それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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「キャッツ・マジックにより増幅された導力でキャッツ・マジック“エクスプロージョン”を連打、相手は死にます」

“にゃー”

『ぐおおおお……!!』

 

「バーストゲージを全て消費し、メイン装備の“ワンド・オブ・フォルモント”に秘められた力を解放します。『我ら誇り高き夜の狩人、三つの力を一つに重ね、真実の姿を此処に――キャリコ・ワルツ!!』。これで暫くの間は攻撃終了時に自動で導力増幅効果が発動します。それはそれとして、相手は死にます」

“にゃー”“にゃー”“にゃー”

『ぎゃああああああああ!!』

 

「バースト解放時、キャッツ・マジックを使用する毎に上昇する固有バフを九つ消費することで解除不可バフである“九つの命(ナインライブス)”を自身に付与します。これで僕を含むパーティ全体に攻撃力上昇、追撃、攻撃後の自動スキルダメージ、更には基礎能力の不足分を持ち前の明るさでカバーしていた連撃にも補正が入るため、三回連撃も確定しました。相手は死にます」

“にゃー”“にゃー”“にゃー”“にゃー”“にゃー”“にゃー”“にゃー”“にゃー”“にゃー”

『ごあああああああ!! ぐっ、ふんぬっ!!』

「おや、少し耐えましたね。でもごめんなさいね、“九つの命(ナインライブス)”付与時の自動スキルダメージがまだ残ってるんですよ」

“にゃー”

『ぎゃああああああああああああああ!!』

 

 リティーとアクアの潜行(ダンジョン・アタック)は順調に進んでいた。

 

 先頭を譲らないリティーが回転率の高いスキルを回し、魔物を蹴散らす。

 

 何故かオーラのような刺々しい光を足元から噴射していたリティーが謎の口上と共に三匹の猫と合体し、ボスを撃破。

 

 その後は謎の力によって高められた攻撃力を活かしたリティーが雑魚・ボスを問わずに杖で殴るだけで爆殺。一度だけ攻撃を耐えた十階層のボスも、リティーが攻撃するたびに虚空から現れるようになった三毛猫が突撃することで爆散。

 

 ダンジョン中に響く猫の鳴き声がやたら煩いことを気にしなければ、これ以上ないほど順調だった。

 では、もう一人は何をしていたか。

 

 

「うーん……お肉、いや、やっぱりお魚かなあ。この街って大きいから色んな食材が入ってきてるだろうし……名物料理とかあるのかなぁ」

 

 アクアはリティーの活躍を後ろで見守りながら、その日の晩御飯を何にするかに思いを馳せていた。

 戦闘中で考え事に気を取られるのは場合によっては死を招くこともあるが、少なくとも今この瞬間においてはその心配は必要ない。

 

 二人がダンジョンに潜り始めてから、およそ五時間もの時が経過している。最初は周囲を警戒していたアクアも、今となっては集中力が限界に達していた。

 

 あるいは、純粋に現実逃避していた。

 

「アクアさん、そろそろ出番だと思います」

「でもあんまり手持ちが無いから高い店はちょっと支払いが不安かも。夜もやってる定食屋さんみたいな所ってギルドで教えてもらえたりしないかな」

「お腹が空きましたか? 魚料理ならいい店を知っていますよ。ある冒険者の実家で、自前で仕入れをしているから安くて美味しいと評判です」

「本当ですか? 魚……うん、魚。いいですねぇ」

「そうですか。じゃあ、帰りましょうか」

「はぁい…………え? 帰る?」

「はい。ちょうどキリがいいですし、僕も魚が食べたい気分ですから」

「帰る!?!?」

 

 整った顔に間抜けな笑みを浮かべていたアクアは、リティーの「帰る」という言葉に正気を取り戻した。口角から垂れていた唾液をローブの袖で拭き取り、リティーに向き合う。

 

「まだ私なにもしてませんよ!?」

「いえ、もう十階層までの潜行は達成してますよ。これで次回の潜行では十一階層からのスタートになります、おめでとうございます」

「えっ、えっ……? 私、一度も戦ってないのに……? ……これ、私いた意味ありました!?」

「はい、ダンジョンではパーティメンバー全体に恩恵が入りますから。経験値も等分配ですし、ダンジョンから出たらレベルアップ……成長しているはずですよ。一緒に潜行した意味は、あります」

「……? あの、経験値ってなんですか?」

「ご存じありませんか? ダンジョンで魔物と戦うと、ダンジョンの外で戦闘や修練をする以上に強くなれるのです。他の方々はあくまで体感でそういうものだと認識しているだけなのですが、僕はシステム通知でそれが事実だと認識できます。とても簡単に説明すると、ダンジョンに入る前のアクアさんよりダンジョンから出た後のアクアさんの方が強いという事です」

「戦ってすらいないのに成長も何もなくないですか!?」

「しかし、事実ですから」

 

 リティーに告げられた内容に対して、アクアは本日何度目かも分からない叫び声を上げた。どう考えても理屈に合わないそれに、これまで出番がなかった事への不満すら吹き飛ばされる。

 

「納得されていないようですね」

「当たり前じゃないですか!」

「では、納得し易いように説明しますね。アクアさんは魔法使いですから、魔法を使って戦いますよね」

「それは……まぁ、はい、そうですね」

「魔法とは、魔法使いが内包している魔力という不可視のエネルギーを用いて物理法則に喧嘩を売る技術ですよね」

「言い方……いや、そうなんですけど」

「ところで、普通の人は魔力を操るどころか感知することも出来ませんよね」

「そうですね。魔力に対する感覚は貴族の血筋による遺伝です」

「それと同じように、人には感知できないエネルギーを魔物は持っているのです。僕は自身の常識に照らし合わせ、これを“経験値”と呼んでいます。このエネルギーには生命を後天的に強化する作用があり、魔力と違って感知できない人に対しても恩恵を与えるのです」

「あ、あぁ〜……なるほど……?」

「絶命した魔物はこのエネルギーを周囲へと放出します。エネルギーは新しい宿主を探し、近くにいる生命へと自発的に吸収されます。なので、ダンジョンで魔物を倒した冒険者は外の世界で鍛えているだけの人よりも強くなる傾向にあるのです」

 

 リティーの語る理屈は、あくまでリティーにとっての事実であり世間一般の常識ではない。リティーはシステムが“経験値”と表示しているからレベルアップと言っているだけであり、ダンジョン関係者はこの現象を『人間の魔物化』と表現している。

 

「ん? でもそれっておかしくないですか……? その理屈なら死体に近いリティーさんの方に経験値? が集まりやすいんじゃないですか? 等分配は無理なのでは?」

「そこはまぁ、システムがなんとかしてくれました」

「どういうことですか?」

「出来るから、出来るということです」

「納得できない……システムとは一体……」

「ちなみに僕が所属しているパーティはEXPボーナスで通常より五割り増しで経験値を取得できるので、他の方よりも五割り増しで強くなれますよ」

「えぇ……どういう理屈で……?」

「システムがなんとかしてくれました」

「それは流石に贔屓されすぎじゃないですか!?」

「そうなのですが、嫌われるよりはいいでしょう」

 

 会話をしている間も、リティーは足を止めない。ボス部屋の先にあった水晶球へと辿り着き、慣れた様子で操作し始める。

 先ほどボスを倒すまでは発していた半透明の猫型のオーラも消えて、戦闘を重ねるたびに大きくなっていた威圧感のようなものも感じられなくなっている。その姿を見て、本当に潜行が終わったんだとアクアは理解した。

 

「では、ダンジョンの入り口へ戻りましょう」

 

 

「はぁ……なんか疲れちゃいました」

「はい、お疲れ様でした。概ね五時間近く連続で戦闘していましたからね、美味しいものを食べて、お風呂に入ったら、ゆっくり寝てください」

「いや、あの、そうじゃなくてですね。誰かさんのせいで心労がですね」

「大丈夫ですよ」

「……一応聞いておきますね、何がですか?」

「冒険者ギルドの方には僕がちゃんと言っておきますので。今日の潜行に関して注意されることはないと思います、心配は無用ですよ」

「…………はぁ」

「大きなため息ですね。お疲れ様でした」

 

 分かってやっているのか、いないのか。

 アクアの発する強烈なジトッとした視線にも、リティーはビクともしなかった。アクアが疲労しているのはひとえにリティーの無茶苦茶な行いが原因なのだが、リティーはその責任をしれっと冒険者ギルドに押し付けていた。

 

「うおっ、なんだお前……痴女!?」

「は? こんな所に痴女が出るわけ……うわ、なんだコイツ!? ……じゃねぇ! おいコイツあれだぞ! 魔術師ギルドの!」

「お疲れ様です。隣失礼しますね」

 

 ダンジョンの外に出た二人を迎えたのは、入り口の両脇を守るように立つ門番だった。

 リティーの常軌を逸した格好に驚き、その後、痴女の正体に思い至ったことで二重の意味で衝撃を受けている。リティーは片手で空間を断ち切るような動作をしながら、相変わらずの無表情でその場を突っ切っていく。

 

 一定の速度で前進する尻を後ろから眺めながら、アクアもその背中に続く。普段はアクアもかなり人目を惹く容姿をしているのだが、流石にリティーの露出度には叶わない。「どうもお疲れ様です〜」と声をかけた二人の門番に半ばスルーされながらも小走りで進み、先をゆくリティーの()へと並んだ。

 

「リティーさんって、魔術師ギルドにも所属しているんですか?」

「はい。見ての通り、魔術師でもあるので」

「その見た目の魔術師要素は杖だけじゃないですか」

「この格好はキャッツ・ウィザードの伝統的な衣装ですから。分かる人が見れば一目で魔術師と分かりますよ」

「嘘でしょ!? その露出で!?!?」

「キャッツ・ウィザードは呪術の要素も取り入れたジョブですからね。呪術師はローブの下が全裸というのも珍しくないですよ、全裸というのは呪術的にも意味のある装いですから」

「…………世界は広いですね」

 

 アクアは貴族が統治する国、ソロナ王国からやってきた魔法使い(・・・・)だ。ソロナ王国では魔法の台頭によって魔術が廃れて久しく、現在では座学でその歴史を語られるのみとなっている。

 

 元々魔術師であるリティーと比べて、魔術に関しては無知である自覚がある。そのため、リティーの説明もそういうものだとして素直に受け入れていた。

 

 だが、リティーは別に常識を語っているわけではない。彼女の口にする知識はその殆どが攻略wikiから参照したものであり、テキストに書いてあったからそういうものだと受け入れているだけなのだ。

 そもそも、彼女が所属している魔術師ギルドですらリティーが取得するまでキャッツ・ウィザードというジョブの存在を把握していなかった。彼女たちが生きているこの時代において、キャッツ・ウィザードというジョブは一般的ではない。

 

 

「アクアさん、このまま食堂まで行きますか? 少し遅い時間ですが、お酒も提供しているのでまだやっていると思いますよ」

「あ〜、えっと。どうしましょう、一度宿に荷物を置きにいったほうが良いかもしれないですね」

「では、宿まで送りますよ。晩御飯をご一緒して、できれば今後についてもお話させてください」

「……今後ですか? それって――――」

 

 

「そこの二人、止まってください」

 

 和やかな会話と歩みを遮るように、二人の前に武装した集団が姿を現して道を塞いだ。こんな時間に話しかけられると思っていなかったアクアが目を丸くし、リティーが焦点の合わない瞳で虚空を眺めながら口を開く。

 

「話の途中ですが、ワイバーンみたいですね」

「誰がワイバーンですか、誰が」

「冗談です。お疲れ様です、職員さん。こんな遅くまでお仕事ですか。冒険者ギルドも大変ですね」

「誰のせいですか、誰の」

「なんでしょう、人使いの荒いギルド長とかですかね」

「自分の所属する組織の長を公然と批判するのはやめてくださいよ」

 

 物々しい様子で登場した割には穏当な会話だった。

 冒険者ギルドでアクアの登録を担当した受付嬢が、武装集団を率いて先頭に立っている。ダンジョンから出て少し歩いた先で遭遇したあたり、明らかに出待ちしていたのが見て取れた。受付嬢の後ろに控えている面々からは、緊張感のある敵意が二人へと向けられている。

 

 口火を切ったのは、リティーの方だった。

 

「それで、こんな時間になんのご用でしょうか。いたいけな女の子二人を相手にするには、随分と物騒な方々ではないですか。冒険者ギルドはいつから、ならず者を雇うようになったんです?」

「滅多なことを仰らないでください。冒険者ギルドは国から許可を受けて経営している公的な団体です。一定の戦力を所持しているのは事実ですが、冗談でもそのような疑いを口にするのはやめてください……というか、シンさん。貴方の公的身分での性別は男性でしょう。都合のいい時だけ女の子扱いを求めないでください」

「ですが、今の僕は性別:女性ですから。シナリオ上の扱いも女性になりますし、台詞もそれに準じたものに差し替えられます」

「また意味の分からないことを……シンさん、貴方の連れているアクアさんには議会への出頭命令が出ています。アクアさんは冒険者ギルドで登録された身分証がありますので、この要請には従う義務があります」

「えっ……!? 私ですか!? 私、何かしましたか!? ……やっぱり、ダンジョンに入っちゃダメでしたか?」

「直接何かをしたわけではないのですが……魔法使い、という存在に知識のあるものがいましたので。身元を改めると共に、いくつかの質問に答えていただければと思っています。勿論、冒険者ギルドの名において不当な扱いは致しません」

 

 突然、矛先を向けられたことでアクアが狼狽える。この街、ひいては国に対して何かした覚えはない。だが“魔法使い”という言葉を指摘された事で、アクアは自分が何を疑われているのかを薄らと理解していた。

 

「ああ、なるほど。ソロナ王国は侵略戦争で国土を広げてきた国ですからね。しかもエレメンタル・ウィザードは貴族から発現するジョブですから、侵略前の内偵を疑われているのですね」 

「その通りです。議会に席を持つ魔術師ギルドの長から指摘がありました、この意味がお分かりですね?」

 

 得心いったとばかりに頷くリティー。

 実際、ソロナ王国は建国から数百年をかけて周辺国家を併合している。これは紛れもない事実であり、その後の統治の良し悪しに関わらず危険な国であることは間違いない。魔術師ギルドの長はその過程で滅ぼされた亡国に仕えていた元宮廷魔術師という背景を持つため、警戒するのも当然の事だった。リティーはその辺の事情を十分に理解していた。

 

「とはいえ、ソロナ王国からここまで辿り着くには途中の聖国か帝国を通過する必要がありますよね。聖国はソロナ王国に対して侵略行為を抗議する立場を表明していますし、帝国とソロナ王国は相互不可侵の筈ですからどちらも通過できません。それに、いまソロナ王国では新しい領地が増えたばかり。わざわざ遠く離れたこの国まで侵略しにくるとは思えませんが」

「本当に、貴方のその知識はどこから湧いてきているんですかね」

「攻略wikiに書いてありました」

「便所の落書きに!?」

「便所……? んんっ、話を戻しますね。我々も内偵の可能性は低いと思っていますが、それは現場で判断する事ではありませんから。何もなければアクアさんの身分を保証する事にもつながりますし、ご同行願います」

 

 夜遅く、というのが不満ではあるものの。受付嬢の言っていることは、当事者であるアクアにとっても納得のいくものだった。ソロナ王国はかなり物騒な国であることは間違っていないし、魔法使いの中にはたった一人で一国を滅ぼすような化け物もいる。不審の目を向けられたり、疑われるのも珍しい事ではない。

 魚料理の口になってしまったため、リティーとの食事が後回しになるのは惜しい。だが、疑いが晴れた後に食べた方が料理も美味しく感じられるだろう。アクアは完全に魚の口になってしまった自分をそう説き伏せ、追従の意を表明しようとして。

 

『僕も一緒に行きます』

→『そんなの、お断りです』

 

 妙な間を挟んだリティーが、アクアに先んじて要請を拒否した。

 

「……その言葉の意味が、分かっていますか? 悪いようにはしないと言っているじゃないですか……どうして、いつもそうなんですか」

 『だって、アクアは悪くない』

 →『仲間を差し出すような事はしない!』

「あ、あの、リティーさん……? 気持ちは嬉しいんですけど、ここは従っておいた方がいいんじゃ」

 

 何故か急に頑なな態度を取り始めたリティーに、周囲を囲むギルドの関係者どころかアクアですら正気を疑う視線を向けた。どう考えても、ここで敵対する理由はない。それまで理路整然と対応していただけに、急に話が通じなくなった様子に、それぞれが恐怖心すら抱いていた。

 

 リティーが受付嬢、アクア、そして冒険者の面々と順番に目を合わせ。一つ頷いてから、口を開いた。

 

「あの、皆さんすみません。ストーリーの都合みたいなので、とりあえず一度戦闘をする方向でお願いします」

 

「何言ってんですかこの人!? …………いや、本当にどういう事ですか!?!?」

「急に正気を失いましたか!?」

「だから嫌だったんだよコイツに関わるの!! マジでふざけんなよ頭おかしいんじゃねぇか!?!?」

「お願いだから神妙にお縄についてくださいよ!!」

「お前そんなんだから八回も降格処分くらってんだよバカが!! ギルドもさっさと除名しろよこんなやつ!!」

「胸がデカいからって調子乗ってんじゃねぇぞボケが!! 今日こそキャン言わせてやるよ!!」

 

「後でちゃんと回復しますので、許してくださいね」

 

 誰も望まない戦闘が、始まった。





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