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Conversation

八ッ場ダムと言えば、もっと解せないことがありました。昨年の衆議院議員総選挙のタイミングで、ある所属団体において、お互いに感想を述べる機会がありました。 小渕優子 衆議院議員(群馬5区)の当選確実がゼロ打ちで報道された刹那、複数のメンバーが次々に文句や愚痴を言い合っていました。しかし、私は群馬県出身ですから、八ッ場ダムを巡って県内が振り回されていたのを、幼少期ながら鮮明に覚えています。 そこで、「あれだけ八ッ場ダムを巡って散々な目に遭ったり、野党を支持する方々に町長が性犯罪の濡れ衣を着せられたりした経緯のある地域で野党が支持されないのは仕方ないし、こればかりは当時の民主党や左派勢力に瑕疵があるのではないか」と指摘したら、ある左派色の強いメンバーが「これだけ防衛費が増やされたり、ICANNがノーベル平和賞を受賞したりしているのだから、それでも全国のことを考えて群馬5区の人たちも野党を支持するべきだった」旨を述べていました。とても衝撃的で、思わず引っくり返りそうになりました。 もし私が「日本全体の防衛のために、沖縄の人たちは在日米軍基地問題を我慢するべきだ」と言えば(もっとも、別に思ってはいませんが)、そのメンバーが声高に私を糾弾していたことは想像に難くありません。それどころか、自分(たち)がマイノリティになるイシューでは、やたら「当事者性」や「構造的な格差」を掲げ、声高にマイノリティの人たちに譲歩や格差是正を求めています。なぜ地域格差という、本邦においては、ともすれば性・ジェンダーよりも絶大な(たとえば大学進学率は、男女差よりも都道府県差が大きい)構造的格差を前にすると、「弱者も全体の利益のために譲歩や我慢をするべきだ」と平気で宣えるのでしょうか。思わず耳を疑いました。そういうことは、地域格差を徹底的に是正してから言うべきじゃないのでしょうか。 そもそも、選挙区に分かれているのは、それぞれの有権者や選挙区が「各々にとっての最適解」を選んで良い証左に他ならないはず。もし「全体の利益よりも、自分たちの地域の利益を優先するべきではない」と思うなら、いっそ「選挙区の廃止」でも訴えてみたら、良いのではないだろうか。 それどころか、「選挙に行こう」「ちゃんと投票しよう」とする中立的なメッセージを活動の一丁目一番地に掲げておいて、いざ投票した人たちが選挙区や有権者にとって最適解と思う選択肢を示したら、口々に文句を言う矛盾も甚だ理解できませんでした。特定の政党や候補者に投票するべきと思うなら、「選挙に行こう」「ちゃんと投票しよう」という中立的な看板を取り下げて、「○○党に入れよう」とか「××党の候補者に入れてはいけない」というメッセージを改めて打ち出さないと、とても一貫性や整合性があるとは言えません。 それにしても、ふと代表が草津町長に性犯罪の濡れ衣を着せて草津町を叩いていたことを思い出しました。しれっとツイート(現: ポスト)を消して、あたかも「なかったこと」かのように振る舞っていますが、いまもArchiveにしっかりと残っています。さすがに草津町や町長に対して、きちんと謝るべきじゃないんですかね。
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