削除要請に関する名興文庫代表の言動について:事実関係の整理と当方の見解
はじめに
先日、当方が公開した記事に関し、名興文庫代表の尼宮乙桜氏(以下、同氏)より、当方の姿勢を非難する新たな投稿がXで複数確認されました。その内容は事実経緯を著しく歪曲し、議論の本質を逸脱させるものであるため、ここに一連の事実関係を整理し、当方の見解を明確に示します。
【同氏の最近の主張】
①「波風立てないために連絡したのに、自らオープンにして波風立てていくスタイル、すごいな。」
②「表に出ない形でコンタクトを取ったのに、それを堂々と記事化し、多くのアカウントが拡散した。この危険性を認識できていないのでしょうね。驚きです。」
「波風を立てた」のはどちらか
同氏は、当方が一方的に「波風を立てた」かのように主張されていますが、その主張は到底成立しません。
そもそも、同氏が当方に対して最初に行ったのは、裁判所への「発信者情報開示命令申立」という、最も公的かつ攻撃的な法的手続きでした。穏便な解決を望むのであれば、申立ての前にまず直接の削除要請を行うのが筋道であり、その順序を違えたのは同氏自身です。
さらに言えば、名興文庫のこれまでの対外的な姿勢そのものが、穏便な解決を望んでいるとは到底考えられないものです。貴庫は、係争状態にある相手に対する裁判所の仮処分決定書をnoteやXで公に掲載したり、アカウントを削除した相手やその他多数のアカウントを名指しで晒し上げるといった行為を繰り返しています。
このような相手方の社会的信用を毀損しかねない行為を意図的に行っている組織の姿勢は、「波風を立てたくない」と望む者のそれとは正反対です。
自ら法廷闘争という最大の「波」を立て、さらに相手を公然と非難するスタイルを常態としながら、今回に限って当方が波風を立てたかのように主張することは、論理的な整合性を著しく欠いています。当方は、これらの事実をもって「当初から対話による解決ではなく、裁判等による威圧と目的達成を意図していた」と判断せざるを得ません。
なぜ直接対話を拒むのか、その正当な理由
同氏は「表に出ない形でのコンタクト」を望んだかのように述べていますが、当方が直接のやり取りを拒否し、公開の場での応答を続けるのには、明確かつ正当な理由があります。
それは、貴庫の個人情報取り扱いに対するネットリテラシーに、重大な疑義を抱いているからです。
貴庫の相談役は、過去にSNS上で、批判的な意見を述べたユーザーのIPアドレスおよび、それに基づく位置情報(ジオロケーション)とみられる画像を公開し、以下の脅迫的な文言を投稿した事実が確認されています。
「さっそく引っかかりましたか。頭が悪いとこうやって破滅に近づいていくんですよ」
(2023年11月4日 午前0:03 Xへの投稿)
個人のプライバシーやセキュリティに関わるデジタル情報を、脅しや見せしめに利用するこの行為は、極めて危険です。さらに重大なのは、代表である同氏が、相談役のこの暴走を看過し、何ら掣肘を加えてこなかったという事実です。
これは、名興文庫という組織全体が個人情報保護に関する倫理観とリテラシーを欠如させていることの証左に他なりません。このような組織と「表に出ない形」で個人情報を含むやり取りを行うこと自体が、当方にとって計り知れないリスクとなります。これが、当方が公開の場での対話を堅持する理由です。
私たちが向き合うべき、真の「危険性」
そして今回、同氏は再び「この危険性を認識できていないのでしょうね」という、曖昧な言葉で当方を威圧しています。
当方が一貫して訴え続けている「名興文庫の危険性」とは、まさに同氏とその関係者が行う、このような言動そのものです。
法的手続きをちらつかせ、脅迫的な言葉を投げかける一連の行為こそが、自由な言論空間にとっての真の「危険」であると、当方は確信しています。
当方の記事は、出版社という公的な立場にありながら、個人情報の取り扱いに対する倫理観が欠如し、その目的外使用の示唆さえ追認する貴庫の姿勢に警鐘を鳴らすものであり、そこには極めて大きい公共性・公益性が存在すると考えます。
結論:誠実な対話を求める
当方は、同氏による論点のすり替え、不誠実な責任転嫁、そして威圧的な言動に屈するつもりは毛頭ありません。
当方が求めているのは、小手先の脅しや手続き論ではなく、建設的な対話です。同氏には、本質から目をそらさず、当方が当初から問題提起している「相談役による脅迫的言動の危険性」について、社会が納得できる誠実かつ合理的な説明をされることを、改めて強く求めます。先の記事でもお伝えした事ですが、相談役による脅迫的言動に法的、倫理的な正当性がある事が同氏によって論理的に説明がなされたならば、当方は同氏が要請する記事を削除する所存です。


コメント