18-2 灼熱宮殿襲撃
気絶という名の休憩は予定していた一時間を超えて三時間も経過していた。
寝ている間に恒星レーザーで狙撃されてお陀仏していた可能性もありえただけに、起きた瞬間から血の気が引く。こんなのは大学受験に向かうバスの中で受験票が見つからなかった時以来の恐怖である。
「急いで出撃――」
「もう少し休んでいろ。お前でも働き過ぎだ」
どこかのベッドに寝かされていたのか。黄昏世界では珍しい清潔な布団に清潔な部屋だ。
体感では秒の睡眠であったものの体の疲労はかなり和らいでいる。当然ながら絶好調には程遠い。けれども、少ない時間でよく回復できた方だろう。
跳ね起きたままにベッドから立ち上が――ろうとしたのだが、それを制してきたのはオークの野太い腕だ。
「ユウタロウ。どうして邪魔を」
「休んでいろと言った。お前は第三陣だ」
「……第三陣??」
「全滅するかの瀬戸際をお前一人に任せられると自惚れるな。全員が生き延びるために必死になっている」
ユウタロウは鎧の装着に忙しくて返答は片手間だ。天竺のカエル兵が装着しているのと同じモデルのラージサイズを丁寧につけている。
「俺は第二陣だ。灼熱宮殿の禁軍を外へと誘引する第一陣。灼熱宮殿へと直接攻撃を仕掛ける第二陣。そして、灼熱宮殿へと突入して管理神へと挑む本命の第三陣」
「正面から挑むなんて無茶だ。数が違う。勝つには奇襲しかない」
「天竺の謀反が気付かれている攻撃が奇襲になるものか。防御を固めた敵本陣にお前を送り込むには、一枚一枚皮を剥がすしかない」
俺が眠っている間に既に第一陣は出撃してしまったらしい。作戦は今更変更できない。
「幸いとは言えないが、黄昏世界の妖怪は魔界の魔族程に多くない。第一陣は禁軍の誘引に成功している。お前の女共も少しは役立つらしいな」
「黒曜達はもう戦っているのか」
再度、立ち上がろうとした俺をユウタロウが力業で押さえつけてくる。払い除けようとしたのに、異常な『力』に敗北してベッドの上だ。いや、というか力が強過ぎてめり込んでいる。
「は、肺が潰れる。た、助け……」
「だから休んでいろ。時が来れば嫌でも出撃する事になる。敵は妖怪だけではなく、混世魔王も残っている。あの不定形型が出てくればそれだけで戦線は崩壊するだろう。作戦は常に流動的だと思え」
「ギブ、ギブギブギブ」
「……今更だが忠告しておこう。お前は村娘と向き合え」
そうだった。
決戦前だというのにクゥが行方不明になったという重大事件が起きた所為で俺はシャットダウンしたのである。
クゥと向き合えというからには、俺が寝ている間に発見したのだろうか。こう期待してユウタロウの顔を見る。
「だから向き合え。あの村娘の正体は……ぐッ」
“――禁則なり。禁則なり。天の理に従うべし。汝のソレは禁則なり、許しを得てはいない。苦痛という罰則にて禁則を守らせるが、緊箍の役割なり”
突然の片頭痛を発症し、ユウタロウがこめかみを分厚い手で押さえた。
「あの村娘め、俺も束縛していたか」
「ユウタロウ?」
「誰彼構わず口封じ目的に縛るとは村娘も余裕がない。しかし、であればこそ分かり易い行動だ」
「独り言を言っていないで、教えてくれ」
「独りで考えろ。これまでお前は考えない事によって無意識的に破局を避けていたようだが、もう時間切れだ。俺の時もそうだったが意識的に無意識を貫いても解決しない。仮面の裏で目を逸らし続けるのは諦めろ」
ユウタロウの心臓を刺すような指摘に、脈拍が高くなっていく。
クゥと向き合うと考えただけでも背中が汗でびっしょりだ。
何せ、もしクゥが村娘でないとすれば、クゥは――。
「まあ、孤立した先で結成したパーティーメンバーの過半数の脛に傷があったとなれば仕方のない面はある。迷惑をかけた分、時間は稼いでやる。村娘のためにも最後の休憩を有意義に使え」
俺は酷く動揺しているというのに、装備を整え終えたユウタロウは薄情にも部屋の外へと向かってしまう。
入口付近にはいつの間にか巨大なカエル女、スノーフィールドが控えていた。
「行きますわよ。準備はよろしくて?」
「問題ない。行くぞ、スノーフィールド」
「ええ、頼りにしていますわ。ユウタロウ」
違和感というか疎外感というか。何だろう、この二人の間に奇妙な感情を覚えるのはどうしてか。二人で並んでいると通路が絶対狭くて詰まりそうだというのに、そんなヘマはしていない。カエルとオークの異種間に言葉で語らない信頼感がなかろうか。
ただ一人、ベッドに残された俺は微妙に寂しい。
ふと、布団の上に投げられたのは優太郎ファイル。
「それでも読んでいろ」
『暗器』の空きを作るために置いておいたものだ。
妖怪Wikiや太陽が膨張するという重大情報が書かれていたものの既に鮮度は低い。投げ渡してきたユウタロウに何を読めというのかを聞こうとしたものの、既に部屋から出てしまっていた。
天竺第一陣は成層圏からの降下奇襲作戦を開始し、灼熱宮殿を守護する妖怪軍を襲撃していた。
世界の荒廃、五十年前の反乱、欲望のままに桃源や天竺への遠征を繰り返して消耗。結果、妖怪軍は規定数を割っている。多く見積もっても八千程度か。
御影が各地の上級妖怪を討伐した影響も大きく、装備を着込んだだけの練度の低い兵が大半だ。
量、質共に低下しているが、何より問題になっているのは士気だろう。
妖怪軍は油断していた。今更、管理神たる御母様の寝所を本気で攻め込んでくる馬鹿がいるとは思っていなかったためだ。ズル賢さだけが長けた妖怪に、胆力を必要とする防衛戦を任せるのは無理があった。
「御母様の直属軍ってのはこの程度か。引き剥がすどころか敗走させてしまうぞ」
「雑兵は端から気にしていねぇ。問題は、バカ親父だ」
最前線で戦う黒曜と紅のバディが相対するのは、動く白き山だ。
「……この手で娘を誅せというのか」
顕現済みの牛魔王が、壁ならぬ山となって立ちはだかるのだ。
天竺第二陣は時間差で降下作戦を敢行。妖怪軍が動いた事によって生じた空白地帯へと降り立った。
灼熱宮殿は視界に入っている。
山一つを刳り貫いた建造物こそが、灼熱宮殿。大きさでは妖怪の都に劣るものの、一つの建物としては黄昏世界最大のものになる。名前負けしている事に燃えてはいない。火焔山のように燃えていても居住性が悪くなるだけだ。
太陽の化身たる御母様が一時の眠りにつく。本来はただそれだけの場所だったはずが、今では灼熱宮殿こそが黄昏世界の中心になっている。
太陽系の中心には恒星がある。恒星の周りを星々は回っている。ならば恒星の神の居場所こそが、世界の中心だ。
「ふん。呪詛に塗れたここが世界の中心などと、魔界が形無しではないか」
「地の底から滲み出てきます。構えてください」
枯れた大地にドス黒く血のごとき粘度を有する水が染み出している。
S級復讐者職、混世魔王、真の名前、石油は一つでも多くの命が燃え尽きる事を望んでいる。灼熱宮殿に近付くすべてを呪わんと地より姿を現していた。
そして、皆が目指している先たる灼熱宮殿。その最奥。
明らかな反乱が起きていながら未だ動きを見せず、沈黙を貫く御母様は何をしているのか。
「金よ。此方の願いは叶うのであろうな。そうであろうな?」
「その通りです、御母様。御身の悲願はこの金角が叶えてみせましょう」
「ああ、ついに我が子が蘇るのですねっ」
反乱などまったく気にしていなかった。
そのような些事など完全に放置である。聞こえてはいても耳に入ってはいないかもしれない。
何せ、金角が十姉妹を蘇らせるという吉報をもたらしたのである。
「ああ、ああっ! 愛しい我が子」
多少でも正常な心が残っていれば、突然の金角の話を疑ったはずだ。少なくとも方法くらいは訊ねたはずである。
けれども、もう御母様にそんな正常性は望めない。惑星系全体を焼失させる程の力に満ちていても、彼女は既に寿命なのだ。
「願い叶えた暁には、この金角に御母様の全能のすべてを。弟を殺した怨敵をこの手で復讐し、惨たらしいという言葉さえ生温い苦痛を味わわせる力を。金角を管理神に昇格いただけるようにお願い致します」
「ええ、ええ。娘達と触れ合えるのであれば管理神の資格だろうと太陽の運営だろうと、すべてを与えましょうとも」
弟を失った金角が用意した逆転の秘策。それは御母様より力のすべてを受け継ぐ事だ。
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“『世界をこの嘘言で支配する(金の特権)』、嘘を極めた怪しげなる存在のスキル。
自分以外の嘘が成立する常時発動スキル。
自分の嘘を許容しないかわりに、他人の嘘をすべて許容する”
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金角の嘘を成就させるスキルは、御母様の叶うはずもない嘘さえも成立させるであろう。