17-10 銀角3
「宝貝、『幌金縄』! 不埒な救世主職を捕えよ」
銀角は縄型の宝貝を取り出して黒曜へと投擲する。
蛇のごとき瞬発力で腕に絡まってきた宝貝であるが、『速』に優れる黒曜はどうにか避けた。
ただし、銀角の狙いは黒曜の拘束ではなく、奪われた瓢箪の回収にあったのだろう。縄を操って瓢箪を巻き取ると奪い返していた。
「二つしかない貴重品だ。返してもらうぞ」
「しまったッ」
「黒い救世主職。《この俺を倒せなくて残念だったな?》」
――銀角はさっそく、取り戻した紅色の瓢箪の口を黒曜へと向けている。
返事を渋った黒曜の体は、瓢箪から発せられる突風により晒される。
返事をした者を吸い込む宝貝の機能の改竄、逆転。それによる吹き飛ばし。途中にあった柱に背中を打ち付けながら壁際まで黒曜は飛ばされた。
「『幌金縄』、今度こそ捕えろ」
再度、投擲された縄が負傷した黒曜へと伸びていく。衝突により肺を強制圧縮されて一時的な酸欠に陥っている黒曜はまだ動けない。
「俺を忘れてんじゃねぇぞ、オラッ」
建物の大黒柱のような構造物を引き抜いた紅が、伸びる縄を叩いて黙らせた。
「シャキっとしやがれ、沙悟浄女っ」
「闘牛女に言われるまでもない」
紅のフォローに救われた黒曜は口元の血を拭ってから立ち上がった。
黒曜と紅の連携はこれ以上なく機能している。並の妖怪、魔王相手であれば既にケリがついているし、実際、銀角は何度も死んでいる。が、謎の不死性を見せる銀角は未だに健在だ。
二人はまだ戦えるが、不死身の銀角相手ではジリ貧だろう。
「魔王連合でもないだろうに。どんな仕掛けを使っている」
「スピキュールでぶった斬っても死なねぇんじゃ、俺は正直お手上げだ。沙悟浄女に次の策はねぇのかよ?」
「銀角の魔王城の性質は、相手の行動を嘘にする、というものの可能性が高い。城主が死んでも発動するというのは性質が悪辣だ。城の中にいる限り、銀角は無敵だろう」
「おうおう、戦いの最中に立ち話とは余裕だな。――妖術“招来須弥山”急急如律令」
隕石でも突っ込んできたのだろうか。床をぶち抜いて出現した巨大な岩石が二人を襲う。軌道エレベーターの破損が激しいと思えば、銀角は攻撃性ある妖術を用いるらしい。
「だったら、魔王城から銀角を追い出すしかねぇか」
「《俺相手に、できると思うか?》」
遠ざかれば妖術で攻撃し、近づかれたなら宝貝で吹き飛ばす。銀角の戦法は安定していた。
黒曜と紅は共に攻め手を失ってしまっている。
ここは俺が加勢したいところであるが……銀角の行動にはやや疑問があった。観戦していて気になった。安易に姿を見せる前に考えるべきだ。
「金角はどこだ??」
兄弟妖怪の弟しか戦っていない。
必ず二体で戦う奴等ではないが、いつも二体は近くにいた。金角が予備戦力として温存されているとすれば、兄弟妖怪にはまだ余裕がある事になる。
まずは金角を発見しておきたい。
気配を隠したまま探索を開始する。とはいえ、最悪の場合は黒曜達の応援に入るため、片目は戦場に向けられたままという器用さが求められる探索だ。
「……よく耐えているし、反撃もしている」
紅が投擲した剛速球――鉄骨――が銀角の腹に刺さった場面を目撃する。
「それでも銀角は復活する」
心臓を貫通した鉄骨を平気な顔をしながら抜いて捨てる銀角。キツネの大きな口がニヤりと笑っていた。
「嘘は俺達兄弟の特権なれば、どのような攻撃も無駄に終わる。お前達がどれだけ俺を殺そうとも、どうやって殺そうとも、“死んだ”という真実を“死んでいない”という嘘に置き換えればすべてが帳消しよ」
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“『世界をこの嘘言で支配する』、嘘を極めた怪しげなる存在のスキル。
他者の発言、行動を嘘に置き換える事が可能な任意発動スキル。
過去に行われた出来事への干渉や、魔王城外への干渉は不可能なものの、魔王城内において使用制限はない”
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これが銀角魔王城の性質らしい。
真実を歪める事による不死性の獲得。こう言えば超常的であるが、チート行為としてはありふれている。無敵モードみたいなものだ。
「お前達の行動はすべて嘘になる。どこまで無駄な努力が続くか見物よな」
……何かおかしさを感じた。
銀角魔王城の効果が真実を嘘に変更するものであるのは、おそらく正しい。妖怪らしい嘘にまつわる効果なので納得感はある。
だが、相手の行動をすべて嘘にできるなら、もっと簡単に銀角は黒曜達を倒せてしまえないだろうか。
一度、塔の外へと退いていった巨大岩石が、別方向から突っ込んできた。俺が隠れている付近だったので肝を冷やしたもののどうにか範囲外へ逃げ込む。黒曜はバックステップしながら滑り込んでくる岩を俺よりもスマートに回避した。
「回避した事を嘘にしてしまえば、直撃させられるはず。できないのか??」
隠された制約はあって当然か。馬鹿正直に己の弱点を明かす奴はいない。
だとしても疑問が残る。効果を一部だけとはいえ開示する理由がない。力を誇示するために能力をご丁寧に説明してくれる輩もいなくはないが、本来は敵に能力を知られる事はデメリットしかない。
説明する理由があるとすれば、そう思わせたいから。
虚偽を語り、そう思い込ませる。
「ありえるな、妖怪なら」
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“『嘘成功率上昇』、怪しげなる存在の姑息なるスキル。
嘘の成功確率が上昇する。言葉巧みささえ不要となる。
本スキルを突破するならば、確信を持って打ち破る他ない”
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“『世界をこの嘘言で支配する(銀の特権)』、嘘を極めた怪しげなる存在のスキル。
自分の嘘?????する常時発動スキル。
他人の????せず、????ない。
過去に行われた出来事への干渉や、魔王城外への干渉は不可能なものの、魔王城内において制限はない”
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「銀角が明かしている程の性能は魔王城にない。どこかに嘘が紛れている」
嘘をついているのは嘘をつかないといけないレベルの性能しかないためだ。何もせず黒曜と紅を圧倒できるのであれば、既に二人を倒している。
俺達は魔王城を恐れ過ぎたのだ。もちろん、侮れはしないが、正しく恐れてさえいればマッチも包丁も魔王城もそう変わらない。
銀角の言葉のどこが嘘なのか。
第一候補は、他人の言動を嘘にする、という部分だろう。
「だとすれば、銀角魔王城の真の効果は何だ。嘘が関連しているのは間違いないはずだ」
銀角に関して嘘ではない部分は、不死、という点だ。
嘘と不死。どう組み合わせれば成り立つ。
「……まさか、な」