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黄昏の私はもう救われない  作者: クンスト
第十七章 天へと届く虚言の城
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G-1 誇り高きオークの受難

 自分が何者なのか。

 そんな疑問さえ覚える前から武器を握り、魔界を駆けていた。

 どこぞの腹から生まれたのは確かなのだろうが、誰が親かなど分かったものではなかった。育児放棄などという生易しい言葉は集落にはなく、勝手に喰って勝手に死ね、という実に清々しい生き方を教え込まれている。


「親だぁ? 親父はとっくの昔にくたばっただろ。情けねぇ死に際で、人間族に背中をブスリだ。情けねぇ。お前もそんな死に方だけはしてくれるな」

「母方はどうだ?」

「奇妙な事ばかりきやがる兄弟だな。オレ等、オークの母親なんてものは、メスオークかメス人間族か、メス魔族か。分かったもんじゃねぇよ」


 そういうものだと兄弟より教えられた。兄弟というが、おそらくは異母兄弟だ。母親は結局分からない。

 特段、落胆はない。

 疑問は覚えない。

 自分はそういう生き物なのだと分かれば十分なのだ。


「オークとは何だ?」

「たく、質問ばかりかよ」


 面倒臭そうにであるが、気まぐれに異母兄弟は答えた。



「オークは戦士だ。どの種族よりも勇敢で、大喰らいで、たくましい戦士の種族だ」



 自分が何者なのか。なるほど、戦士とは悪くない答えだ。


「いや、戦士たる親父は結局、人間族に殺されたのだろう?」

「死んだオークの話はするんじゃねぇッ。どいつもこいつもオークを馬鹿にしやがって! オレはいつかすべての種族を見返してやるつもりだ。……その証明に明日には北の森に出向いてやる。討伐不能王とかいうフザけた名前の魔王がいるらしいが、力試しには丁度良い相手じゃねぇか」


 北の森と言えば、近寄る者の多くを捕食する謎のトレントを発祥とする魔王の領域だ。

 トレント時代にあった変わった性質は今も変わっておらず、何らかの力を見せた者であれば認めて体を癒し、そうでなければ根を突き刺して体液を吸いくす。力試しにはもってこいの魔族であるため、血の気の多い若いオークが挑んで養分にされている。

 異母兄弟もこれで見納めだろう。


「お前も来るか? ギーオス。おとりくらいにはなるだろうよ」

「いや、俺は未だにオークの戦士として完成していない。修行に励む」

「修行だぁ? まったくオークらしくない。妙な弟だぜ」


 そういう異母兄弟こそ他のオークと比較して知能が高く、教わる事は多かったのだが。

 オークが戦士の一族である事も教わったし、自分の名前がギーオスというのも異母兄弟から教わったのだ。




 まだ未成熟だった体も数か月で完全に大人と変わらなくなるくらいに成長した。

 過酷な魔界に住む生物の大半は多産、早熟の傾向にある。いや、例外が多過ぎて当てにもならないが、何かしらの特性を持って魔界で生きている。多く生まれて早く育つというのがポピュラーな性質なのは間違いない。少なくともオークはそうである。

 ゴブリン相手に拮抗する日々を終え、コボルト相手に撃退される日々を終え、自分も成長した。

 ついに、子供である事を止め、童貞を終える日がきた。


 人間族との殺し合いだ。


 ゴブリンの小賢しさとコボルトの俊敏さを混ぜ合わせて強化したような厄介極まる相手である。知能の高さは猿系のモンスターの特徴であるが、人間族の対応力は異常だ。下手にステータスが高くない分、慎重でもある。

 大半の人間族はオークにステータスで劣るらしいが、魔界に遠征してくる人間族は腕に覚えがあるため、戦士の種族たるオークであっても命がけになる。だからこそ己の力量を示せる訳だ。

 人間族に打ち勝って初めて一人前。自分の集落ではそう言われている。戦士として認められる通過儀礼のようなものだった。


「オークごときに私が、こうも手こずるとッ」


 遭遇した人間族はメス。時々見かける、薄汚れた盗賊職とは異なり身なりは整っている。装備も上等で、鎧で防御を固めている。騎士職というものか。噂通り、正面からの戦闘に特化している。

 立ち振る舞いだけで強いと分かった。自分に勝てる要素はまったく見当たらない。だからこそ童貞を捨てる相手としてはこれ以上ないと高ぶった。


「レベル30の騎士たる私が、どうしてこうも追い込まれる?!」

「ガァッ」

「『力』任せに力を振るうだけのオークに、技量で負けているというのか!」


 罠など使わない。真正面から打ち勝たねば意味がない。

 だが、地の利は活かさせてもらう。ここはオークの縄張りの中だ。

 水場の位置も地面の滑り易さもすべて把握している。人間族には足場の悪い場所を選ばせて、自分は力を効かせられる固い地面で踏ん張る。たったそれだけの工夫がこうも噛み合うとは心地良い。


「舐めるなッ!!」


 泥に足を滑らせて人間族の剣の軌道がれた。

 それでも剣は肩口を裂いてきたが、オークの肉は太い。多少斬られようとも致命傷には遠い。また、油の多い体を斬った刃は切れ味がすこぶる悪くなる。うまく斬らせる事ができたと内心だけで喜ぼう。

 一方、オークの武具の多くは他種族からの鹵獲品だ。鉄の剣や槍が好まれるが、そういった貴重品はもっと大人のオークが独占している。そのため、今の装備はお手製の粗末な棍棒でしかない。

 ただし、魔界の樹木の固さはなかなかあなどれないものがある。


「フンっ」

「しまッ?!」


 渾身の一撃を足に叩き込んだ。完全に体勢を崩して倒れ込んだ人間族。

 武器を蹴って遠くに飛ばす。その間にナイフでももを刺されたが気にしない。

 立たせないようにするのを主眼に人間族の胴体に乗って、後はただの殴り合いだ。

 倒れたままでありながらなお力強い。これがレベルアップした人間族の『力』か。

 どちらも鼻から血を流してあざを作る。

 自分が最後まで動けた理由は、オークの恵まれた体格とスタミナがあったからだ。ようやく動かなくなった人間族の胴を踏みつけながら、雄叫びを上げた。


「オォオオオオオッ!!」


 自分の力のみで強敵に勝利した。これで俺も戦士の種族を堂々と名乗れる。

 様々な気持ちが到来した結果の雄叫びだ。自分がこんなに感情豊かだったのかと奇妙な驚嘆も覚えた。

 ……いや、喜ぶには少し早かった。足蹴にしている人間族の心臓はまだ動いている。トドメを刺さねば童貞を捨てた事にはならない。



「……ま、待ってくれ! 私が死んではシャーロット様が!」



 人間族の言葉など理解できない。そもそも、殺し合っていた間柄で聞き入れる理由などない。

 特に逡巡しゅんじゅんせず棍棒を振りかぶる。



「――メーアから離れなさいッ、モンスター」



 茂みに潜んでいた別の人間族がいたので、ワザとすきを見せた。

 潜んでいた人間族が跳び出してきて背中へとメイスを振り下ろそうとしている。が、動きがトロい。受けたとしてもダメージは入らないだろうが、妙な魔法やスキルがないとも限らない。

 振り返りながら棍棒を叩き込む。そのつもりだったのだが……一目見て気付いた。

 コイツは、戦士ではない。


「ひぃっ」

「……フン」


 雑に裏拳で頬を叩いて跳ね飛ばした。手加減はしていないが殺す程でもない。

 戦士の敵は戦士のみ。

 魔界に場違いな脆弱な何かなどに興味はない。


「痛い?! わたくしを殴りましたわね。モンスター」


 キンキンやかましい人間族のメスだ。盗賊風でもなければ戦士風でもない服装をしている。地味ながらに聖属性を感じるので、これが聖職者なる職業のよそおいか。


「シャーロット様! このオークは強い、逃げてください」

「駄目よ、メーアなしでどうやってお姉様を探せばいいの」


 この人間族共はオークを前にして何を考えている。寸劇がしたければ魔界の外でやれ。

 興が削がれた。せっかくの強敵であったというのに、無粋にも戦士でないお荷物のメスを連れていたなど酷いにも程がある。落胆ものだ。

 倒した騎士職から足を離して、遠ざかる。

 痛む体をどこかで休めなければなるまい。今の状態ではゴブリン数体に狙われただけでも苦戦しかねない。


「ちょっと、そこのモンスター。メーアをこんなに痛めつけておいて逃げるつもり。私も叩いておいて! 両親にもぶたれた事はないのに」


 もしかして呼び止めているのか。ありえんな。



「私はシャーロット。シャーロット・ララ・リテリ。教国のバトルシスターとして魔界の低俗で汚らわしいモンスターに命じますわ。私達を安全な場所まで連れて行って。ついでに水と食べ物と柔らかいベッドを――」



 魔界の森で馬鹿みたいに喋る人間族のメスを黙らせるため、再び頬をはたいた。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
○鉄の剣や槍が好まれるが、そういった貴重品はもっと大人のオークが独占している。そのため、今の装備はお手製の粗末な棍棒でしかない。 ○『整った顔をこん棒で潰してやった。小癪に動く心臓を槍で一突きにしてや…
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