16-3 相性の良い二人
レベルの割にパラメーターの低い妖怪は、ウィズ・アニッシュ・ワールドの魔王共と比較して『暗殺』し易いというのが黒曜の談。
「寅将軍ッ?! どうされま――」
「『暗殺』発動」
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“『暗殺』、どんな難敵だろうと殺傷せしめる可能性を秘めたスキル。
攻撃に対して即死判定を付与し、確率によって対象を一撃で仕留められる。
攻撃ヒット時のダメージ量、スキル所持者の『運』の要素も強く影響を受けるが、何より対象の心の隙が重要となる。
初撃以降は使い物にならないくらいに確率が下がるので注意”
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異変に気付いて陣幕の向こうから現れた妖怪兵の喉元を正確に突き、黒曜が一撃で仕留めて証明してみせる。
「不意打ちである事。初撃のダメージが大きい事。これだけでもかなりの確率で成功する。妖怪の『守』は低いから、仮に失敗したとしても致命傷だ」
崩れ落ちた妖怪の服でナイフの血を拭いながら解説された。人知れず魔界で魔王を討伐し続けていた黒曜の言葉には千年分の含蓄がある。
「黒曜のパラメーターあってこそじゃないか?」
「ぱぱの場合は『運』があるだろ。下手をすると俺以上に成功すると思うぞ」
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▼御影
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“ステータス詳細
●力:280 ●守:130 ●速:437
●魔:19/122
●運:130”
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▼黒曜
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“ステータス詳細
●力:488 ●守:331 ●速:754
●魔:663/717
●運:9”
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別方向からやってくる妖怪兵の足音が聞こえた。襲撃を特に隠していなかったので、警備の兵隊が集まってきたのだろう。
俺も『暗殺』チャレンジしてみるかと物陰に潜んでいると……片角の鬼娘が無遠慮に外へと出て行って豪快なスイング音が響く。ホームランボールみたいに妖怪が打ち上がっていった。
「雑兵ごとき、四の五の言わず殴った方が早い」
「いや、そうだけどよ」
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▼紅
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“ステータス詳細
●力:821 ●守:411 ●速:357
●魔:410/1033
●運:0”
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紅の腕力は一般妖怪にとって『暗殺』以上の即死攻撃だ。俺も殴られた経験があるので痛いのはよく知っている。扶桑ではその馬鹿力を利用してダメージを負い、吐いた血を無理やり飲ませて逆転をしたのだが――、
「――御影。余計な事を思い出すんじゃねぇ」
戻ってきた紅に頭を小突かれた。擬態不良娘が血ではない赤い色に頬を少し染めている。
「……そこの二人。何、親しげにしているんだ?」
「親しいからだろ、俺と御影は苦難を共にしたマブダチだぜ。どこかの妖怪に体を乗っ取られていた沙悟浄には分からねぇ間柄ってやつだ」
「ア?」
口の悪い仲間二選の一位と二位の間で緊張が生じた。おい、戦場の緊張が薄れるから今は止めるんだ。
「妖怪女が。ポッと出の癖にぱぱの腕を親しげに掴むな」
「ドスを利かすならぱぱって言うなよ。爆笑しそうになるだろ」
「それは自虐って奴か、ファザコン妖怪?」
……ん、それを黒曜が言うのか?
「沙悟浄女がなかなか言うじゃねぇか。殴り殺して欲しいならそう言えよ」
「さっきから、沙悟浄って俺の事を言ってんのか?」
「てめぇみたいな遅れて現れた濃い褐色を、黄昏世界では沙悟浄って呼ぶんだぜ。一つ博識になってよかったな」
「日焼けと『耐瘴気』が同じに見えるくらいに、レーザーを飛ばし過ぎて目がおかしくなってんじゃねぇか」
一瞬、笑顔を見せた二人であるが、特に面白くて笑った訳でもないので互いに拳をお見舞いしていた。さすがに本気ではないと思いたい。
黒曜と紅。これまで接点を持たない者同士なので相性は分からなかったが、どうやら最悪だったらしい。
「二人とも?! 戦場だから、ここ戦場だから! 周囲から妖怪が集まってきているぞ」
「しゃらくさいッ!」
「邪魔すんなッ!」
現れた集団を紅が正面から受け止めて、『暗影』で跳んだ黒曜が後方から斬りつける。挟撃を成功させて妖怪兵は混乱に陥り、目ぼしい活躍もなく制圧されていった。
もしかして、俺の勘違いでこの二人は相性が良いのではなかろうか。思えば、ファザコンという共通項――、
「共通点なんてねぇッ」
「それは御影の勘違いだッ」
――があるかはともかく、長所は違うがパラメーターの数値合計は近い。近いという事は連携が取り易い。
真正面から集団とぶつかっても押し勝つ紅はこれまでの仲間にいない貴重なオフェンスでもある。しかもタンクのごとく敵の攻撃が集中しても耐えてくれている。
アサシンと魔法使いしかいない偏った編成では、前衛向きではなくてもアサシンが正面から堂々と敵に戦いを挑むしかなかった。そんな戦い方は箸を使ってスープを飲めと言っているようなものであり、運用が間違っている。
「浮足立つな、相手は少数だ! どれだけ力があろうと個人が軍に敵うものか。一人ずつ始末しろ」
「そっちに行ったぞ。囲んで潰せ」
「どこだ。どこにい……うぎゃッ」
対多数は黒曜が一番得意とするところ。妖怪の発言の一部は『オウム返し』で声真似されたものだ。声に誘導された隊長格がまた一体倒された。
組織力を失えば紅の攻勢は止められない。増援に次ぐ増援で合計五十に達しようとしていた妖怪がものの三分で壊滅である。
「この二人、安定しているな。今後も組ませるか」
「誰がッ」
「こんな奴とッ」
ハモりながら抗議されても説得力はない。少なくとも、妖怪軍残り二千体を倒し切るまではパーティーを続けてもらわないと困る。
将軍格はもういないとはいえ一仕事である。体力的に持つところまで戦って、それでも撤退させられなければ月桂花のいる場所まで後退するとしよう。
……何やら、軌道エレベーター方向が騒がしいな。
「月兎第四大隊はシャフト直下を制圧! 第二大隊は私に続きなさいな!」
視線を向けると、垂直に宇宙まで続くエレベーターの外殻を駆け下りてくる集団が見えた。
月を模した意匠の旗を掲げながら下ってくる一軍の大半の姿は、真っ白いウサギだ。武装した白ウサギが妖怪軍を目標に降下中だ。
なお、白ウサギの先頭にいる者はウサギではない。長身美麗な金髪碧眼らしき美女だ。どこかの城の姫のような容姿を想像すれば大体あっている。
「豪快にいかせてもらいますわ。――スノーフィールド流対巨人剣術、大切断!!」
舞踏会に参加するタイプの姫ではないらしい。よく眺めれば上腕二頭筋が妙に太い。
ウサギを率いる謎の美女は己の身長よりも長い大剣を振り上げながら、真っ先に妖怪軍へと向かって駆けていく。