ADHDのある、私の”話し方”
ADHD_noteです。
今回は、ADHDの、私の”話し方” について書きたいと思います。
「ADHDなどの発達障害を持つ人の中には、独特の話し方をする(本人は気づいていない)人が居る。」
最近、発達障害に関するいろいろな情報に触れる中で、そんな話を見聞きするようになりました。
ADHDのある私はどうかと言うと、
基本は、いつでもnoteで書いているような言葉づかいで生活をしています。
大まかに、二つの話し方がありますが、
主に、
”敬語” 又は、”~っす"(か・ね・よを付ける場合も)を混合させた話し方です。
(※ちなみに、中学生くらいの頃から紆余曲折あって、すでに高校生~二十歳くらいには、この話し方に落ち着いています。)
普段の仕事などで、”全て純粋100%敬語しか使わない!”と言う人はさすがに少ないと思いますが、私は中学生のころから、基本的に家でも敬語を使います。
普段から、「~です。」「~ます。」「わかりました。」
「~をお願いします。」のような調子です。
これは、メールの文章でも同じです。
中学の頃は、この話し方(敬語)を女子にいじられた記憶もありますww
ただ、この話し方が理由でいじめなど特別な問題が起きた、という記憶はありません。
ところで、
なぜ私が ”敬語” と、その "真逆” とも言える ”○○っす” と言う言葉づかいなのか?についてですが、たいした理由では無く、
端的に言えば、敬語は無難。 ”○○っす”は、面倒。ということです。
少し詳しく言えば、
敬語が無難と言うのはそのままで、誰に対して使っても怒られることがない。
”○○っす”と言う言葉については、(私だけかもしれませんが、)
ときどき会話をしている途中で頭の中で(思っていること、話したいことなどが渋滞したりして、返事やあいづちに)面倒になる時があって、そんな時に ”なるだけ端折りたい” という気持ちになるというのが理由です。
要するに脳が ”面倒くさがっている” というのが理由です。
(←近ごろ、面倒くさいことを『メンディー』と言うことと近いかもしれません。)
ちなみに、(全てが全て当てはまるとは言えないですが)敬語を使いつづけることは、「ASD(自閉症スペクトラム症)」の症状の傾向のひとつとして挙げられる症状でもあるようです。(逆に、「初対面なのに敬語が使えない」というのも症状の一つとされることがあるそうです。)
社会性およびコミュニケーションの障害
場にふさわしい言葉遣いができない、相手によって言葉遣いを変えられないといった特徴があります。初対面でも敬語が使えない、どんなに仲良くなっても敬語で話し続けるなどです。また、言葉を文字通り受け取りやすく、抑揚によってニュアンスを汲み取るなどが難しいです。楽しそうに親しみを込めた「バカだねー」という言い方であっても、バカだと言われた、としか感じないようです。逆に、皮肉や嫌味を言われても気づかなかったりします。たとえ話は逆にわからなくなるのでやめてくださいということもカウンセリングでよく言われます。目くばせ、アイコンタクトで意思の疎通をはかるなんて、意味がわからないそうです。「目では喋れませんよ」
自閉スペクトラム障害 ASD /
カウンセリングルーム センター南 ウェブサイトより、一部抜粋引用。
この記事の通り、場にふさわしい言葉遣いができない、相手によって言葉遣いを変えられないといった特徴は、言われてみると確かにあります。
"初対面でも敬語が使えない" と言うことはありませんが、
”どんなに仲良くなっても敬語で話し続ける” ということはあります。
※ちなみに私は後輩に対しても敬語で接します。成人してから、敬語を崩したような話し方で話した相手は、家族・親族を含めた老若男女を全て合わせても10人前後だと思います。(それでも基本は敬語ですが・・・)
(敬語禁止。などと言われた場合には崩すこともありますが、ぎこちない。)
まぁ、周りの人たちは大抵、
「この人(こいつ)は、こういうキャラだから。」「変わってるから」などということで、特に不自由なく生活してきました。
(第三者からすれば、「もしかしたらこの人、敬語しか使ってはいけないゲームをやっているのでは?」と思われていた事もあるかもしれませんけどw)
さて、、、
人によっては敬語しか使わない話し方は、堅苦しく聞こえると思いますが、私はこれまでずっとこの話し方で来ましたので、不自然ではありません。
一人称は「自分」か「私」です。
幼稚園~小学生低学年の5,6才ころは、周りに影響されて言っていたかもしれませんが、基本的に、「僕が」とか「俺は」とか、言った記憶がありません。
そういえば、私が小学生の高学年の頃、
通っていた小学校で、”男女問わず〇〇さんというように、さん付けで呼ぶことを推奨された”時期がありました。(実際は「推奨」よりも強めな、学校側の決まりだった気がします。)
最近では、いじめを助長するからという理由で、あだ名で呼ぶことが禁止される小学校もあるようですが、理由はそのようなことだったのだと思います。
先日、大人の発達障害という本を読みました。
2009年の本ですが、冒頭におもしろい話が書かれていましたので、一部紹介したいと思います。
この本は、「ちょっと変だな」と思うあの人についてのなぞに答える本です。
もしくは、「変わってる」といわれることの多い、あなた自身のなぞに答える本でもあります。
私は同僚との雑談をきっかけに、国民的に知られるある人物についての見方が変わりました。「ちょっと変だな」と思うようになったのです。その人物のことは、きっとあなたも知っていると思います。
その人物の台詞を、ここで一つ挙げてみましょう。
「ぼくがやるですー!」
年齢は3歳で、このようなしゃべり方をする男の子です。
(大人の発達障害―アスペルガー症候群、AD/HD、自閉症が楽になる本 備瀬哲弘ーP6より。)
国民的知名度のあると言われるほどの「ある人物」。
私は、「ぼくがやるですー」で瞬時にわかりましたが、続きを書きます。
(中略)
「パパ、お帰りなさいです。」
「ぼくが遊んであげるですよ。」
「イクラちゃんはカツオ兄ちゃんに怒っているんですよー!」
もう、わかりましたね。
そうです、男の子とは、人気テレビアニメ『サザエさん』に登場するタラちゃんです。サザエさんとマスオさんの子供であるタラちゃんを知らない人は、まずいないでしょう。(同、P6~7より。)
私は、これを読んで、『あれ?自分の話し方って、タラちゃんと同じじゃん・・・』とは思いませんでしたが、たしかに『敬語=ASD』みたいな話を聞かされた後に事例として提示されると、「見方が変わる」というのも納得してしまう気がします。
さらに、この後の文章では、
「ということは、タラちゃんってアルペルガー症候群なの?」
早速、この疑問を同僚にぶつけてみました。
「そう思いますよね。しかし、タラちゃんの場合は、おそらく診断基準を満たさないでしょう。診断には、5歳までの経過を見る必要もあるし、3歳までに少なくとも『三つ組の障害』が明らかになっていないと。つまり・・・・・・。ここからは、ご自分で調べたほうが勉強になりますよ。タラちゃんを観察して、ご自分で答えを出してみたらどうでしょうか?」
(中略)
しかし、この宿題の答えは、私の中では未だに出ていません。
本書を読了したら、あなたもタラちゃんを今までとは違った視点で見るようになるかもしれません。そして、私と同じように考えて見てはいかがでしょうか。
と書かれています。
その人の話し方だけで ”発達障害だ” と決めることはもちろんできませんが、
”タラちゃんの話”の例のように、 ”話し方” についての話を聞くと、たしかに ”発達障害と話し方” には何らかの関わりがある、とも思えます。
あらためて私自身を振り返ってみても、やはり何らかの関係があるのでは・・・?と思っています。
ちなみに画像は、話し方は”体”を表す。的な画像。
Gerd AltmannによるPixabayからの画像
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