18-9 正しい復讐
アニッシュが正体を言い当てたために、石油に目に見える構造変化が現れる。
恐竜の形を模していた黒液が一斉にドロりと溶けてしまう。虚像は失われていき、残留したのは花の部分だけだ。
原始の恐竜世界は突然に、有毒な花園へと置換された。
扶桑で見た花園は遠目に見る分には美しかったというのに、同じ花が群生している光景でもこちらは魔的な色合いでしかない。
「役目は終わったようだな。戦力ではない余は帰還させてもらうとしよう」
「ああ、助かった。ウィズ・アニッシュ・ワールドに戻ってくれ」
「……ちょっと待つのだ。何やら余の名前が勝手に付けられてお――」
待機状態にあった炎のゲートに吸い込まれて、一仕事を終えたアニッシュは心地良さそうに自分の世界へと戻っていった。代打として完璧な仕事である。
願いを叶えて炎の噴出を止めた黒八卦炉の宝玉を掴む。と、背後へと振り向いて空高く放り投げた。
放物線を描いて赤く不穏な空を飛んでいく球体を口で加えてキャッチするUMAならぬ馬。
「ほら、お前の目的はこれだろ。前払いだ」
玉龍は愛想悪く尻尾も振らない。
裏切りの発覚した玉龍であるものの妖怪勢力とは別の思惑で行動している。俺達の排除を主目的としている訳でもなさそうだ。衛星軌道から落下する俺を牛魔王へとぶつけるようにコースアウトさせたのにも意図がある。
「御母様と俺達をぶつけて消耗させている? まあ、今は互いに利用させてもらおうか。ユウタロウの黒八卦炉の宝玉を渡した代わりに、お前を含めた黒八卦炉の宝玉四つ、全部使わせてもらおうか」
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▼黒八卦炉-壱 所在:???
▼黒八卦炉-弐 所在:金角
▼黒八卦炉-参 所在:金角
▼黒八卦炉-肆 所在:???
▼黒八卦炉-伍 所在:未発見
▼黒八卦炉-陸 所在:???
▼黒八卦炉-漆 所在:ユウタロウ → ???
▼黒八卦炉-捌 所在:金角
▼黒八卦炉-玖 所在:???
▼黒八卦炉-拾 所在:金角
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玉龍の馬体が炎に包まれて見えなくなると、小さな球へと変化していく。肆の文字が浮かぶ黒八卦炉の宝玉へと変化していく。
肆の黒八卦炉の宝玉は衛星のごとく回る、壱、陸、玖を連れ立ってゆっくりと下降してきた。俺が願いを叶え易いように、地上一メートル付近で静止する。
起動可能な四つの宝玉。図ったような四の数。
「皐月、アジサイ、落花生、ラベンダーの四人に勝利を託す。未だに残る天竜川の悪縁を、現在の魔法使いに晴らしてもらいたい」
願いは即刻受理された。
四つの宝玉は等間隔に間を開いてから黒い炎を噴出させて、世界と世界を繋ぐ炎のゲートを形成する。
「やっぱり、石油の魔王が相手のようね。全部、私が燃やしてあげましょう」
「全員、下着は地球で脱いできた? 私は脱いだ」
「いつもながらに破廉恥です、アジサイ。自然素材を選んできたです」
「落花生は全身複雑骨折していたのだから、もう少し療養していても……」
紅い袴の炎の魔法使い。
青い着物の氷の魔法使い。
何故かミイラのように包帯を巻いた雷の魔法使い。
紫のタイトドレスの土の魔法使い。
「来てくれたかっ」
「呼ばれたからには飛び出してあげたわよ。ついでに、じゃじゃじゃじゃーんとでも言ってあげましょうか、御影?」
やけに張り切っている皐月が炎のゲートから抜け出て黄昏世界に下り立った。他の三人もやる気十分である。
「『魔』は満タンにしてきたから、ギルクなら数万体は消し炭にできる」
「……何故にギルク?」
「さあ? ただ、何故か久しぶりにアイツの顔を思い出してムカついた。どうしてかしらね」
皐月とユウタロウは絶対に会わせないでおこう。チャーシューになる友を見たくない。
「で、私達全員を一度に呼んで戦わせたい相手は、目の前の黒い花畑? 聞いていた石油とは形状違うけど」
「『正体不明(?)』を逆手に取って弱体化させてやった。とはいえ、総量は変わらない。毒性も強いから近づくのも駄目だ」
「私達で勝算はあるの、兄さん?」
「というよりも、天竜川の魔法使い以外には勝算が無いが正しい。見かけはともかく、アイツの半身は過去の天竜川魔法使い、ヒガンバナだ」
石油の『正体不明(?)』スキルの半分は意味を失った。アニッシュのお陰で弱体化に成功したと言える。
けれども、戦闘能力的にはまったく見劣りしていない。下手に弁慶の泣き所を突いたために本気を出すだろう。
『跪けッ』
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“『人類平伏権』、復讐するべき人類に形だけの謝罪を強制するスキル。
視界内にいる人の類に平伏を強いる事ができる。一度平伏させた相手に対しては一時間のインターバルが必要となる”
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音ではないのに耳へと響く石油の声質が半分くらいは女性のものへと置き換わっている。人間的になったと言える部分はあるものの、声に込められた怒気はより激しくなっている。
『報復だ。報復してやる。報復しかないッ。私達に死と畜産動物の宿命を背負わせたすべてに復讐してやる。主様が憎いッ。首謀者だからだ。月桂花も憎いッ。裏切り者だからだ。人類も憎いッ。私達だけがどうしてモンスターの贄となって殺されなければならない。全員が同じ苦痛を味わって、喉を詰まらせてから死ねッ!!』
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“『人類報復権』、復讐されるべき人類に報復するのは当然のスキル。
人類に対して、スキル所持者が報復を決意させた苦痛、侮蔑を追体験させるスキル”
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少女達の悲鳴が頭蓋の内側から響く。慰み者となった過去の天竜川の魔法使い達のエンドロールが垂れ流しされているのだ。
強制的に土下座させられていなくても立っていられなかっただろう。眩暈と過去の映像が混ざり合って戦闘できる状況ではなくなった。人類復讐者職のスキルが牙を剥く。
ある程度の事情を知っている俺でも辛い。悲惨な末路を見せられる事もそうだが、助けられなかった者達の末路を見せつけられる事が何よりも辛い。
「いいや、私が自ら抹殺してやる!! 毒花の魔法使い、ヒガンバナ。万物を毒す」
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“『人類抹殺権』、復讐されるべき人類は抹殺されて然るべきスキル。
相手が人類の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、人類はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
“取得条件。
人類に復讐するべき権利がSランクまで高まり、人類抹殺に乗り出す”
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そして、ついに発揮されるのは人類復讐者職のSランクスキルだ。最悪、即死級の効果も想定していただけにパラメーター激減と体の震えで済んでいるのは不幸中の幸いか。自らの手で抹殺するためのスキルという事なのだろう。
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▼御影
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“ステータス詳細
●力:280 → 2
●守:130 → 1
●速:437 → 4
●魔:101/122 → 1/122
●運:130 → 1”
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百分の一という補正には既視感を覚える。普段、俺と対峙した魔王はこんな悲惨な状態の癖して抵抗しているのか。やっぱり魔王は始末してやらねば。
『私達の不幸を知れッ!!』
石油の主体性はヒガンバナに掌握された。その証明に、咲き乱れる黒いヒガンバナが交わって重なって、巨大な女性の体を作り上げていく。悪霊魔王に堕ちてカルマ値最大な頃の自分を見ているようで、一瞬、脳内の悲鳴を忘れて恥ずかしくなった。
「人類復讐者職のスキルを乱発か。まあ、読めていた行動でしかない」
石油をヒガンバナとする作戦を実施するからには、ヒガンバナがどう動くかまで織り込み済みだった。
「ヒガンバナ、お前の復讐心は正しい。ただし……ここにいる四人は復讐の対象外。何故ならば、彼女達は天竜川の魔法使いだからだ」
『――――はぁ?』
「前に言っただろう、俺が天竜川を救ったと」
『嘘、だ。妖怪の嘘に違いないっ』
「ヒガンバナの復讐心は正しいはずだ。正しく天竜川の魔法使いを見抜けなければならない」
ヒガンバナが復讐者となった場合、彼女の復讐対象の唯一の範囲外がここにいる四人だ――細かい事を言うと皐月とアジサイに憑依し続けている悪霊がいたりするのだが、生者だけでカウントして四人とする。
現役の天竜川の魔法使いだけには、ヒガンバナのスキルは効果を発揮しない。
「どういう経緯か分からないけど、ヒガンバナって大先輩がオコなのよね、御影?」
「思いっきり頬を叩いて正気に戻してやってくれ、皐月」
「分かったわ。思いっきりの七節でぶっ叩いてやる!」
あ、あの。頼んでおいて今更であるが、黄昏世界を壊さない程度の範囲で頼むぞ。