うちの大切な大切な恋人、白上フブキは、時々何の連絡もなく家に泊まりに来ることがある。そういう時は大体落ち込んでいたり、なにかあった時だ。彼女の顔を見ればわかる。ああ、今日はなんだか傷ついてるな、とか、焦ってるな、とか。
そして―
「フブキ、いらっしゃい」
「ミオ…」
「ほら、上がって?」
夜とはいえ春が近づきもうだいぶ暖かくなってきたというのに、そっと救い上げたフブキの手はひどく冷えていた。
「あったかいものでも飲もうか」
「うん…」
「なにがいい?抹茶オレとかあるよ」
じゃあ、それで。と力なくつぶやくフブキから上着を預かって、手を引いてやりながらソファに座らせた。
なんでもされるがまま、それでも一息付けたように深くソファに体を沈み込ませたフブキに、うちがさっきまで使ってたひざ掛けをかけてあげて、暖かい飲み物を入れるためにキッチンへ。
一杯分の粉をカップに入れて、お湯を注ぐ。うちの分と二つ、カップを持ってフブキのもとへ戻った。
「フブキ、はい」
「ありがと…」
うちがキッチンに向かう前から全く動いてなかったんじゃないかと思うほど姿勢の変わっていない彼女の耳がぴくりと動いて、しっかりとカップを受け取ってくれた。
肩が触れ合うくらい側に座る。少しでも暖まってほしいな、と思いながら。
「…」
「…」
二人とも無言で、しばらく飲み物を啜る音だけがしていた。
無言が気まずいとも思わない。ただ側にいるだけで十分心地良い。うちはそう思っているし、きっとフブキもそう思ってくれているから、何も話さないし離れないんだと確信している。
「暖まるね」
半分ほど飲んだところでちらりとフブキのほうを見ると、だいぶ血色がよくなったように見えて、すこし安心した。暖かい飲み物でうちは大分お腹が温かくなった感覚がしている。フブキも同じだといい。
「うん。おいしい」
「よかった。フブキ、お腹空いてない?」
「ううん。それより、ミオ…」
「うん?」
あ、
「ま、まってフブキ」
「ミオ」
「わかった、から…せめて寝室で」
フブキのギラついた目に射竦められる。
頬を撫でられて、親指が唇に触れた。
何をされるか、フブキが何をしたいかが分かって声が震えた。
寝室に着くなりぐっと引き寄せられて、噛みつくようにキスをされる。
何度か角度を変えて唇を交わしたら、不意にフブキの指が唇を割って入ってきた。
ああ、やっぱり…
「ふ、ぅき…」
「ミオ…いい?」
「んっ…ふぶき、だいじょぶ、だから…」
これは合図だ。
フブキがうちの口に指を入れるのは、フブキが攻撃的な気分のとき。心がささくれ立って、それでも何かに当たったりせず、こうしてうちを頼ってくれる。
「ん、む…ッ」
「みお、かわいい」
「ぅ…ぐ…ッ!」
犬歯を触って、内頬をなぞられて、舌を撫でられる
…口の中を触られるのは苦手だ。苦しいし、嗚咽してしまう。
やっぱりおえっとなってしまって思わずフブキの指を噛んでしまうと、ようやく指を離してくれた。とたん、げほげほとむせこんだ。
息が落ち着く前にベッドに押し倒される。
「ミオ」
せき込んだ時にあふれた涙を拭ってくれる。
心が弱って攻撃的になっているときでも、やっぱりフブキは優しい、それが感じられて、どうしようもなく愛おしくて、胸がいっぱいになって…
うちに覆いかぶさるフブキをぎゅっと抱きしめた。
大丈夫、大丈夫。なにがあってもうちはフブキのことを嫌いになんてならないし、ずっと味方だよ。
うちにのしかかるフブキの重みが、安心したようにぐっと緩んで、それからぐりぐりとうちの胸に顔を押し付けてきたフブキと目が合った。
あれ、なんだかギラギラしたままだ。ささくれ立ったような攻撃性は鳴りを潜めたけれど、うちの服をまさぐる手つきの力強さは変わらない。
や、やっぱり覚悟をきめないと…かな…?
―フブキがうちの口の中を触ってくるのは、合図だ。今夜は好き勝手にする、そんな合図。
フブキside
こんな時でも優しく包み込んでくれるミオが好きだ。
私は時々どうしようもなく心が乱れて仕方がないときがある。周りには見せないよう努めているし、実際指摘されたことは一度もない。
けれど、最愛の恋人である大神ミオ。彼女は、白上のこんな部分を見抜いてくれた。受け入れて、頼ってよ、って言ってくれたんだ。
それから、私は不安なとき、焦っているとき、落ち込んでいるとき、心が不安定なときはミオのお家に行く。ミオは黙って受け入れてくれて、とにかく甘やかしてくれるんだ。
おいしいごはんを作ってくれて、甘い飲み物も入れてくれて、あったかいお風呂に一緒に入って、一緒のお布団で眠る。
ミオのことが本当に大切で、大事で。誰にも渡さない、ミオは白上のものだ。抱きしめてくれるこの温もりも、よしよしって撫でてくれるやさしさも、本当は私にだけ向けてほしい。包み込んでくれるような、あの柔らかい笑み。あの眼差しをほかの人にも向けてるなんて嫌だ。
そんな醜い嫉妬心に心が覆われて、ミオにひどいことをしてしまうことがある。
「ミオ」
―これは合図だ。
ミオは口の中を触られるのが苦手みたいで、いつもすぐにむせちゃうんだけど、どうしてもやめられない。
獣人らしい小ぶりな牙が愛らしい。舌を撫でるとびくびくとくすぐったがるのが癖になる。でも、ずっと撫でてるとおえってしちゃうみたいで、せき込むと同時に私の指を嚙んでくる。小さな牙が指に食い込んで、その痛みがたまらない。
真っ赤になって涙目でげほげほとやってるミオを見るのがたまらなく好きなんだ。もっと見たい。もっと声が聴きたい。白上にだけみせる、特別な姿が。
目に涙をいっぱい溜めた彼女を見ているとかわいそうはかわいいっていう、加虐心が煽られる。今にも溢れそうな涙を指で拭うと、ミオがあの、あったかい表情をして、私をぎゅっと抱きしめてきた。
(あぁ、かわいい。大好き)
すうっと胸いっぱいにミオの香りを吸い込んで、体の力を抜いて寄りかかる。ぴったりと触れ合った箇所の暖かさと柔らかさにますます欲望が沸き上がるのを感じる。
ぐりぐりと顔をふわふわな胸に押し付けて、さぁ続きをするぞ、とミオの顔を見た。あれ?って感じのちょっときょとんとした表情。そんな顔もかわいい。もしかして、ハグしたことで母性モードになっちゃったかな?
ダメだよミオ。合図したでしょ?
―今夜は一晩中、私だけに見せるミオの姿を堪能させてね?