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Conversation

参政党の組織としての凄まじさには、3年ほど前から気づいていました。今まで主要政党との対立軸を強調するあまり言及してこなかったことを反省しています。重要な点ですが、参政党が大衆政党ではなく、組織政党になっていることは日々活動しているとすぐわかります。それは強烈なまでの「自立性」と「支持者上位」があるからです。私は朝と夕方、そして大きなイベントや式典の時に、必ず駅やスーパー、会場の前で、のぼり旗を持って挨拶をします。こうした活動を毎日やる政治家は江東区においては1人もいません。ですが、政党という組織の場合は存在します。公明党と共産党です。説明不要です。ここ3年は、参政党の勢いがすごいです。 何より組織政党であるゆえんですが、候補者や議員が別にいなくとも自立して政治活動ができることです。自民党や立憲民主党のような個人商店の集まりでは、すくなくとも平時ではありえません。個人の力がものをいう個人政党と異なるところは、支持者が議員より上位に来るということです。言ってみれば、候補者は誰でもよく、交換可能というところです。公認が出なければ政治生命は終了となります。個人政党は、離党しても公認が得られない場合でも無所属でもガンガン勝負に出てきます。当たりまえです。個人の志がまずあり、損得を超え、使命感に駆られてやっているからです。それが証左です。ですが、組織政党の場合は、そこらへんにいる右も左もわからない党員の主婦に「俺たちは仕事が忙しいから代わりに代表して出てくれ」と言えてしまうということです。とにかく、成人式では毎年小競り合い、朝も時々、豊洲や住吉などでバッティングします。 しかも3年間で中心メンバーに変化はありません。公明党や共産党と違って、喧嘩早いのが特徴ですが、何よりメンバーに変化がないのがすごいです。日本保守党が出てきても、カラーが違う感じで変化ありません。東京15区の補欠選挙において、参政党の選挙事務所が私の事務所の5軒となりにあり、ランチ時に周辺の居酒屋やラーメン、そば屋がオレンジ色に染まっており、夜遅くまで事務所の明かりが煌々と点いていました。この時の選挙では、参政党は、日本保守党の3分の1程度の得票数でした。ですが、サークル的なノリなのか、新興宗教のように党内で役職を伴う地位のランク付け制度などのインセンティブでもあるのか、まったく勢いは衰えず活動は続きました。事務所の明かりも消えず。 ちなみに、オンブズマンの検査により、この選挙事務所を、参政党の区議が政務活動費で借りていたことが明るみになっています。その事実自体も参政党が組織政党で支持者上位であるゆえんです。組織政党は、議員の歳費も天引きなどしてコントロールします。個人政党ではできません。選挙が強い議員から真っ先に離党されるからです。 以前は、参政党のポスターを貼らしてくれるところもなかったですが、江東区内、日本国内、離島でもどんどん増えています。ただ、あくまで組織政党なので、個人のポスターではない政党ポスターであることも特徴です。個人政党は個人が勝負なので、ポスターも自腹だし、議員が主体性をもってガンガン勝負しに行きます。区民の皆さま、ご理解ください。 参政党のメンバーは、私が活動中に、豊洲でも東陽町でも南砂町でも個々人が通勤しているときにもお会いするのですが、至って普通の会社員が多いです。愛想よく挨拶もしてくれるし、エールもくれます。もしかしたら、創設時のコアメンバーには、優秀な方が多く、きっかけは、ワクチンなのか、裏金などの政治不信のなのか、対米独立なのか、オーガニックなのか、わかりませんが、そこから範囲を広げていった可能性があります。 そうなると、きわめて過去の歴史と酷似することになります。次にお会いしたらお話伺いたいと思います。 最後に、組織という閉ざされた場所に長くいると組織の中しか見えなくなり、エコチェンバー効果でどんどん視野狭窄になっていきます。世間の考えから離れていきます。その人の人生というのは、周りにいる5人の人がどういう人かで決まるとよくいいますが、あながち間違っていません。そうならないようにするためには、常に世間の声を聴くということです。自分の考えがズレているなと思ったら、絶えずチューニングするということです。より多くの人の声を聴き、気づきを得るということです。それしか方法はありません。それこそが実は、民主主義における選挙制度が要請していること、本質でもあるのです。