現代のバイクを今も圧倒する
60年代のバイク15台
日本のオートバイの影響力
って大きいなぁ。
私が生まれて初めて乗ったオ
ートバイはヤマハのYDS1だ
が、今でも鮮明に覚えている。
その時の状況も、乗せてくれ
た淑祖父の台詞も母の慌てよ
うも。2才の時の記憶だ。
鮮烈に覚えている。
これはYDS3のようだが、私が
タンクの上に跨って、水道の
栓のような所を握ろうとして
叔祖父に「そこはいけん」と
言われたYDS1はこの色だった。
YDS1という車種は数十年後に
乗り主本人に確認した。
私は1才児の時からの記憶が
ある。断片的だが。隣りに住
むおばちゃんの顔や声も覚え
ているし、住んでいた場所の
風景も鮮明に記憶にある。
中目黒青葉台の時代では2才
時の記憶もいろいろ残って
いる。
3才からの湘南時代以降はか
なり正確な記憶が残る。
記憶というものは、数理で
刻むのではなく、映像シーン
のように脳裏に刻まれる。
忘れないのは、その時のシー
ンや人の言葉、そして声だ。
音楽と一緒。
音楽って一度聴いただけで、
何年か経っても同じ曲を聴け
ば「あれ?これ聴いた事ある」
となるでしょ?
起きた事象の記憶もそれと似
ていて、特に現象や状況は映
像として脳裏に刻まれる。
自分で二輪に乗るようになっ
てからは、そうした性質が特
化されて、どこどこの道のレ
イアウトがどうだったか、そ
の走った時の路面の状態はど
うであったかが記憶に刻まれ
ている。膨大な量だ。
そして人の声は台詞と共に覚
えている。オートバイの音も。
なぜそうした記憶群で頭がパ
ンクしないかというと、他の
情報は捨象しているから。
だから、ガッコの勉強などは
皆目できる要素が無い(笑
そんなもん。
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