【エッセイ】「何が起きても想定内」元駐中国・駐仏大使 木寺昌人
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昨年蘇州と深圳で起きた日本人襲撃事件は決してあってはならないことであり、中国政府は日本政府からの要請に誠実に応えなければならない。事件後、上川陽子前外相に続き、岩屋毅外相も問題提起をしている。中国側の対応が日中関係を改善する方向に働いていないのは残念だ。
13年前、私が中国に着任したときの両国関係は1972年の日中国交正常化以来最悪であった。反日デモや日本車ディーラーへの打ち壊しがあり、中国在住の約15万人の邦人の安全が何よりも心配であった。
私の気持ちとしては、中国では何が起こるかわからないので安全にくれぐれも注意してくださいと呼びかけたかった。だがそう言うと「日本大使が大きな事件の発生を予断している」と解釈され、それが報道されるとさらに日中関係を悪化させてしまう。
いろいろと考えた末、「中国では何が起きても想定内です。みなさんの安全にくれぐれも注意してください」と機会あるごと発信した。幸い、私の着任後に北京で反日デモは一度も起こらなかった。当局はあらゆるデモを禁止したようだ。この発言が記事になることもなかった。大使車にはいつも日の丸を付けていたので嫌がらせを受けたことは何度もあったが、生命の危険を感じたことはなかった。
2022年の初頭だったと思うが、一時帰国中の垂秀夫・在中国日本大使から電話があった。最近は日中関係が再び悪化しているので、木寺大使の「中国では何が起きても想定内」のフレーズを使わせてもらいますと伝えてきた。在留邦人の安全は大使にとって常に一番気がかりなことである。
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木寺昌人(きてら・まさと)
1952年生まれ、東京都出身。1976年外務省入省。2012年から駐中華人民共和国特命全権大使、2016年(平成28年)から2019年 (令和元年) まで駐フランス特命全権大使を務めた。JACCCO理事。
このエッセイは、日経新聞紙上に掲載されているものを、筆者の承諾を得たうえで転載しております。(あすへの話題 2025.3.4「何が起きても想定内」)



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