それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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「アルケミー・マジック――“レストレーション”」

 

 

 リティーが懐から取り出した瓶を周囲へと投げ、割れたガラスの中から溢れ出た緑色の液体が破壊痕の残る地面へと吸収される。スキルの発動を宣言すると同時、周囲は強く眩い輝きに包まれる。それは一瞬の出来事であり、光が散った後にはもう既に、辺りは戦闘前の道路へと修復されていた。

 

 奇跡のような現象を齎したそれは歴とした技術であり、リティーが曰く“錬金術”と呼ばれる代物だった。

 器物損壊の隠蔽に成功したリティーは眼鏡の位置を直し、無表情ながらも何処か満足そうな表情を浮かべていた。先ほどまで着ていた血だらけのソードマンの衣装から、マスターアルケミスト特有のボディーラインぴったりのスーツへと着替えている。

 乳も尻も形が丸わかりの、正気を疑う衣装だった。

 

 

「錬金術ってのは何度見てもずっこいよなぁ」

「これで証拠も消えて完全犯罪成立か」

「いや、まだ目撃者が残っているから完全ではないな」

「吹聴したら“居なかった”事にされるやつだろ」

 

 剣士・戦士・斥候の三人はその理不尽な現象に対してぼやきながらも、視線はリティーの胸と尻へと向かっていた。先ほどまで謂れのない罪を疑われていたとは思えないほど学びも反省もない無遠慮な視線であり、せめて疑われた分だけはいい思いをしようという心理による行動だった。

 当然、リティーは気が付いている。気が付いているが、指摘する気もない。むしろ、後で何かの機会に善意の協力を引き出すネタになると考えていた。

 最低な合意がそこにあった。

 

 

「私、錬金術って初めて見ました。本当に魔法みたいな事が出来るんですね……平民の作った御伽話か何かだと思ってました」

「私も錬金術についてはそこまで詳しくないのですが、アレはシンさんが特別なんだと思います」

「そうなんですか?」

 

 リティーの祖父は話が終わるや否や、魔術師二人を連れて帰って行った。呪術師はいつの間にか姿を消しており、男性陣がリティーの肢体に夢中になっているいま、アクアの話し相手になってくれるのは受付嬢だけだった。仮に男性陣が暇を持て余していたとしても、あの露骨なセクハラを目撃している現状で会話しようと思えるかは少し怪しい所だが。

 

 ともかく、アクアはリティーの起こした現象について話す相手を求めていた。

 

 アクアは水の魔法使いのため出来ないが、魔法学校に通っていた土の魔法使いは大体みなシンの錬金術と同じ事が出来る。アクアから見てシンのやった事は凄いといえば凄いが、どちらかというと起こした結果そのものよりも魔法使いの代替になる技術が存在している事に対する驚きの方が強い。

 これが一般的なら錬金術師の価値は高いと言えるが、この都市で錬金術の恩恵を受けている受付嬢はアクアの考えを否定する。

 

「逆に、アレが一般的だと困るといいますか。ほら、大工などの仕事を奪ってしまうでしょう? この都市では冒険者ギルドのように各業種が団体を作り、議会に代表を送る事でそれぞれの業界を守っていますので……全ての錬金術師がアレを出来てしまうと、既得権益を守るための戦いが始まってしまいます」

「ああ、そういう考え方もあるんですね。ソロナ王国では貴族が大体のことを出来てしまうのですが、そこに文句をつける平民は居なかったので……」

「それもそれで凄い話ではありますね」

 

 こうしてお互いの常識を擦り合わせると、本当に国の外に出たのだなという実感が湧いてくる。アクア自身が非常識な環境で育ったため気がつくのが遅れたが、リティーはあまりにも外れ値すぎて参考にならない。

 

 

「アクアさん、お待たせしました」

「リティーさん……」

 

 道の修復を終えたリティーが、アクアの元へと足を運ぶ。実際には、“待たせた”というほどの時間は経っていない。マスターアルケミストへの着替えも、錬金術も一瞬だった。だからこそ、考えをまとめる時間が足りていない。

 

 アクアから見て、リティーの行動は理解できないものだった。

 

 冒険者ギルドで見かけたアクアを魔法使いだと理解し、ギルドの反対を振り切って共にダンジョンへと潜行する。これは分かる。

 アクア自身が美少女かつ優秀な魔法使いであるため、元いた国では引く手あまたの人材だった。客観的に見ても、アクアをパーティに加えるのはリティーにとっても利益のある行いだ。

 

 ダンジョンでアクアに魔法を使わせず、一人で戦闘を完結させる。これもまだ理解できる。純粋に敵が弱すぎて倒せてしまうのだから、わざわざ手を抜いて生き残らせる必要はない。

 だが、アクアに魔法を一度も使わせなかったというのはいまいち良く分からない。一人で倒せてしまうのであれば、アクアに倒させてもいい筈だ。初対面なのだから、アクアの戦力を図る目的で一度くらいは敵に相対させるのが正解だろう。

 リティーはアクアを一度も矢面に立たせる事はなかった。それどころか、一瞬たりとも()()()()()を歩かせることもなかった。

 だが、これはアクアにも非がある。リティーは一人で好き勝手していたが、アクアも進んで前に出ようとしなかった。もっと積極的に自己主張していれば、あるいは、普通に戦いの機会を設けてくれたかもしれない。

 

 問題はその後、受付嬢率いる冒険者ギルドの面々と戦闘し始めた事だ。

 いや、あれを戦闘と言っていいのか分からない。

 アクアの勘違いでもなんでもなく、リティーは明らかに自ら弱体化した上で相手に自分を痛めつけさせた。それもわざわざ、攻撃誘導の術を使ってまで。

 

 これに関しては、本当に意味が分からなかった。

 

 しかも、最後には何故かその場の全員にアクアの発した言葉が流れ込むという怪現象まで発生している。

 どういう理屈で起きた現象なのかは定かではないが、明らかに下手人はリティーその人だった。理不尽に恥ずかしい思いをさせられた。気のせいじゃなければ、あの言葉を指して“絆の力”などと宣っていた。

 付き合いが短いとはいえ、もう少し“絆”を感じさせる言葉はなかったのだろうか。

 

 極め付けに、アクアを出頭させようとしたお偉いさんはリティーの祖父だという。リティーもその事は受付嬢から聞いて知っていた筈で、アクアがどれだけリティーの視点で考えても、あの戦闘が必要だった理由など思いつかない。

 

 あげく、本人は世界を救うためだったという。

 どう接していいのか分からないのは、自然な事だった。

 

 ダンジョンの中を二人で歩き、色々混乱させられたものの、その時間はアクアにとって楽しいものだった。最後あたりは完全に現実逃避をしていたが、それはそれとしてだ。

 

 リティーはアクアを「大切な仲間」と言った。

 出会ったばかりで、付き合いも数時間程度。

 お互いのことなど何一つ知らず、共に食卓を囲んだこともない。

 

 アクアを庇う理由など、どこを探しても見つからない。

 本当に何一つ、考えている事が分からない。

 

 アクアの中の理性が「この人は何かを企んでいるぞ」と囁き、感情が「それでも一度は信じてみよう」と訴える。リティーのために魚料理が美味しい店を紹介しようとした。不要だったかもしれないけど権力から庇った。真意は分からないがアクアを“仲間”と呼んだ。

 

 リティーはアクアの人生の中で出会った中でも、頂点を争うほどの変人だ。だけど話は通じるし、疑問があれば答えてくれる。すぐさま拒絶するような相手ではない。この人は、あの()()()とは違うのだ。

 

 アクアは口を開こうとした。

 目の前の少女に対して、何かを言おうと思った。

 だけど何を言えばいいのかも、何と切り出せばいいのかも分からなかった。

 言葉にならない言葉が頭の中に浮かび上がっては、文章として結びつく事なく消えていく。

 

 急にパクパクと口を動かしたアクアを見て、リティーが首を傾ける。なんの輝きもない瞳に疑問の感情が浮かび上がっていた。

 

 一度焦り始めると、何か言おうとするほどに、逆に頭の中が真っ白になる。

 アクアはリティーに見つめられながら、とにかくなんでも良いから言葉に出そうとして。

 

 ぐぅ〜、と。

 自らの腹部から発生した音によって、強制的に沈黙が破られる。顔が赤くなるアクアに対して、リティーは「ああ、そういうことか」と言わんばかりに縦に首を振った。

 

「とりあえず、場所を変えましょうか」

 

 アクアは一も二もなく、リティーの言葉に頷いた。

 

 

 

 ダンジョンから離れ、十分ほど歩いた距離にその場所はあった。夜が遅いにも関わらず周囲は街灯によって明るく、いくつもの店が明かりを付けて営業を続けている。いやむしろ、この辺りの店にとっては今がまさに書き入れ時だった。

 

 酒と料理の匂いと、それから少しばかりの暴力の気配。

 

 まるで夜を知らないかのように、そこは沢山の人々の奏でる音と声で溢れていた。

 

「うわぁ……! 随分と賑やかですね! 私、こういう場所にくるの初めてです! ワクワクしますね!」

「そうなんですね、歓楽街は他の国でもそこまで珍しくはないと思いますが」

「確かにこれまで寄ってきた国にもあったと思いますけど……こういう場所って、大人になってから来るところって聞いてたんですよね」

「なるほど、機会がなかったんですね」

「それに、一人だとちょっと近寄りがたいじゃないですか。魔法学校時代はあまり友人付き合いも無かったし、卒業してからは一人旅でしたから……」

「なるほど、縁が無かったんですね」

「今ちょっとバカにしませんでしたか……?」

「いえ、そのつもりはありませんでした」

「本当ですか……?」

 

 リティーはダンジョンの中でそうだったように、アクアの前をズンズンと進んで行った。そして、一軒の店の前で止まる。

 

 周辺の店と比べても綺麗な外観で、外からでも店内の賑わいが聞こえてくるほど繁盛しているようだった。アクアが深く息を吸い込むと、濃厚なスープの香りが鼻腔を貫いた。

 

 自然と口内に唾液が溜まって、アクアははしたなくもゴクリと音を立てて唾を飲み込んだ。そして思った。

 なるほど、これは期待できそうだ。

 

「ここの魚料理は絶品なんです」

 

 リティーはそう言いながら店の扉を開いた。

 外からでも感じられた音が、まるで爆発するかのようにリティー達へと叩きつけられる。

 アクアは思わず両手で耳を塞ぎ、少しの間目を閉じた。

 

 人の声が、食器の擦れる音が、厨房の修羅場が聞こえ、聞こえ、聞こえ…………まるで空気の抜けた風船のように、少しずつ萎んで小さくなっていった。

 

「――――?」

 

 疑問に思ったアクアが耳に当てた手を離し、前に立っているリティー越しに店内を覗き込んだ。先ほどまで賑わっていたはずの店内が急に静かになったことに、不穏な何かを感じていた。

 

「ひっ……!」

 

 アクアが覗き込んだその先で、店内の客達が、それも全員が二人の方を見つめていた。その異様な光景に、アクアの口から悲鳴が漏れる。

 

 客達は直前まで食事を取り、話をしていたのだろう。細い麺類をフォークで口元まで持っていった姿勢で固まった男や、ジョッキを口につけた状態で口の端から液体をこぼしている男、連れの背中越しにこちらを見つめている女、喧嘩をしていたのか床で組み合いながら唖然としている二人組など。多種多様な姿勢で、それでも視線だけは二人に――いや、リティーに注がれていた。

 急に静かになった客を不審に思ったのだろう。コックらしき男が奥からホールを覗き込み……やはり、リティーを見て固まっている。

 

 

「――シンだ」

 

 誰かがそう口にした瞬間だった。

 その場に張り詰めた緊張感が、一気に膨れ上がった。

 その物騒な気配を感じ取って、アクアは「あ、これはダメだな」といち早く察した。だからといって、何かが出来るとは限らないが。

 

「シンだぁぁああああああ!!? おいお前らいつまで喧嘩してんだ!! 撤収するぞ!! はよ立て!! すぐ立て!!」

「マスターこれ代金!! ご馳走様でした!! 裏口借りるぜ!!」

「嘘だろ……!? まだ一口しか食べてないんだぞ!? この時間にシンが来るなんて聞いてない!!」

「え? なに? 何が起きたの? え? 本当になに!? 誰!? 凶悪犯罪者か何か!?」

「バカっ! ここは今から戦場になるんだよ!! 早く逃げろ!!」

 

「流石に失礼すぎませんか? 文句があるならいつでも喧嘩上等ですが」

 

 阿鼻叫喚の店内に、リティーの一言が不自然なほどよく響いた。客達は蜘蛛の子を散らすように、我先にと裏手の方へと駆け出していく。

 

 状況が飲み込めない者、あるいはリティーの存在を気にしない者だけが座ったままだった。

 

 一瞬で寂しくなった店内には、先ほどまでの半分に満たない程度の人数しか残っていない。

 

「これ僕が悪いんスかね」

 

 急に口調が乱れたリティーが、不服そうに呟いた。

 

 

 

「流石に営業妨害にも程があるだろ」

「僕は悪くないと思いますが」

「お前な、自分の風評考えろよマジで」

「…………」

「あ痛ァ!? おいっ! 反論できないからってコインフリップすんのやめろや! お前のそれは洒落にならない威力なんだよ!!」

 

 そこそこに賑わう居酒屋の中、器用にも無表情で不貞腐れている女がいた。

 

 彼女はマスターアルケミスト、リティー。

 招かれざる客だ。

 

 

「というか戦士さんはなんでシレッと同卓しているんですか? ストーカーですか? 手を出してくるならお祖父様に言いつけますが」

「実家だよ!? ココ、俺の実家なんだけど!? 人聞きの悪いこと言うの辞めてくれよ親に聞こえんだろ!!」

「……冗談ですよ」

「本当に冗談だった? なぁ、おい……冗談なんだよな? おい、こっち見ろや……おい!? 本当にストーカーって報告するつもりか!?」

 

 先ほど別れたはずの戦士――リティーの胸を揉みしだいてやると公言している男――からの抗議を、丸っと無視するリティー。アクアも「なんでこの人いるんだろう」と思っていたが、本人からの実家申告でその疑問は解ける。

 

 ワーギャー騒ぐ戦士の後ろから、恰幅のいい女性がお盆を振り下ろした。

 

「あ痛っ!」

「あんた五月蝿いよ! シンくんが迷惑しているじゃないの!! 静かにできないんなら出ていきな!! ――シンくん、久しぶりねぇ……また随分と可愛くなって!!」

「お邪魔しています。すみません、急に来て」

「あらあらそんなこと言わないで! いつ来てくれても良いんだから!! 前みたいに、毎日来てくれてもいいのよ」

「おいお袋、こいつが毎日きたら流石に店が潰れるぞ」

「あんたは黙ってな!! ……全く、どいつもこいつも冒険者のくせに子供一人にビビって情けないねえ。もっと男らしくどっしり構えて欲しいもんだよ、特にあんた」

 

 戦士の母親らしき女性は、他の人々とは違ってリティーへと親しげに話しかけていた。リティーもどこか雰囲気が柔らかくなっていて、アクアは初めて彼女が年頃の子供らしい反応をしているのを見た。意外といえば、意外だった。

 

「は? 俺は別にこんなメスガキにビビっちゃいないんだが?」

「どうかしらねぇ……あら、可愛い子ねぇ。ごめんなさいね煩くしちゃって、シンくんのお友達?」

「こ、こんばんは……アクアです。リティーさんとは、その、今日出会ったばかりで」

「あらそうなの。この子ねぇ……良い子なのに誤解されがちだから、仲良くしてくれると嬉しいわ」

「良い子……? あ、はい。それは勿論」

「それじゃあ、オバさんが長居しても悪いから。あとは若い子達で仲良くね! ……あんた、この子達が可愛いからって変なことしたら承知しないからね」

「俺は今日一日で何回疑われればいいんだ……!?」

 

 戦士が項垂れる横で、リティーが女性へ注文を告げる。

 最後に「サービスするからね!」と一言だけ残して、彼女は奥の厨房へと戻っていった。

 

 

 小さい口でチビチビと果物水を飲むリティーと、酒の入ったグラスを片手に机に突っ伏してしまった戦士。二人を交互に見てから、アクアは疑問を口にした。

 

「もしかしてお二人って付き合いが長かったりするんですか?」

「はい、俗にいう幼馴染と呼ばれる関係に相当しますね」

「幼馴染!? え、えぇ……それなのにあんな事を……? な、なるほど……あの、戦士さん、リティーさんって昔からこんな感じだったんですか?」

「あ〜……まぁ、大体そんな感じだ。ついでに言えば、俺をダンジョンに入れるように鍛えたのもこいつだ」

「へぇ、それは意外ですね。リティーさんってそういうの得意なんですか?」

「超得意ですね」

「超」

「……疑う気持ちは分かるけどな。まぁ、こいつの言ってることは本当だ。シンはどっから仕入れてきたのか分からんような強くなるための情報を沢山持ってるし、それを活用して他人を鍛えるのが上手なんだよ」

 

 訝しげな視線でリティーを見つめるアクアへと、戦士は弁護を行った。それでも納得できないように首を捻っているアクアを見て、気持ちはわかると頷く。

 

「今日みたいな破茶滅茶する事もあるし、冒険者からは何するかわからない爆弾みたいに扱われてるけどな……いや、実際に爆弾そのものなんだけどよ……こんなんでも街の名士なんだよな。いや、本当に……心底納得し難い部分はあるんだが……それでも実績は実績だしな」

「具体的に、どんなことをしたんですか?」

「ん〜……まずな、この街に錬金術を齎したのはコイツなんだよ。開祖ってヤツだな」

「えぇ……!? リティーさんが!?」

 

 アクアは錬金術を見たことがなかった。

 それは王国の魔法学校でもそうだし、これまで旅の途中で立ち寄った諸国の街々でも同様だった。この街に入って、リティーが使用したのを見たのが初めての経験だ。

 

 リティーが凄腕というのは、受付嬢から聞いていた。

 だが、そもそもこの街にそれを広めた開祖というのは流石に想定外の事実だった。学問の祖というのは、文明を与えるという事は、並大抵の功績ではない。ただの平民よりも学問に通じているアクアには、それが痛いほどよく理解できた。

 

「錬金術で作られるポーションが冒険者ギルドに安価に卸されてるお陰で、この街の冒険者の生存率は跳ね上がった。それまでの最高到達点だった32階層を超えて、より貴重で高品質な素材を入手できるようになった。そして、その高品質な素材で更に良質な薬品が作られて……この街の新しい名産品になった。上が潤えば下にも流れる。街は嘗てない好景気を迎えた……なぁ、エリクサーって知ってるか? この街では当たり前に使われている薬が、街の外では伝説の秘薬扱いだ。手足が吹っ飛んでも、それこそ内臓が幾つかやられたとしても。死んでさえなければ全て元通りになる……他の国の冒険者達よりも、俺らは圧倒的に恵まれている。コイツのお陰でな」

「あの、そういうのは本人の目の届かないところでやってくれませんか?」

「なんだお前、照れてんのか?」

「もしかして、酔ってますか?」

 

 戦士は赤ら顔になって、機嫌良さそうに舌を回す。

 勿論、一杯程度の酒で酔うような鍛え方はしていない。リティーに連れられダンジョンで沢山の経験値を蓄えた戦士にとって、場末の酒場で出てくるような薄い酒のアルコールは無毒に近い。

 ただ、酔ったという事にしたいだけだった。

 

「何だかんだいってな、みんな感謝してるさ。勿論、俺だってそうだ。コイツのおかげでダンジョンに潜れて、分不相応に稼げるようになった。エリクサーのお陰でお袋も元気になったし、店も続けられるようになった……いや、もう、ほんと、普段から顔を合わせるのは流石に勘弁してほしいって思ってはいるけどな」

 

 最後に付け加えた言葉は紛れもない本音ではあったが、照れ隠しでもあった。

 この男だか女だかすら分からない非常識な生き物に対して、戦士は間違いなく感謝していた。

 たとえ意味の分からない理由で戦闘に巻き込まれても、スキルで強制的に加害させられても、バーストに巻き込まれて布切れのように吹き飛ばされても、婦女暴行の汚名を着せられそうになっても、それら全てが一晩で起きた事だとしても。

 まぁ、胸を揉みしだくくらいで許してやっても良い。

 そう思うくらいには感謝していた。

 

 アクアは不思議な気持ちだった。あれだけ酷い目にあった直後だというのに、こんな話をしている理由が分からなかった。少なくとも、初対面のアクアに話して良いことのようには思えなかった。

 

 そして何よりも、戦士の独白を聴いているリティーの眉間に……小さなシワが寄っている事が不思議だった。それはまるで、一番聞きたくない言葉を耳にしてしまったかのようだった。

 

「だったら――――」

「わりぃ、酔いすぎたわ。俺はもう寝る、あんま遅くまで飲み過ぎんなよ」

 

「……そうですね、おやすみなさい」

 

 照れ隠しだろうか、リティーの言葉を遮るように立ち上がった戦士は顔を見られないように手で覆って背中を向けた。店の奥へと歩き出した戦士へリティーは声をかけ、戦士は片手を挙げることでそれに応える。

 

 その背中が厨房の奥へと消えていき、見えなくなってから一分ほど経った頃。アクアは確かに、リティーの声を聞いたのだ。

 

 

「だったら、一緒に冒険してくれてもいいのに」




一瞬ですが、日間総合4位でした。嬉しいです。
感想・お気に入り・評価・ここすき、ありがとうございます。

ここすき機能、行ごとに反応が確認できるのかなり発明ですね……。
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