18-1 終わる世界に始まる決戦
妖怪、および、混世魔王の同時襲撃は失敗に終わり、天竺の防衛に成功した。避難民を乗せた宇宙船の被害は軽微であり、航行に関して支障はない。黄昏世界の箱舟は守られたのだ。
「……破損により地上との接続が断たれて物資搬入ができなくなったが、既に規定量の積み込みは済んでおる。そこは問題ない。が、金角を逃がしてしまったのは重大だ」
戦闘が終息した直後だというのに女神嫦娥に呼び出された俺は、SFスペースな玉座へと通された。
本当に直後のため、他のパーティーメンバーは揃っていない。スノーフィールドは捕虜扱いのユウタロウの監視を優先――牢屋にでも連れていくかと思えば治療室へと満身創痍なユウタロウを引っ張っていった。黒曜と紅は軌道エレベーター破損により到着が遅れている。
つまり、俺と嫦娥が一対一で向かう状況だ。
「黄昏た女による報復がいつ開始されるか分からん。備えはあっても、あの女が狂気に染まれば耐えられるものではない。我も、避難してきた人類も、お前達も、すべてが燃えてしまうであろうよ」
「急いで呼び出したのは、黄昏世界終了のお知らせのためだけか?」
「……まあ、そのようなところだ」
俺の軽口に対して溜息しか返してこない嫦娥。本当に弱っているようだ。
「最新の観測結果だ。恒星の膨張率が急激に上がっている」
悪い知らせは重なるものらしい。宇宙を写していた玉座の背景が不透明化して、その後に映し出されたのは惑星系の中心、嫌に赤い太陽の望遠映像だ。
「一時的な膨張ではなく継続した膨張だ。割合的には微々たるものであっても、臨界点を超えた途端に一気に倍化していく」
「ッ!? 御母様の膨張が始まったのか」
「あの女の寿命がついにきたと見て間違いない。明日とは言わんが、十日以内には膨張を開始して、黄昏世界の公転周期よりも大きく広がる。この世の終わりだ」
慌てて俺も『カウントダウン』を発動させて確認した。
薄い財布や桁の減っていく通帳の残高をチラ見するよりも重い気持ちだ。見るたびに憂鬱な気分になる世界終了までの砂時計であり、見たところで何かが改善される訳でもなくやはり憂鬱になるだけなのだが、それでも見ない訳にはいかない。
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“●カウントダウン:残り五日……、六秒……、一秒……、七時間”
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しばらく観察してみたものの、残り時間が十日を上回る事がなくなっている。値の振れ幅が小さくなっており、近くゼロへと収束するだろう。
嫦娥が溜息を繰り返すのに酷く同感だ。
せっかく天竺へと辿り着き、せっかく御母様と戦うための同盟が結べたというのに、どうしてこうもうまくいかない。
「無事に脱出できるとは思えんが、天竺は出航準備に取りかかる。仮面の救世主職、お前はどうする?」
世界の終わりを突き付けられて、どこかの内臓が縮こまるのを強く感じた。
正直に言えば頭を抱えて部屋の隅で体育座りをしていたい。あるいは、最後の晩餐をコンビニへと買い出しに向かいたい。数百円高いだけの食品を避けてお手頃価格なチープな食事ばかり続けていた己の人生を悔いながら、それでも最後も生き方を変えずに、塩握り飯と味噌汁を食べてご馳走様でしたで締めくくりたい。
どれも叶わない、とても恵まれた終わり方だ。
「……二時間。いや、一時間だけ休んだら出撃する。天竺の安全な出航のために、御母様を討伐する」
金角を逃がしてしまった所為で穏便な出航は不可能になった。
であれば、積極的に敵を攻撃して天竺の出航を助ける。一人も助からない事態だけは避けなければならない。
「御母様のいる灼熱宮殿の場所は分かるな?」
「この状況でも行くというのか……」
「行くしかないだろ。俺が暴れて敵の目を引きつける。もう救世主職ではないんだが、敵は俺を救世主職だと勘違いしたままだ。なら、まず狙ってくるのは俺の方だと思いたい」
希望的観測を多分に含む。俺一人が目立ったところでどれほどの意味があるだろう。
「――だったら、俺も連れて行け。俺は正真正銘の救世主職だ」
玉座に入ってきた黒曜が俺の隣に並んだ。
帰ってきたばかりだというのに、そんなすぐに玉砕必至の殴り込み作戦に志願してくれなくてもいいというのに。
「黒曜、すまない」
「もっと気の利いた言葉はないのか?」
「そうだな、ありがとう」
志願を断るような贅沢はできない。歴戦の救世主職たる黒曜の参加は必須だ。
「――俺を忘れんじゃねぇぞ。灼熱宮殿にはクソ親父もいる」
黒曜が昇ってきたという事は、一緒に戦っていた紅も同行しているという事だ。
「紅も来てくれるのか」
「止めんじゃねぇぞ。……家族の問題に決着をつけるなら、今しかねぇだろ」
「そうだよな」
たった三人。されど三人。これが現状のベストメンバ―だろう。
「足手まといなファザコンは来るな」
「そっくりそのまま返すぞ、ファザコン!」
……本当にベストメンバーだろうか。不安が高まる。
世界滅亡が迫ったために準備不足のまま決戦に挑むしかない。が、太陽神に戦いを挑むのであれば誤差みたいなものである。
準備不足の不安よりも、金角のタレコミによって御母様が先に動く事の方が問題だ。
「灼熱宮殿への突入艇は準備させておこう。気が変わったのであればいつでも言えばいい」
一時間の休憩の後、俺達は引き返せない戦いへと飛び込む。
……という感じに格好つけて三人でカチコミを入れると決めてしまったが、若干一人を忘れていた訳ではない。元々、村娘を最終ダンジョンへ連れていくつもりがなかっただけである。
「クゥは置いていく。正直、村娘では実力不足で灼熱宮殿の戦いについてこれないと思う」
防衛戦が始まる前にも問答があったが、クゥにはそう伝えていた。撤回するつもりはない。
固い決意を決めている俺を、何故か後頭部を掻きながら申し訳なさそうに――でありながら白けた感じに――見詰めているダークエルフ。義娘を自称する不審な点の多いエルフだと前々から思っていたが、今は一段と不審である。決戦を前にどうしたのだろう。
「そのな、ぱぱ。……あの村娘は消息不明、行方不明だ。残念だが発見できなかった」
俺は目の前が真っ暗になった! ユウタロウに何度も殴られた後遺症だろう。