それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

2 / 6
1

 

「えいにゃ」「みぃ」「しゃー」

「あの、リティーさん」

「えいにゃ」「みぃ」「しゃー」

「あの、すみません。聞こえてますか?」

「ち○ぽにゃ」

「ちん○にゃ!?!?」

 

 緊張感漂う戦闘の最中に、緊張感のカケラもない声が強く木霊する。酷く間抜けなやり取りとは裏腹に、その二人は危なげなく魔物を狩り続けていた。

 

 猫の鳴き声を模したような、どこか気の抜ける掛け声と共に魔物を虐殺しているのがキャッツ・ウィザードのシン(女)。又の名を、リティー。

 

 そのリティーの後ろで手持ち無沙汰に杖を弄っているのが、冒険者ギルドに登録したばかりの新米冒険者。魔法使いの国であるソロナから遠路遥々やってきた、水魔法使いアクア。

 

 彼女はいま、リティーに連れられてダンジョンへと潜り――。

 

「あのあの、リティーさんが強いのは分かったんですけど……さっきからその……私の出番がないような……」

「はい、そうですね。この辺りは雑魚敵しかいないですから。大体は先頭の僕だけで倒せてしまいますね」

 

 ――立派なコバンザメをやっていた。

 

「えっと、私も攻撃した方が良くないですか?」

「いえ、そのうち討ち漏らしが出ると思うのでそれまで待機していてください」

「いや、でも……さっきからずっと魔術を使い続けているじゃないですか? 疲れたりとかは」

「いえ、魔術は使っていませんよ」

「え? でも……」

 

 えいにゃ、みぃ、しゃー。リティーはその三段階の掛け声のタイミングに合わせて手に持った杖を振り、魔物に向かって斬撃のようなものを飛ばしていた。攻撃を受けた魔物たちはその体に爪で引っ掻かれたような巨大な三本線の深傷を負い、殆ど一撃で生命活動を停止している。アクアの知識に照らし合わせれば、それは明らかに超常の力による現象の筈だった。

 

「あの、さっきから飛ばしているその攻撃は魔術じゃ無いんですか?」

「えいにゃ」「みぃ」「しゃー」「これですか?」

「そうです、それです」

 

 ちょうど角から飛び出してきた新手に向かって、リティーは単純作業のように斬撃を繰り出し、アクアに確認する。首を縦に振り、肯定するアクア。

 

「ああ、これはキャッツ・ウィザードの通常攻撃ですね」

「……?? 通常攻撃、というのは?」

「ようするに、ただ殴ってるだけです」

「…………? 普段使いの魔術って事ですか?」

「いえ、これには導力は使っていません。本当に、ただ杖で殴っているだけですね」

「どう見ても物理攻撃じゃないですよね!?!?」

 

 周囲に敵がいることを考えれば、ダンジョンの中で大きな声を出すべきではない。しかしアクアは目の前で起きている常識外の出来事に声を我慢できるような熟練者ではなかった。

 

「いやいや、どう考えても何らかの術で攻撃しているじゃないですか。全く同じタイミングで魔物に傷が出来てますし、範囲攻撃用の魔術、もしくは呪術による現象でしょう?」

「キャッツ・ウィザードはデフォルトで通常攻撃が全体攻撃になりますからね。目の前に敵が複数体いたとしても、同時にダメージを入れられます」

「……それって魔術じゃないんですか?」

「はい。パッシブスキル……簡単に説明すると、キャッツ・ウィザード時のみ発現する体質みたいなものですね」

「えぇ……体質……?」

「はい、体質です」

 

 常識はずれの理不尽な出来事の連続に、アクアは半ば思考を放棄しつつあった。何となく流されてしまっていたが、そもそもとしてシン(おとこ)リティー(おんな)になったのも普通に意味不明だ。

 

 一つ大きな呼吸をして息を整え、アクアは目の前の少女を改めて観察する。こうして話している間も、リティーは迷うことなくスタスタと一定の速度で足を進めているため、追随するアクアからは殆ど後ろ姿しか見えない。

 

 後ろからでもシルエットが分かる大きな胸と尻、根本の見えない尻尾をフリフリと揺らしている。女であるアクアから見ても、かなり扇情的だった。自分自身の胸を見下ろし、その平原っぷりにため息が漏れる。

 

 リティーは不思議な生き物だった。

 まだ接した時間は短いが、逆にいえばその短時間でも他者との違いが分かるくらいにはリティーは強烈だった。

 

 アクアの通った魔法学校では、決して魔法だけを学ぶわけではない。多数派である貴族と共に少数の平民が教育を施されるあの場所では、内容が貴族向けではあるもののあらゆる学問を学ぶ機会が与えられていた。アクアは熱心に魔法を学んでいたが、それ以外にも沢山の授業を受けていた。基本ぼっちだったので、時間は沢山あった。

 

 アクアは平民として生きてきた経験と、貴族の持つ知識の両方を兼ね備えている。

 

 ソロナ王国では、貴族と平民は殆ど別の生き物として扱われていた。理由は多々あれど、その最も大きな理由として「魔法の才能を持つか否か」が挙げられていた。魔法が使える貴族が土地を支配し、被支配者である平民は普通の人間だった。

 

 だが、魔法使いであるとはいえ。

 貴族たちも一部を除けば、魔法という力を持った人間でしかないように見えた。喜び、怒り、悲しみ、笑う……人間らしい情緒を持った、魔法使いという名の人間だった。

 

 一部(・・)化け物(れいがい)を除けば、そうだった。

 全く似ても似つかないその姿が、リティーに重なる。

 

『卒業したらルナのモノになってよ』

 

 

 

「――あの、リティーさん。聞いてもいいですか?」

「はい、どうしましたか」

「そもそもなんですけど、キャッツ・ウィザードって何なんですか? 学校でも聞いたことないんですけど」

「説明しましょう。キャッツ・ウィザード……それは『暗闇に紛れ、敵を屠るハンター』『三つの姿を持ち、増幅された導力で臨機応変に戦い、あらゆる障害を打ち砕く』」

「へぇ、なんか凄そうですね」

「って攻略wikiに書いてありましたね」

「今の伝聞なんですね……うぃき? って何ですか」

「不特定多数の身元不明者たちによって編纂に編纂を重ねてネットの海に放流された、真偽不明の図鑑みたいなものです」

「それって信用できるんですか……!?」

「便所の落書きですね」

 

 ちょっとした疑問を解決しようとするだけで、新しい疑問が幾つも浮かび上がる。空いた口が塞がらないアクアを鑑みることもなく、リティーは言葉を続ける。

 

「アクアさんは魔術に対する知識はどれ程ありますか」

「実践はしていませんが、一通り一般的な内容は知っています。魔法学校にも魔術に関する研究部門があって、座学は受けられました。でも、触媒の作り方や儀式の方法は習っていません。あくまで、歴史学の範囲ですね」

「ソロナ王国では魔術は完全に廃れていますからね。予備動作なし、触媒なし、体に宿った力一つで奇跡を起こせる魔法使いに対して魔術師は完全に火力負けしていましたから。ソロナ王国が周辺国家を侵略していった過程で多くの秘術が失われたと聞いています。魔法学校に魔術の分野が残っているのも、文化保護の側面が大きいですからね」

「…………よくご存知ですね。この辺りでは魔法使いの事すら殆ど知られていないのに」

「攻略wikiに書いてありました」

「便所の落書きに!?!?」

 

 二人がアホなやり取りをしている間にも、ダンジョンの攻略は進んでいく。会話しながらもリティーは、餓鬼(ゴブリン)と呼ばれる大きなネズミのような魔物をリズム良く倒していた。

 

「キャッツ・ウィザードは古の魔術師たちが十分な研鑽を積むことで与えられた“賢者”の称号に連なるジョブで、呪術としての要素を取り込んだことで利便性を大きく向上させました」

「賢者……なんか、凄そうですね」

「いえ、割と誰でもなれますよ」

「えぇ……」

「生命力を導力に変換できるくらいの熟練度があれば認められたそうですし、魔術全盛期にはそれなりの数がいたとの事です。そして、キャッツ・ウィザードは“黒猫は不吉の象徴”というイメージを付与することで呪術的要素を取り入れました」

「あ、なんか聞いたことありますね。黒猫が目の前を横切ると不吉だ……みたいな?」

「そうですね。実態がともあれ、術に大切なのはイメージそのものなので……ヨシ、見ててください」

 

 戦いながら、話しながら。それでも歩みを止めなかったリティーが突然足を止め、杖を高く掲げる。

 

 リティーの体から不可視の力が溢れ出し、杖を通って光へと変換され、体の周りを囲むように三つの像を生み出す。それは黒色、白色、灰色の三匹の猫となった。それぞれがその場に横たわり、完全に寛いでいる。

 

「これがキャッツ・ウィザードのスキルの一つ、キャッツ・マジック。三種類の猫を召喚し、自在に操ります」

「わぁ……! すごい! とっても可愛い猫ちゃんですね」

「そして通常はこの状態から一匹選び、その猫が持つエフェクトを解放します」

「一匹だけなんですか?」

「はい、そういう仕様なので。これ不人気なんですよね、毎回自分で選択しないとダメだからオート発動できないんですよ……それはともかく、今回は灰猫を使います」

 

 リティーが杖を正面に向けると、それまで体を伸ばして寝ていた灰色の猫が立ち上がり、杖が示した先へと勢いよく飛び出した。

 

「猫ちゃん!?」

 

 猫が向かっていった先にアクアが目を向けると、丁度、それまで倒していた魔物よりも二回りほど大きなゴブリンがリティーとアクアへと向かっている所だった。

 

「猫ちゃん! 危ないよ!?」

「大丈夫ですよ」

「本当ですか!?」

「はい、一撃で仕留めますので」

 

 ゴブリンはネズミのような見た目をしているが、その体はリティーやアクアのような人間サイズを超えて二倍ほどの大きさをしている。いくら猫がネズミ取りを得意としているとはいえ、体格差による不利は一目瞭然だった。猫とゴブリンが接触すれば、勝つのはゴブリンの方だろう。

 

 そう、それがタダの猫であるならば。

 

「キャッツ・マジック――“エクスプロージョン”」

 

 “にゃー”

 

 灰猫は轟音を立てながら、その身を爆弾へと変え炸裂。

 迎え撃とうとしていた大柄のゴブリンは不意を突かれ避けることも出来ず、爆発に巻き込まれて瞬く間に消滅した。

 

「ふむ、流石の火力ですね。事実上ノーコストでこれが出来るのはキャッツ・ウィザードの強みです」

 

 無表情無感動が常のリティーには珍しく、やや口角を上げて満足げな面持ちをしていた。

 そんな彼女の感想を余所に、アクアがその場に崩れ落ちる。

 

「猫ちゃーーーーーん!!!」

 

 アクアのその日一番の絶叫がダンジョンに響いた。

 

 

 

「あの、リティーさん」

「はい」

「その魔術が使いやすいってのは分かりました」

「それは良かった」

「でもなんというか……あのですね」

「はい」

「絵面が最悪なのでもうちょっと何とかなりませんか?」

「ならないですね。演出は固定なので」

「可哀想とか、思いませんか?」

「リロードでスキップできたらいいのに、とは思いますね」

「何の話ですか?」

 

 アクアの控えめな抗議はリティーに通用しなかった。

 魔物が落としたコインや素材を回収しながら、スタスタと一定の速度で歩みを進める。当然、アクアへ振り返ることもない。

 

 可愛い猫が敵もろとも爆発するというキャッツ・ウィザードのスキルは、初見のアクアを心底驚愕させた。「リキャストが短いんですよね」と言いながら同じ攻撃を連打するリティーの、その情の通っていない透き通った瞳は忘れたくても忘れられないだろう。

 

「それにしても、魔物ってこういう感じなんですね。思ってたより普通に生き物っぽいというか、そこまで魔獣と変わらないですね」

「ソロナ王国にはダンジョンがありませんでしたか」

「いえ、昔は魔法学校の地下にあったらしいんですが。私が入学する頃には魔物が出現しないようになっていたみたいでして」

「ああ、なるほど。枯れたんですね」

 

 魔物と魔獣の違いを理解している者はそう多くない。そもそも今の世界で魔物はダンジョンにしか出現しないため、ダンジョン関係者以外は存在自体を知らない者の方が多い。魔獣は普通にダンジョンの外にも出現するため、害獣として認知されている。ダンジョンに潜る冒険者であっても、この二つを区別していない者は多い。

 

 両者とも人間に敵対的であるから討伐対象となっているだけで、実際は全く別の存在であることをリティーは知っている。なぜなら、攻略wikiを読んだからだ。

 

「ダンジョンが枯れるって、よくある事なんですか?」

「いえ、僕の知る限りではソロナ王国だけだと思います。あの国の魔物に対する根絶意識は高いですからね、建国から僅か数百年で自国のダンジョンを枯らしたのは凄いですよ」

「魔法使いって基本的にこう……魔物に対して異常に攻撃的らしいんですよね。私は平民出身で貴族ほど血が濃くないので実感ないんですけど、それでもこうしてダンジョンに入ってからは『何かしないと』って感じてます」

「まぁ、いいんじゃないでしょうか。やる気がないよりは」

「そうですかね」

「ログインだけでもしてもらって、時間に余裕があればちょっと走ってもらいたいところですからね」

「すみません、何の話ですか?」

「義務の話です」

「分からない……! 言葉は通じてる筈なのに……!!」

 

 ダンジョンの中は、まるで古い物語からそのまま飛び出してきたかのような石造りの迷宮になっていた。分岐点もいくつかあったが、リティーは迷う素振りすら見せずに先に進んでいく。

 

 その過程で遭遇する魔物をあっさり倒してしまうので、ダンジョン初心者のアクアは敵を観察することも出来ない。ダンジョンについて知識だけは詰め込んできたものの、実践で活かすにはまだ時間がかかりそうだった。

 

「つきましたね。ボス部屋です」

「此処が……」

 

 アクアが学んだ知識では、ダンジョンは入るたびにその姿を変えるといわれていた。侵入者に合わせて空間を生成し、何処からか魔物を生み出す。その魔物を倒す――絶命させると、魔物由来の素材や価値のある宝物を落とす“事がある”。

 

 なぜ、そんな施設が存在しているのかは分からない。

 だが少なくとも、アクアの出身であるソロナ王国が建国されるよりも以前から存在していたのは間違いない。というよりも、現存する人間の集団のうち大きなもの――国のほとんどは、ダンジョンの恩恵を得ようとした当時の人々が集まった事で形成されたと言われている。

 

「うわぁ、急に緊張してきました」

「そうですか」

「ここまで魔力を温存してきましたし、援護は任せてください」

「そうですね。エレメンタル・ウィザードのスキルは演出が派手で僕も好きですから、期待しています」

「……ん? 演出ですか?」

「はい、やっぱり魔法を使う時にその場でクルクル回ったりするんですかね。杖と拳が得意みたいですし」

「しませんよそんなバカみたいな事!?!?」

「そうですか、残念ですね」

 

 ボス部屋に到達しても、リティーに緊張感は無かった。

 ボス部屋とはいっても、所詮一階層では高が知れているからだ。何が起きても負けることなどあり得ない。なんなら、アクアの手番が回ってくることはないと思っている。

 

 ただ、リティーはやる気満々な相手に水を差すようなことを言うつもりは無かった。普段の態度で勘違いされがちではあるが、それくらいの気遣いは出来るのだ。

 

「じ、じゃあ……いきましょうか! 美少女魔法使いの力、見せてあげましょう!」

「そうですね、行きましょう」

 

 気合い十分。

 リティーを先頭にして、二人はボス部屋の扉を開けた。

 

 

 

「キャッツ・マジック――“エクスプロージョン”」

 

 キャッツ・マジック“エクスプロージョン”には、使用するたびに累積加算される攻撃力上昇のバフ効果がある。この効果は一定時間継続し、一連の戦闘中は引き継ぐ。これまでに使用した回数は、六回。重なったバフも六回。

 

 一階層程度のボスに耐えられるものではなかった。

 

 

「私の出番ーーーーー!!」

 

 リティーの開幕の攻撃によって、ボスは爆散した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。