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- 寺尾知可史「全ゲノム解析で明らかになる日本人の遺伝的起源と特徴」
寺尾知可史「全ゲノム解析で明らかになる日本人の遺伝的起源と特徴」
理化学研究所 ゲノム解析応用研究チーム チームリーダー 寺尾 知可史
今年、私たちのグループは、日本人の全ゲノムを解析し、その遺伝的な起源と特徴を明らかにすることができました。この研究は、国内の複数の研究機関との共同プロジェクトとして進められました。日本人のゲノム解析を通じて得ることのできた知見は、今後の医療や生命科学の発展にもつながると期待されています。
そもそもゲノム(genome)とは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNA、すなわちデオキシリボ核酸という物質に記録されたすべての遺伝情報を指します。そして近年の技術革新によって、人間のゲノムを詳細に解析することが可能になり、我々の祖先や進化の歴史に関する理解が飛躍的に進化しています。
その鍵となるのが「次世代シークエンサー」という革新的な技術です。この技術により、短時間かつ安価に個人のゲノム解析を行うことができるようになりました。
こうしてゲノム解析の精密なデータの集積が急速に進み、我々現生人類、ホモ・サピエンスの進化や歴史に関する学術的裏付けや、日本人集団の遺伝的背景に関する理解が大きく変わってきています。
今回、私たちは3000人以上の日本人の全ゲノムを解析し、日本人集団の遺伝的起源や他人種との交わり、古代の人々とのつながり、そして自然淘汰の過程などを調査し、その結果を今年、科学雑誌に発表しました。
解析の結果、日本人のDNAに特有の特徴がいくつか明らかになりました。
例えば、これまでのデータベースにはなかった、日本人特有の稀な遺伝的多型や、遺伝子の機能が欠けている多型が発見されました。ここで言う「多型」とは、同じ遺伝子であっても、人によって異なるわずかなバリエーションを意味します。このバリエーションがあることで、人種や個人の特性が決まったり、病気に対する感受性が変わったりします。
今回見つかった遺伝子機能が失われる多型を持つ日本人が生きているということは、少なくともこれらの遺伝子はヒトが生存するために必須のものではない、とわかります。
また、日本人の集団内での遺伝的な違いも見えてきました。
従来、沖縄と本土では遺伝的特徴が異なることがわかっていました。そして本土内では住んでいる場所に関係なく、ほぼ同じ遺伝的特徴を持っている人が多く見受けられるとされていました。ところが今回、次世代シークエンサーを使ってさらに詳しく調べると、本土内でも遺伝的な違いが細かく見えてきました。例えば、住んでいる地域によって遺伝的な偏りが明確に現れ、東北地方の人たちは複雑な遺伝的背景が混ざり合っていることがわかりました。
これらの遺伝構造を詳しく解析すると、大きく3つの遺伝構造からなっていることが見えてきました。
それらは、沖縄の人たちに主にみられる遺伝構造、そして、東北に主にみられる遺伝構造、近畿や西日本に主にみられる遺伝構造の3つです。興味深いことに、これらの遺伝構造は、地理的な位置関係と一致しています。つまり東に行けば行くほど一つの遺伝的特徴が強く見られ、西に行けば行くほど別の遺伝的特徴がより顕著に現れているのです。
これまで、日本人の遺伝構造は、縄文系と弥生系と表現されてきました。縄文系は沖縄の人たちにもっとも色濃く受け継がれていると報告されています。また、実際に縄文人のゲノム情報が公開されているため、今回解析した全ゲノム情報と比較しました。
その結果、地域によって縄文人祖先の比率は異なり、これまで言われている通り、縄文系の比率は沖縄で最も高く28.5%、次いで東北、そして関西は最も低く13.4%という結果でした。そこで、沖縄の人たちに多い遺伝構造は縄文系の影響が強い構造であると解釈できます。
弥生系は、中国大陸から日本に移ってきた人たちと考えられており、そのため現在でも中国に地理的に近い、西日本に行くほどその影響が強いと考えられています。
そこで実際に、中国人のゲノム情報と比較すると、関西地方の人たちは、他の地域に比較して、中国人にもっとも遺伝的に近いことが分かりました。さらに、黄河周辺の古代中国人と比較的近いことも明らかになりました。そのため、近畿から西日本に主にみられる遺伝構造は、中国人、すなわち弥生系の影響が強い構造であると考えることができます。
そうすると、東北に主にみられる遺伝構造が残ります。興味深いことに、東北の人たちは、古代の沖縄・宮古島の人、古代朝鮮人、縄文人ともある程度遺伝的に近いことが分かりました。東北には昔は蝦夷と言われる人たちが居住しており、それらの人たちの影響がある可能性も考えられます。この遺伝構造の由来解明にはまだデータの蓄積と解析が必要ですが、東北の一部の言語は島根の出雲地域の言語と似ているという報告があり、東北は稲作が比較的早くに始まったという報告があることから、稲作とともに西日本から人々が東北に移ってきた可能性なども考えられます。
また、沖縄、東北、近畿・西日本の三系統は次第に混血して現在に至ったと考えられますが、その混血は一斉に進んだわけではなく、例えば平安時代には弥生人と縄文人の地域差がまだ顕著で、当時の人々は、現在の「人種」の違いの感覚を国内で感じていたかもしれません。
今回見つかった稀な遺伝的多型と、三系統を結びつけることによって、その遺伝的多型の由来について、興味深い可能性が明らかになりました。
BRCA1という乳がんや卵巣がんの原因となる遺伝子があり、その遺伝子の日本人特有の稀な多型が東日本に多く見られるとされていましたが、今回の解析で東日本の中でも主に東北の人々がその多型を持っていることが分かりました。つまりこのBRCA1遺伝子の多型は東北が起源である可能性が示されたのです。
遺伝的多型が見つかると、その多型の周辺のDNAの構造が、集団内でどれだけ変わらずに残っているかを調べることができます。これにより、その遺伝的多型がどれだけ長い間維持されてきたのかがわかります。
その結果、免疫機能に重要な役割を持つMHCと呼ばれる遺伝子群と、アルコール代謝に関係する2つの遺伝子が、長い間維持されてきたことがわかりました。興味深いことに、沖縄の人々と本土の人々では、アルコール代謝、つまり二日酔いしやすいかしづらいかに関連する遺伝子の維持のされ方に違いがあるようです。実際、沖縄の人はお酒に強いというデータもあり、もしかすると何らかの関連があるのかもしれませんが、これについてはさらに詳しい調査が必要です。
さらにこの研究では、日本人の遺伝子の中に、ネアンデルタール人やデニソワ人から受け継いだ部分があることがわかりました。そして、それらの古代の人々から受け継いだ遺伝子が思いのほか多いこと、さらに、ネアンデルタール人やデニソワ人から受け継いだ遺伝的多型、つまり遺伝子のわずかな違いが、特定の病気や体の特徴に関係している場合があることがこれまでの研究結果との比較から確認されています。
このように、新たな技術を大きなデータと結びつけることによって、歴史をゲノムから明らかにすることができる時代になってきました。今後も、これまで言われていた定説が変化したり、思わぬことが報告されたりして行くことでしょう。