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黄昏の私はもう救われない  作者: クンスト
第十七章 天へと届く虚言の城
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17-4 豚面の混世魔王3

 巨大な拳に殴り飛ばされた。

 直撃は避けたつもりであるが、体術云々(うんぬん)で軽減できる破壊力ではない。平然と『守』130を突破して臓器にまでダメージを与えてくる。

 やられっぱなしではいられないため指の関節をエルフナイフで斬りつけたものの、体格差もあって切り傷にもなっていない。


『どうした、この程度か? お前はギガンティックルーラー・オブ・オークを撃破したのだろう』

「クっ。ギルクを余裕で超えているんだよ、お前!」

『今のお前に合わせた相対的なパラメーターだ。当時の脆弱なお前はどのように強大なオークを統べる者を倒した? さあ、再現してみせろ』


 混世魔王は地球より召喚された悪霊が受肉したもの。

 ゴッホの“ひまわり”。動物裁判。石油。パンジャンド……。すべて法則に従っている。巨大オークも同様と見なしていい。

 地球にオークは生息していないが、一部の地方都市では例外的にオークが出没していた時期がある。主様の配下であったギルクを知っているならば、コイツは間違いなく天竜川に現れたオークが正体だ。


『俺はオークだ。そこまで条件を絞れれば俺の正体も分かるだろう』

「悪いが、オークの事なんていちいち覚えていない」

『そうか。だったら、思い出すまで頭を殴ってやろう!』


 大きく踏み込んでからの足場をかすめる軌道のアッパーが繰り出された。

 図体の割に速度があって回避できない。咄嗟とっさに後方へと跳びダメージを軽減するのが精一杯だ。

 血の味が口に広がる。

 少し間違えれば即死していた。巨大オーク側に旅を共にした仲間への配慮は一切なく、復讐に燃える混世魔王として敵意を向けてくる。ワザワザ、クゥを人質にしていたのも、本気度を表すためだ。

 視線を向けた先では、気絶したままのクゥが無重力にくるくる回って等速移動中。容態は分からない。戦場から遠ざかっているため、戦闘に巻き込まれる心配がない事だけが救いだ。

 クゥの力ない姿に、殴られたのとは別種の痛みを覚えた。

 余裕はない。もう戸惑ってはいられない。

 仲間だった過去を忘れて敵として対峙し、巨大オークの『正体不明』をあばかなければならない。


「『暗影』発動ッ!!」


 温存していた空間跳躍スキルを用いて巨大オークの首筋に跳ぶ。頸動脈を狙って本気で斬りつける。

 弾性ある筋肉に阻まれて刃が通らずダメージにならなかった。固さが分かればそれで十分だ。


『ほう? ようやく手を出したか。覚悟は決まったと見えるが』

「お望み通り、お前の正体を言い当ててやる」

『そう願おう』


 次は目でも狙おうかと考えていたのに、蠅を叩くような平手が来たので回避する。

 地上と勝手が違う。一度、跳んでしまうと宙に放り出されたままになってしまう。不慣れな環境であるものの嫦娥との戦いで経験済みな分、俺に有利だ。よく観察すれば巨大オークの動きはぎこちない。

 もう一つ気付いたが、遠くにいるよりも近づいた方が巨大オークの奴、戦いづらそうにしている。巨体の可動域の外が安全地帯だ。


「ギルクの手勢の一体か、お前!」

『どうだかな』


 天竜川に現れたオークの数は多い。正直、覚えていない奴もいる。雑兵として用いられるモンスターなので仕方がない。

 ただし、巨大オークはそういったその他多数ではないはずだ。

 俺が遭遇し、俺が直接手を下したオークのいずれかが巨大オークの正体だ。人類復讐者職になるようなオークが俺と無関係であるはずがない。

 一番印象に残っているオークと言えばギルクであるが、これは除外できる。雰囲気がまったく違う。

 次に印象深いオークと言えば……レベリングに用いたオークか。

 ギルクに狙われた皐月を助けるためとはいえ、何度も心肺蘇生して経験値をむさぼったオーク。そういえば、あの時に『正体不明(?)』を獲得したのだった。俺が顔を失った切っ掛けとなったという意味でもあのオークは特別だろう。せめてもの手向たむけに顔を見せてやった覚えもある。

 俺を恨んで当然の相手なので巨大オークの正体である可能性が高い。


「――違うか」


 直感であるが、どうにも噛み合わない。

 顔の造形が違う。あいつはもっと丸い顔だったような……という外見的な要素の話でもない。

 繰り返しの蘇生の中、あのオークは俺の顔を見て恐怖しながら死んでいった。

 一方、妖怪に対して常に闘士をみなぎらせていたユウタロウに、恐怖の色は一切見えなかった。これは決定的な相違だ。


『ちょこまかと! 俺のそばにいては燃え移るぞ』


 死角である背中側に逃げ込んだのを見計らい、巨大オークは背後から炎を噴出させる。

 巨大化する前から使用していた炎だが、火力と範囲が増強されてしまっている。

 全身火傷で済まされない熱量を『暗影』で緊急回避したものの、回避位置を予想して大きく振られていた腕に吹き飛ばされた。


『ふん、お前の回避スキルは面倒だが、跳躍距離さえ分かっていれば対応可能だ』


 炎の噴出範囲で逃げ先を誘導されてしまった。

 殴打された場所が悪くて顔面が痛い。視界がクルクル回ってしまっている。

 ミシりとヒビ割れたような音さえ聞こえた。頭蓋骨が陥没でもしてしまったか。


「……その炎。いつも、背中にある広い火傷の跡から出しているよな」

『野蛮な女に不意打ちをくらった跡だ』

「それはいつの話だ? 生前か、それとも死後か」


 天竺スカイ・バンブーの船体に流れついてどうにか着地を果たす。

 瞬間、再度の亀裂音が響いて、マスクが綺麗に縦に裂けていった。

 脳震盪で視界は揺れっぱなしだというのに、妙にクリアだ。これまでフィルター越しに見えていた世界を裸眼で見ているような。

 より正確に言うと、消えていた目が復活したかのような。



「『正体不明』のオーク。お前の正体が、分かったぞ」

『顔の節穴・・はなくなったようだな、人間族。さあ、言ってみせろ』



 顔の穴が閉じられている。黒い海の気配を完全に感じない。ただの人間、ただの大学生だった頃に戻ってしまっている。


==========

“『正体不明(?)無効(御影限定)』、御影の神秘を否定するスキル。


 御影の『正体不明(?)』を認めず、神秘を格下げする事で無力化する。

 特定人物の『正体不明(?)』スキルに対するメタ対策という限定的な使用方法しかできず、本来、スキルとして明示される程のものではない”

==========


 死と向き合う必要がない平穏に心が安らいでしまう。

 こんなに真っ当な精神状態では、妖怪やモンスター、魔王などといった怪物と戦えそうもない。

 人間を襲って喰う悪逆非道なるオークと戦うなんて、ビビってできるはずがない。


『さあ、言え! 正体を暴露してみせろ! 俺は何だ? オークたる俺は何だ? 間違えずに言ってみせろ』

「お前は卑劣なオークだ。人間を喰う野蛮なモンスターだ」

『その通りだ。俺は数え切れぬ人間族を喰った人間族の敵、魔族だ』

「俺が殺したオークだ」

『その通りだ。俺はお前に殺されたオークだ。あの時のうらみを死んでも忘れられず、悪霊となってまでお前にリベンジを果たそうとしているオークだ』


 オークを決して許さない。『オーク・クライ』のような特定種族に対して特効となるスキルを発現させてしまうくらいに俺はオークを嫌っている。

 路地裏で人を襲っていたオークを目撃した時に、絶対に許さないと誓ったのだ。


『さあ、正体を! 俺の正体を正確に言え!!』


 だから、遠慮なんてしない。

 巨大オークも回答をせまっているのだから、野蛮なオークめ、と言ってやろう。



「お前はっ、俺が初めて殺した――酷く可哀相なオーク。それが正体だ」





 ――魔王城化した軌道エレベーター内部


「救世主職ともあろうものが下品ではないか? 気配もなく後ろから心臓を一突きにして、何もさせんままに殺そうというのは卑怯というもの」

「馬鹿な、『暗殺』は発動したはずッ。銀角、どうして死なない!」


 銀に髪を染め上げ無駄に高価な玉を身に着けた弟妖怪が、不埒ふらちな真似を働いた黒曜にナイフを刺されたままゲラゲラ笑う。



「『暗殺』は“発動した”を“発動しなかった”にしただけの事。何をそんなに戸惑っておるのか分からんな!」


==========

“『世界をこの嘘言で支配する』、嘘を極めたあやしげなる存在のスキル。


 他者の発言、行動を嘘に置き換える事が可能な任意発動スキル。

 過去に行われた出来事への干渉や、魔王城外への干渉は不可能なものの、魔王城内において使用制限はない”


“取得条件。

 妖怪として嘘を吐き続けて、Sランクに達する”

==========


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
嘘への変更なら初めから嘘つけば……と思ったけどこれ任意発動かよ……意識外から干渉できそうなのも『コントロールZ』しかないし魔王城壊すしかないな……
さて、ユウタロウ(偽)ことオークの混世魔王の正体は正解なのか...御影に対する正体不明スキル無効のスキルはメタすぎるので地味に御影の天敵になりそう。 銀角の嘘を置き換えるスキルが無法すぎてどうやって…
ギルクか心肺蘇生君だと思ってたけど…… お前か……おまえさんだったのか… 復讐者の割に変なとこが温いというか律儀だったのはあの時の介錯になにか思うとこでもあったのだろうか… 正直ギルクだと思い込んで…
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