために展開させていたボットアカウント群(ボットファーム)であることが分かります。
これらのボットアカウント群は「@himuro398」「@mattari1」「@poppincoco」などの流す偽情報や印象操作の投稿を中心にリポストして拡散の一翼を担い続けており、それも、石破茂政権に対する批判だけで6月10日以降4億1,600万回以上、さらに、れいわ新選組、国民民主党、くにもり、日本保守党、そして参政党といった、政治的に極端なポジションを取る各政党の主張を広げる役割を担っています。一度ネット民の怒りに火が付くと、初期拡散したボット以上に「怒った国民が偽情報・印象操作を自ら拡散する」ため、ロシア製ボットファームは火が消えないように次の偽情報・印象操作のネタを作って拡散させようとするのです。
現在、もっぱら参政党の主張に合わせる形でロシア製ボットが多くのユーザーに対して偽情報や印象操作を拡散していますが、彼らの目的はあくまで「日本政治や社会が不安定化するよう、偽情報や印象操作で国民を怒らせる」ことですので、その発言者が参政党だろうが国民民主党だろうが日本保守党だろうがどこだろうと構わないのです。ただ、今回の参院選では明らかにロシア製ボットの運営者は国民民主党を見捨て、参政党を使って反社会的な言動を煽っている作戦に出ているように見えます。
特にバズった偽情報の投稿の特徴は明白で、投稿後10分から15分の間というアルゴリズムが最も重視する「ゴールデンタイム」に、ロシア製ボットがローテーションを組んで正確に400ずつリポストし、メンションをつけるという組織的な行動を取っています。これによりTwitter(X)で作られた偽情報のトレンドに乗っておすすめ欄に掲載されやすくなり、より多くの一般ユーザーの目に触れることになります。
さらに狡猾なのは、これらの「いいね」やリポストを初期に行うボットの半数以上がターゲットとなるアカウント、例えば「@himuro398」のフォロワーですらないという点です。これは、フォロー・フォロワー関係でクラスターを探すGraphRAGなどの検知手法を回避しボットの活動をバレにくくするための意図的な設計になっています。現在、Twitter(X)でもTikTokでもYoutubeでも、外側からは「誰がいいね・高評価をしたのか」があまり分からない仕組みになっていますが、リポストとメンションはユーザー名とIDが分かるため、SNSのアルゴリズムを騙し爆発的に拡散させる仕組みにどのアカウントが関与したのか、そのアカウントがどのクラスタ(ネット上の特定の興味を持つ集団)に属しているのかが分かります。また、彼らがプロパガンダで使いたいと思うようなワード・文章を入れた釣りURLを置いておくとアラ不思議、ボット側がご丁寧に中身を全部踏みに来るので彼らがどこのサーバーから来た誰なのかが追跡できるようになるのです。
(本来であれば、能動的サイバー防御の仕組みが我が国に整っていれば、私がこのようなリスクを負うようなことなく日本の情報部門が相手のサーバーを特定し、無力化することでもできたかもしれません…)
この点では「Japan News Navi」の変遷も興味深い事実を示しています。このサイトは当初、2ちゃんねる系まとめサイトのアンテナに細々と記事を提供する程度の存在でしたが、2022年から急速に記事に対するSNSでのアクセス数を拡大しています。その背景には「クレムリンボット」と呼ばれるロシア製ボットからの大量の投稿、リポストがあったことが判明しています。このボットが集まってくるのは、サイト主が意図したものかどうかは分かりませんが(7月11日付けで媒体主に取材を申し込んだが15日午前1時現在も返答なし)、繰り返し、ロシア系ニュースサイト「Sputnik(スプートニク)」の記事を展開し、それをURL引用して拡散したアカウントには漏れなくロシア製ボットからの高評価・いいねとリポスト・シェアが掲載後15分程度で400付くのです。これによりバズった投稿からやってきたアクセスが「Japan News Navi」の広告収入を押し上げ、結果的にスプートニクの偽情報を流すほどこれらのサイトも儲かることになります。 アメリカでは2024年7月、ロシア製ボットを統括する二つのドメインが押収されました。そこで使用されていたのは「メリオレーター(Meliorator)」と呼ばれる派生発展型のボット管理ツールで、約2,000件のボットを一括管理できる能力を持っていました。日本で確認されている工作活動も、これとほぼ同じ手口で展開されており、現在視認されるだけで約350個ほどのサーバーでボットファームが運用されており、単に高評価・いいねをするだけのボットアカウントも含めて60万件ぐらいが日本用に運用されているのではないかと見られます。そして、総理・石破茂氏や外相・岩屋毅氏など重要閣僚に対するSNS上での組織的な誹謗中傷に利用されているのです。特に、林芳正氏に対する「ハニトラ」や岩屋毅氏に対する「媚中」「中国のスパイ」など特定のワードが頻出で拡散しようとしており、さらにYotuube向けには高橋洋一氏、須田慎一郎氏、堀江貴文氏ら、ガセネタや日本社会が混乱するような動画の拡散のためバズらせる仕組みを持っていると見られます。
このメリオレーターを用いるロシア製ボットの特徴は、日本人を含む架空のオンライン上の人物を完璧に装うことができる点です。プラットフォーム事業者からのBAN回避のためか、時にはボット同士でさりげない会話を行うこともありますが、クラスター化して発覚するのを避けるため、相互にフォロー・フォロワー関係になることはあまりありません。さらにその下に、機械的にフォロワー数を増やすためだけのボットが存在し、俗に櫓(scaffold)と呼ばれるボットアカウントの多層構造を構成しています。
そして、これらのボットの注目すべき行動パターンとして、相手のペルソナ(人格)を疑う発言を繰り返すという特徴があります。例えば、石破茂総理を評価するアカウントに対して「あなたは日本人ですか」や「反日石破茂の支持者は外国人ファーストだ」などといった、見る側が驚くような短い文言をボットアカウントが投じてきます。これはレイジベイティングの対象となる一般アカウントを探し出すための手法であり、感情的な反応を引き出すことを狙っています。これらの手法は、政治的な知識や社会経験の乏しい大学生から30代ぐらいまでの男性に特に有効な手法で、不安を感じやすい人ほど、出身地や通学する大学、勤めている企業などを名指しで攻撃されると偽情報・印象操作に支配されやすくなります。つまり、自分の意見に対して「あなたは日本人ですか」と帰属意識を強く揺さぶられると心理的に動揺し、割と簡単に「やっぱり『日本人ファースト』であるべきだ」「日本政府は外国人を優遇している」と特に根拠なく思うようになってしまうのです。もちろん、日本人ファースト自体は当然のことなのですが、特に違法なことをしているわけではない、普通に日本で真面目に働いている外国人を排斥するような行動をしたり政党を支持したりするようになるのは、ほぼ確実にロシアのプロパガンダによる分断工作の術中にハマっていると言えます。
これらの話は、EUからの独立を求めるイギリスののEU(欧州連合)離脱の是非を問う2016年の国民投票で離脱派が勝利した際や、同2016年のアメリカ大統領選挙で共和党・トランプさんが勝利したときにも旧ケンブリッジアナリティカ社によるSNSを利用したプロパガンダが一定の影響を果たしたことと通底しています。技術的には生成Aiもボットも進化を続けていますが、行っている手法そのものは古典的なもので、裏を返すと9年前にイギリスやアメリカがやられたプロパガンダ作戦をそのまま、いま日本が喰らっているということに他なりません。
2022年に笹川平和財団で私も参加してサイバー空間・SNS上での偽情報対策の取りまとめも行ってきています。ご関心のある方は報告書をご参考いただければと存じますが、私としても「分かっていて、これだけやられてしまうというのは困る」の一語に尽きます。
いま正しい情報のあり方についてはかなり議論が進んでいるところではありますが、適切な形でのプラットフォーム規制が今回の参院選に向けては間に合わなかったというのは重大で、参院選終盤に向けて、また参院選結果を受けて、さまざま議論と対策が進んでいくことを期待しています。
【補遺】調査手法に関するお問い合わせにはお答えできません。また、分かっていたのになんでもっと早くやらなかったのというお叱りの声も頂戴しておりますが、私たちは日本の法律に基づき、制約の下で活動しているため、私個人がリスクを取る本件であっても一定の縛りがあることはご承知おきください。
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コメント
3ナラティブとして力強すぎてこまるw
ロシアもバカやってんな、と笑ってられない事態で、政府として対策が求められる
日本の業者に発注してるのかと思っていましたが、AIが利用されてるのですね。ぜひ対応をお願いしたい。
親が兵庫県知事選で、義理の母が今回参政党で陰謀論に当てられて苦労してます。
勤務先では頻繁にDDO攻撃かかりますし、サイバー攻撃対策全般になんとかして欲しいところです。