学術会議論に欠けた視点は 各国で強まる圧力の構図 隠岐さや香さん
日本学術会議をめぐる5年間の議論について、科学アカデミー史を研究してきた隠岐さや香・東京大教授は、決定的に抜け落ちた点があると指摘する。学術会議は、国際的にも珍しいという文理融合型のナショナルアカデミー。だからこそ求められる役割とは。
――フランスを中心に、アカデミーと政治権力の向き合い方を研究されてきました。改めてアカデミーの役割を教えてください。
研究者が、自分たちの意思や問題意識をもとに集まった集団がアカデミーだ。科学者コミュニティーの代表的な意見をまとめ、発信することが存在意義だ。その中で、国を代表する役割を認められ、指定された団体が「ナショナルアカデミー」となる。
自発性や自治が、権力と向き合う上で要件として欠かせない。ボトムアップで意見を集め、メンバーは科学者自身が選んでいく。民主的なプロセスが肝要だ。
――学術会議をめぐる議論では、政府・与党側を批判してきました。
組織のあり方をめぐる議論の発端が、学術会議や、研究者側が自ら望んだものではなく、権威主義国家のように、政治や行政が一方的に介入したからだ。
日本に限らず、2010年代以降、各国で、アカデミーへの圧力が強まっている。
トルコでは、会員間による推薦から、政府が会員を選ぶ形に制度変更された。ロシアのプーチン政権はアカデミー改革と称して、財政や人事の独立を奪った。中国科学院では、会員の社会的な発言が厳しく制限されるようになった。
権力に背いたかのように…執拗に狙い撃ち
米国のアカデミーは民間組織で、政府の介入の余地は小さいが、トランプ政権による助成金の大幅削減により打撃を受けている。
権力の意向に背いたかのように敵視し、執拗(しつよう)に狙い撃ちするといった、共通する構図がある。日本もこうした流れの中にあると、西欧諸国から懸念を持たれている。
――欧米主要国のナショナルアカデミーは政府の外にある形態が主流と聞きました。
アカデミーのあり方は歴史的経緯に左右される。フランスでも、元は政府組織だったが法人化した。
学術会議の主な源流は、森有礼や福沢諭吉らが自発的に集まった明六社にあるが、江戸幕府の官僚機構も、ルーツの一つとされる。法人化の話もあったが、反対意見が出て、政府組織のままだった。
――税金の使い道について関心が高まる中で、国費が支える学術会議の「成果」については国会で厳しい指摘もありました。
税や公的支出をめぐる近年の社会学の研究によれば、日本では公金の使い方が絡むと「むだ遣いをする人間は罰してよい」といった姿勢が鮮明になるとされる。国会で「国費を投入しているのに、国の政策に貢献しない」といった批判が強調され、法人化へ押し切られてしまった。
しかし、政府や政治権力の威を借りるように、アカデミーへの介入を容認することは、ファシズム(全体主義)への加担に等しいことを、歴史家として強調しておきたい。
――どういうことでしょうか。
世界でも珍しい、文系・理系の研究者が一堂に会する現在の学術会議が戦後、1949年に設立された経緯にある。
戦争で、科学者が兵器の研究開発などに動員された反省があった。同時に、国家の意思決定や根拠が非科学的だったことについて、人文社会の研究者にも後悔があった。日米の国力差を、統計表で示すことすら、はばかられる空気があったとされる。
文理の垣根を越えて知を集め、政府の意向と異なっても意見を述べられる学術会議の役割を、改めて認識してほしい。
――研究者コミュニティー内にも、意見の隔たりがあることも明らかになりました。
一部の研究者からは「任命拒否を含め、いつまでも議論や政府との対立に時間を費やさず、結論を出すべきだ」といった見方が強調された。研究者個人として理念や理想を追求するよりも、組織人としてマネジメントを優先する姿勢が目立った。
一口に研究者と言っても、重んじている考え方が全く異なることを、私も痛感した。
理系を中心に、巨額の研究設備や、大きな研究チーム運営が必要となる場合もある。資金獲得のために、政府や政治と交渉する機会の多い研究者ならば、理不尽はありふれているのかもしれない。
産業技術や防衛分野のように、技術領域の研究には、ナショナル(国家的)な関心や視野と重なる面も多いだろう。
ただ、理不尽に目をつぶれば、異論を封殺し、少数派の切り捨てになりかねない。
時間がかかってもナショナルアカデミーでは民主的なプロセスが重んじられるべきだ。
科学者の集団に力を持たせない
――新法人は政府介入で「えせナショナルアカデミーになる」との悲観論もあります。
科学史家としての私も、断絶した偽物のアカデミーに変質するとの見方を拭えない。
それでも国会審議を通じてアカデミーへの共感や、学問の自由への危機感が広がった今、学術会議の理念を継承するチャンスは残されている。
新法人発足に向けて、新会員を選ぶ候補者選考委員に、現在の会員が加わることが必要だ。科学者の互選でこれまで選ばれてきた学術会議の会員や、研究者コミュニティーが納得できることが欠かせない。
一連の議論を通じて、科学者の集団に、政府や政治は力を持たせたくないのだなと強く感じた。意に沿わない要求には、異論だととられても主張を続けることが、ナショナルアカデミーには求められる。
隠岐さや香さん略歴
おき・さやか 東京大学教授 1975年生まれ。専門は科学アカデミー史。日本学術会議連携会員。国際学術会議(ISC)「科学の自由と責任に関する委員会」委員。
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