青空の花嫁   作:スカイリィ

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エピローグ

「じゃあ、エミヤさん。二人を頼みますね」

「お任せを」

 

 藤丸立香の母親からそう言われて、俺は一言だけ返した。

 

 自分は高ランクのサーヴァントではないが、曲がりなりにも三騎士クラスのアーチャーだ。魔術師、サーヴァント相手だろうと一対一なら遅れを取ることはない。ギリシャ神話最強のヘラクレス相手だろうと時間稼ぎくらいはできる。

 

 頭に包帯を巻いた父親からも同じような意味合いの視線を受けていたので、口角を上げることでそれに応える。

 

「じゃあ、行ってきます、お母さん」

「行ってらっしゃい、マシュさん」

 

 未来の嫁姑がおもむろにお別れのハグをし始める。本当にずいぶんと仲が深まったものだ。髪の色も顔立ちも全然違うというのに、まるで本当の母娘のようではないか。

 

 俺は生前、母というものを知らずに育ってきた。だが、マスターの母親からマシュに注がれる愛情は本物であることぐらいは分かる。マシュからの愛情もしかりだ。

 

 一方、面白くなさそうな顔をしているのは藤丸立香である。マシュと婚約を交わしたというのに、彼女は母と仲良しこよしで、自分は置いてきぼりだ。

 

「マシュは俺のだからね」

 

 憮然として立香が言う。すると母娘はハグしあったまま、挑発的な笑みを彼に向けた。

 

「えー、ほんとにござるかー?」

「三日間待たせておいて、説得力ないでござるよー?」

 

 カルデア最強の煽りスキルを持つ剣豪、佐々木小次郎のマネをする二人。それからお互いの頬を擦り付けあって笑い合う。これには、人類最高のマスターといえども是非もなし。苦虫を噛み潰した表情になるしかない。

 

「マシュさん、立香がまた浮気したら、私に言いなさい。いつでも来て良いからね」

「はい、お母さん。その時は先輩にうんとお説教お願いしますね」

「……その時はせめて私か、サーヴァントの誰かに言っておいて欲しいものだな」腕を組みつつ俺。「護衛する立場にもなってくれ」

「立香が浮気しなければ済む話よ」と母親。

「だそうだぞ、立香」と苦笑いしながら父親。

 

「……もう、しないよ」むう、と拗ねたように藤丸立香が言う。「迫られても最悪、令呪使ってエミヤ呼ぶから」

「待ちたまえ、なぜ私なのだ。そこは令呪で迫ってきたサーヴァントを止めるべきだろう」

「だって令呪で止められるような迫り方じゃないんだもん。エミヤなら強いし、女難だし、幸運ランク低いから、俺の不運を引き受けてくれるかなって」

「ならばクーフーリンを呼べ。ヤツも女難で幸運ランクはEだ。それに死んでも問題ない」

「この人でなし」

「マスターが言うな」

「じゃあ二人とも呼ぼう」

「止めてくれ。それだけは止めてくれ。自害を命じられた方がまだマシだ」

 

 マスターの提案に頭を抱えそうになる俺。女性サーヴァントにまとめてぶち殺される未来しか見えない。Eランクの幸運と女難の相を持つ二人を放り込んだところで、ろくなことにはならないのだ。

 

「クーフーリンだ?」息子の挙げた名前に聞き覚えがあったのか、父親が首を傾げる。「ケルト神話のか?」

「そうだ。アイルランドの光の御子。彼もマスターのサーヴァントだ」と俺。「実に残念なことにな」

「他にもたくさんいるよ。クーフーリンの師匠のスカサハもいるし、エジソン、織田信長、モーツァルト、マリーアントワネット、ヘラクレス、坂田金時、それから円卓の騎士まで」指折り数える立香。「みんな大切な仲間さ」

「……立香、お前、良く頑張ってるな」

 

 父親が顔を引きつらせる。今挙げたほとんどのサーヴァントは超一流の英雄だ。当然のごとく普通でない奴らばかりだ。そんな彼らを『大切な仲間』と形容できる藤丸立香のメンタルは並大抵のものではない。それに父親も気づいたのだ。

 

「別に、普通だよ」平然と答える立香。それから未だ母親とハグし合うマシュに視線を向ける。「それに、マシュもいてくれるから、俺は大丈夫だよ」

 

 えへへ、と視線を向けられたマシュは照れるように笑う。「私は先輩のサーヴァントで、お嫁さんですから。当然です」

 

「……マシュさん、立香を頼みます」父親がマシュに小さく頭を下げる。

「お任せください」

 

 マシュはすでに、正妻としての余裕を見せていた。彼女なら大丈夫だろうとその場が和む。

 

 その様子を見ていた母親は、「そうだ」と何やら思い付いたようで、マシュを離して玄関の中に駆け込んだ。

 少したって戻ってきた彼女の手にはデジタルカメラが握られていた。

 

「せっかく婚約したんだから、記念写真撮りましょう」彼女は俺にカメラを差し出す。「エミヤさん、シャッターお願いできる?」

「……別に構わないが」私はそれを受け取る。

 

 どうせならゲオルギウスを連れてくるんだったなと思った。彼は召喚されてからと言うもの写真撮影にハマり、常に一眼レフカメラを携えている旅人の守護聖人である。聖人ってなんだっけ。

 

 四人と一匹が、玄関の前に並ぶ。俺は距離をとってカメラを構えて、画面を覗き込んだ。

 

 画面に映し出されたその光景は、婚約の記念写真と言うよりは、家族写真と言うべきものだった。

 

 

 合図と共に俺はシャッターを押した。一つの家族の未来が、そこには収められていた。

 

 

 

 

 

 

 カルデアに帰還した俺たちを職員たちが出迎えた。

 

 マシュが居なくなったことで仕事が狂い、憮然としていた彼らだったが、藤丸立香とマシュの左手薬指に輝くダイヤに気づくや否や、万歳三唱の大歓声を上げた。

 女性スタッフの中には感動のあまり泣き出してしまう者もいた。皆が二人の婚約を祝福していたのだ。

 

 それからはもう、二人とも祝う彼らに揉みくちゃにされてしまう。胴上げでも始まりそうな雰囲気だ。俺は二人から距離を置いて、自室へと向かった。

 

 

 そこでふと、サーヴァントたちの気配が一か所にまとまっていることに気が付く。全員ではないが、十名近いサーヴァントが一室に集まっている。こんなことはめったにない。

 

 俺は壁に手をついてカルデアの建物を解析する。サーヴァントたちの重量で床が歪んでいる場所を正確に特定してみせた。この場所は、ジェームズ・モリアーティの部屋だ。

 

 最近召喚された彼はシャーロック・ホームズの宿敵であり、悪の組織の親玉だった経歴を持つサーヴァントだ。また良からぬことを計画しているのではないかと疑った俺は、こっそりと彼の部屋に向かった。

 

 部屋の前についてみると、中からはたくさんの声が聞こえてきた。

 

『本当に大丈夫だったのか、あれで。いくら人里離れた砂漠だと言っても、地面を均しただけでは爆発の痕跡は残ってしまうぞ?』

『なに心配いらない。ネバダ砂漠は後の世で核実験場になるんだ。九百回も核爆発が起きてクレーターだらけになる。衝突で生成された鉱物なぞ核爆発のそれと見分けはつかないさ』

『これだからアメリカ人は。……しかし、今はその歴史に感謝をしよう。地面を均しておくだけでも骨が折れたからな。あれ以上の作業は勘弁願うよ』

『それよりも、結婚式の段取りを決めようじゃないか。どの形式で行く?』

『ふむ。特定の宗教の形式では皆が納得しないだろうが、そこは我慢してもらうとしよう』

『立会人はドレイク船長にやってもらうとして、さてどうするか。カトリック、プロテスタント、正教会、仏教、神道、ヒンドゥー、イスラム、いろいろいるぞ』

『場所は余の神殿を使うことを赦そう。形式は問わぬ。派手にやるといい』

『とりあえず酒を使うのはやめておこう。デンジャラスビーストが顕現してしまう』

『えー、わらわはマシュの白無垢見たーい』

『それはワシも見たいが、後で着せればよかろう。マシュはスタイルが良いし、ここはやはりウエディングドレスだと思うのう』

『私はそれに賛成よ。とっても可愛いと思うわ』

『キリスト教系統なら聖人の連中に任せられるからな。讃美歌の演奏もできるやついるし』

 

 なんだこの集まりは。爆発だとか結婚式の段取りだとか、まるで関連性が分からない。

 

 俺は意を決して扉を開いた。部屋の中の視線が一斉に向けられる。

 

「やあ、エミヤくん、お帰り」部屋の真ん中に立っていたモリアーティ教授が声をかけてきた。「マスターとマシュくんの護衛ご苦労様。今日は何の用かね」

「……本当に、なんなんだ。この集まりは」

 

 俺は部屋を見渡した。確かに多くのサーヴァントがいるのだけれど、そのつながりが見いだせない。

 

 古代エジプト最大最強の大英雄にして神王、オジマンディアス。

 北アメリカ先住民族アパッチ族の戦士、ジェロニモ。

 元羊飼いで古代イスラエルの王、ダビデ。

 コルキスの王女で神代の魔術師、メディア。

 ケルト神話における影の国の女王、スカサハ。

 恐らくは英霊として世界最高の知名度を誇る発明王、トーマス・アルバ・エジソン。

 第六天魔王と呼ばれ今なお畏怖の対象となっている戦国武将、織田信長。

 その姪にして天下人の側室、茶々。

 

 八名ものサーヴァントがモリアーティ教授の部屋で話し込んでいる。

 国も時代も性別も、歴史の中で為した役割もてんでバラバラだ。一貫性がまるでない。

 

「さっきの核爆発云々の話は、なんだね」ため息をつきながら俺。「また良からぬことを企んでいるのか?」

 

 ふむ、とモリアーティ教授が口を開く。「指輪作りでね、ちょいと第五特異点にレイシフトしていたのさ」

 

「指輪を、作っただ?」

「うむ。私の宝具『終局的犯罪(ザ・ダイナミクス・オブ・アン・アステロイド)』でちょいと隕石をネ、二千トンほど落としたのサ」

 

「いやあ、時々すごい大きさのが落ちてくるもんだから、それを迎撃するのが大変だったよ」とダビデ。「現代イスラエルには僕の名前を冠した対空迎撃システムがあるっていうけどさ、まさか僕自身がそれの真似事をするとは思わなかった」

 

 なにやらかしてんだこの悪の首領どもは。私が苦い顔をすると、メディアが横から口を挟んだ。

 

「鉄隕石には金やプラチナといった貴金属が含まれているから、そこから指輪の原料を抽出したの。精錬には茶々さんの宝具で大爆炎を起こしてもらってね。信長さんも金属精錬の知識があったから手助けしてもらったわ」

 

 えへん、と偉そうに胸を張る茶々と信長。茶々の宝具は豊臣を滅ぼした業火を再現するものだから、それは隕鉄を溶かすには充分な熱量を持っていることだろう。

 

 信長も、かつて鉄砲の増産を行っていた関係上、鉄を始めとした金属知識は豊富なはずだ。施政者として金銀の取り扱いも慣れているだろう。

 

「隕石を使うアイデア自体はわしが出したのじゃ」と信長。「昔から隕鉄を使った鉄製品は世界各地にあるからのう。そこからヒントを得たのじゃ」

 

「鉄隕石は全隕石の一割にも満たないから、集めるのが大変だったのよ。そこからさらに含有量の小さなプラチナを取り出すものだから、私とジェロニモの魔術を使っても骨が折れたわ」

 

「まあ、魔術で補えないところは私が手を貸したのだがね」とエジソン。「科学万歳、直流万歳」

 

「……じゃあ、あのダイヤモンドは?」

 

「隕石に含まれていた炭素を、余のピラミッドで上下から押しつぶしたのだ」とオジマンディアス。「良い金剛石(ダイヤモンド)の結晶ができるまで、苦労したぞ?」

 

 ダイヤモンドは炭素が高い圧力を受けて結晶化した宝石だ。人工ダイヤを作るには同じように高い圧力をかけてやればいい。彼らはその高圧力を、ピラミッドを落とすことで達成したのだ。理屈は分かるが作り方がデタラメにもほどがある。

 

 俺は理解する。藤丸立香がやたらと来るのが遅いと思っていたが、指輪作りに時間がかかっていたのだ。

 

「星の、指輪か」

 

 隕石由来の成分でできたそれは、大地から生み出された通常の指輪とは対極をなす。空の指輪であり、星屑の指輪である。手間はかかっているが、なんともロマンチックだ。真相を知ればマシュは喜ぶだろう。

 

 というか、隕石はそれ自体高価なものだから、それから作ったとなったらとんでもない値段になるのではなかろうか。日本円で数千万は軽くいくだろう。

 

「星の指輪もそうだが、この場合は『みんなで作った』というのが重要なのだよ」ふふん、と自慢げにモリアーティ教授。「ただ買ってきた指輪を贈るより、皆の努力と情熱で形作られた、心のこもった指輪を贈る方が素敵だと思わないかね?」

 

「それは確かに、そうだが……」

 

 俺は再び部屋を見渡す。指輪を作っていたのは分かったが、どうしてこの連中がそれに手を貸したのか、てんで理解できない。

 

「ふむん。どうして彼らがかかわったのか、わからないようだね」戸惑う私を見て、モリアーティ教授が人指し指をピッと掲げる。「ではヒントを出そう。ここにいる者たちは、私を除いてある共通点を持っている。それが答えだ」

 

 俺はその言葉を受けて、もう一度彼らを見渡す。ひとりひとり、その経歴を思い出す。

 

 そうして気づいた。ここにいる連中は、まさか──

 

「ここにいる奴ら、全員『親』か!」

「その通りさ」

 

 そう、彼らは生前に家庭を持ち、子を成した者たちばかりだったのだ。

 

「私も、彼らに依頼されたときは驚いたよ。『お前の宝具で隕石落とせ』なんて、ハルマゲドンでも起こすのかと思ってしまった」

「……親心、というやつか」

 

 彼らからすれば、藤丸立香とマシュ・キリエライトの初々しい恋はとても美しいものに見えただろう。いつかの自分を重ねて、彼らを応援してやりたくなるのもわからなくはない。

 それに親としての庇護欲が重ねられれば、時代を超えた連携にまでつながることになんの違和感もない。

 時代が変わろうと、親は親なのだ。

 

「今回の騒動は私が原因だったからな。皆に声をかけたら、賛同してくれたのだ」スカサハが手を挙げて発言する。「まさかあれで、マシュが家出するとは思っていなくてな」

 

 マスターに無理やりキスしたのは、あんただったのか。私は呆れたようにスカサハを見た。言葉の上では反省しているが、表情も口調も平然としている。悪びれた様子など全然ない。これだからケルトは。

 

「ふん。これだからケルトは」苦々しそうに織田信長が毒づいた。「わしの家臣たるマスターを寝取ろうとするとは、良い度胸をしておる」

「ほう、やるか、第六天魔王」不敵な笑みで信長を見つめるスカサハ。

 

「……わしは戯れは赦すが、侮りは赦さんぞ、神殺し」信長が腰の愛刀に手をかける。「家臣の家庭を想うのも、主君たるわしの務めじゃ。女の欲望を優先してマスターの幸せをぶち壊しにするのは、わしが認めない」

 

 苛烈な性格で知られた織田信長は、実は家臣の家族にさえ気配りを欠かさない身内想いの人物であったとされている。

 

 身内には優しいが、敵は徹底的に殲滅する。そういう武将だったのだ。かの恐るべき魔王は、マスターのささやかな幸せを案じていたのだ。

 

「まあいいではないか、彼女が声をかけてくれたおかげで、こうして成功したのだ」エジソンが二人の間に割って入る。「ほんの少しとはいえ、反省している証拠だ。それで手打ちといこう」

 

 

「……そう言えば、もう一つの原因はどうした。清姫は」

 

 藤丸家を飛び出した彼女は、まだ戻ってきていないのだろうか。気になった俺はそう訊いたが、それと同時に皆が一斉に目を逸らすのを感じた。全員があいまいな表情で沈黙する。

 

「……のう、エミヤよ。いったい清姫に何が起こったのじゃ?」顔を引きつらせながら織田信長。

 

「なにが、だと?」

「あやつはな、帰ってくるなり『マスターを寝取るのはわたくしです!』なんて言いおったのじゃ」

 

 寝取る? 俺はその単語に猛烈な違和感を覚えた。自身をマスターの妻であると認識している彼女が『マスターを寝取る』など言うはずがない。彼女の世界認識ではすでに自分がマスターの妻であり、寝取る必要などないのだから。

 

「私も気になってな、清姫の霊基を調べたのだが」スカサハが口を挟む。「やつの霊基は、精神レベルで一度ズタズタにされている。だが、それが、いびつな形で再生していたのだ」

 

 藤丸家に仕掛けた攻勢結界によって、彼女は霊基を破壊されたのだ。彼女はそれを自力で再生成してみせた。しかし、それによって今までの世界認識が歪んでしまったのだ。マスターは、現在自分のものではない。だからこそ自分が寝取るのだと。

 

「あまつさえ、マシュより先にマスターの子を孕んでやると意気込んでいてな」

「それはさすがに、無理だろう」

 

 俺は首を横に振る。人間としての肉体を持つマシュのようなデミサーヴァントはともかく、清姫を始めとした我々サーヴァントは子を成すことはできない。死者が生者と子孫を残せるわけがないのだ。だから、清姫の意気込みは全く無駄なことなのである。子供ができない夫婦を否定するわけではないが、どれだけ頑張ってもそれは覆せない。

 

 俺はそう感じてため息をついたが、スカサハはそんなことを否定するように口を開く。

 

「『わたくしは執念で竜へと変化を遂げた女。であるならば、どうして執念でマスターの子が宿せないことがありましょうか』」

 

 ひゅっ、と誰かが恐怖で息を飲む音が響いた。スカサハの口調が清姫の特徴をよくとらえていたというのもあったが、皆がその狂気の具合に戦慄していた。かのオジマンディアスでさえ、目を逸らすことを選択してしまうほどである。

 

 サーヴァントのことをよく知っている者ほど、その言葉の醸し出す狂気が理解できるのだ。霊体の身で、生者の子を成そうとするその狂気を。

 

 普通ならできない。だが清姫ならば、あるいは。その可能性がさらに恐ろしさを倍増させる。

 

「……なんだか、悪化してないか。とんでもない方向に」

「……お主もそう思うか。さすがバーサーカー清姫。EXランクの狂化は伊達ではない」

「……何もかもクーフーリンが悪い」

「……そうか、馬鹿弟子の仕掛けた結界か。あとで心臓を刺し貫いておこう」

「そうしておいてくれ」

「貴様も同罪だ」

「なんでさ」

 

 俺は肩をすくめる。さて、清姫はどうしたものか。治すならナイチンゲール女史の手を借りるというのもあるが、いっそこのままの方が被害は少ない気もするし、大きくなる気もする。

 

 しかし同時に、これは清姫にとって大きな成長なのではないかとも俺は思った。

 

 それまで『自分がマスターの妻である』という間違った認識しか持っていなかった清姫。それが『自分は妻ではないが、いずれ必ずなってみせる』という全く新しい認識に変化したのだ。この二つはまるで違う。

 

 恐ろしく狂っているのは変わりない。けれど、彼女はようやくスタートラインに立ったとも言えるのだ。好きな人を手に入れるための、恋のレース。そのスタートラインに、だ。

 

 今はマシュがトップを独走しているが、それまでレースに参加すらできていなかった、参加しようとも思っていなかった清姫は、ようやくレースに参加することができたのだ。

 

 もしかしたらトップを奪取できるかもしれないという可能性を、彼女は手に入れた。愛する人と添い遂げる未来を、彼女はいつの日かつかみ取れるかもしれない。悲劇のヒロインは、幸福のヒロインになる権利を得たのだ。

 

 彼女にもまた、未来は開かれた。それを思うと、なんだか見守ってやりたいという気持ちになってくる。

 

 ……恐らく清姫の乱入で、その恋のレースはとてつもない波乱万丈になるだろうが。クラッシュ続出だけは避けたいものだ。

 

 

「まあ、良いじゃないか。何かあったら、また僕たちが手を貸すさ」にこやかにダビデが言う。「あの子たちの未来はあの子たち自身が切り開くものだ。僕たち先人ができることは、その障害を取り除いてやることだけだ」

 

 俺は意外そうにその顔を見つめた。このいい加減な王様が、そんなことを言うとは予想外だったのだ。 

 

「当り前だろう?」にやり、とダビデは不敵な笑みを浮かべる。「確かに僕は良い父親ではなかったかもしれない。けれど、親として願うことは誰だって同じなんだ」

「……親として願うこと?」

「未来ある子供たちの人生が『愛と希望の物語』であってほしいと願うのは、親として、間違っているかい?」

 

「……いいや、間違ってなどいないさ」

 

 俺は理解する。

 

 彼と彼女の旅路が、幸せなものであって欲しいと、この者たちは願ったのだ。

 願わくば二人の未来は、愛と希望の物語であれと。

 その道行きの上に、綺麗な青空がありますようにと。

 

「僕たちは永遠にこの世にいられるわけじゃない。けれど、あの子たちにしてやれることはいくらでもあるんだ」とダビデ。「だから、今のうちにできることをしておくんだ」

 

「そうだな。せめて、結婚式の段取りくらいはしてやらんとな。意外と面倒なのだ、あれは」とエジソン。

「二十歳までお預けか。今の時代は難儀なものだ。昔は十二歳でも子を成した馬鹿者もいたというのに」とスカサハ。

「おい、利家の悪口はよさぬか神殺し。あやつはわしの親友じゃぞ」と信長。

「あー茶々それ知ってるー。二十歳の時に十二歳の幼女を孕ませた前田家の鬼畜だー」と茶々。

「ケルトもあれだけど、日本人もたいがいね」とメディア。

「ほう、エジプトもそうであったぞ。幼き花嫁の話くらいあるとも」とオジマンディアス。

「紀元前の話だろうそれは」とジェロニモ。

 

 再び彼らは喧々諤々の話し合いに戻っていった。

 

 

 

 俺には、彼らの存在が、とても優しく見えた。

 

 自分たちは子どもたちよりも先に消えてしまう。けれど、それを嫌だとは微塵も感じてはいない。そんなことよりも、いかに子どもたちが幸せに生きられるのかをひたすらに考えている。

 

 それは時として、身勝手で、子どもの考えを無視してしまうことにつながりかねない。それでも、子供について考えることをやめられない。それが親なのだ。悠久の時を経てもなお、変わることのない愛情だ。

 

 彼らは立香とマシュの姿に自身を重ね合わせると同時に、自分の子供のようにかわいがっているのだ。どこまでも純粋で美しい二人の未来が、幸せであってほしいと願っている。

 

 

 俺は黙って退室することにした。生前に子を成さなかった自分は、ここでは浮いてしまう。 

 

 ふと、ドアを閉める寸前で部屋の中を見た。立香とマシュについて議論している彼らは俺の姿など気にも留めない。しかし、俺はその光景を美しいと感じた。

 

 

 彼らは笑っていた。青空を照らす太陽のような、優しい笑顔で。

 

 

 

 

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