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「私たちは消された展2023」主催者:酒井よし彦さんインタビュー

酒井よし彦さんインタビュー(前編)
「私たちは消された展2023」について

 神田神保町で毎年2月に開催されている展覧会「私たちは消された展」が今年で5回目を迎える。SNSのモデレーションによって作品が削除されてしまった経験を持つ写真家や絵描きが集まる展覧会で、「ヌード」や「死体」といったSNSにおいて忌避されることの多い写真や絵などの視覚表現が並ぶ。
 主宰の酒井よし彦さんは、「扇情カメラマン」の肩書で知られる写真家で、風俗店の広告用写真や、アダルトビデオのパッケージのためのスチール写真などを専門としてきた。どうしてこのような展覧会を開催しようと思い立ったのだろうか。
 

「私たちは消された展」を開催したきっかけから聞かせてください。


 2019年に第1回目をやったんですが、最初のきっかけは、僕の知り合いのカメラマンが、確かインスタグラムだったと思ったんですけど、投稿した写真を消されちゃったことだったんです。僕の周りには裸の写真を撮ってる人間が多いんで、ちょっと尖った作品をSNSで紹介して、それが消されちゃうなんてことはよくあったんですけど、でも、その時に消された写真は、別に裸でも何でもない写真で、なんで消されちゃったのか、全然理由がわからなかったんですね。で、何でだろうと考えてみたら、どうもその写真の隅っこの方にカレンダーのヌードっぽい画像が小さく写り込んでいて、それがアルゴリズムでダメという判定になったみたいだったんです。
 それで、「あれ?」と思ったんですね。いったい何を根拠に、どういう理由で消しているんだろう。それを考えていくと面白いな、と。消されてしまうのは、SNSという他人のフォームを使っているんだから、しょうがない部分はあるわけですが、それだったらそこを逆手にとって、自分たちの作ったフォーム・自分たちの考えたルールで、「自分たちはこういうものを表現したいんです、見て欲しいんです、でも消されてしまうんですよね」ということを表現できる場、一緒に考えてもらえる場を作ってしまおうと思った。
 で、展覧会を開いて、見に来てくださったお客さんに、その様子をどんどん写真に撮っていいですよ、その代わり撮影したらSNSに投稿してくださいね、というルールでやらしてもらったんです。
 そうすると、来場者の人たちも考えてくれるんですね。「この写真を投稿したら、自分も消されちゃうんだろうか」「何がマズくて消されちゃうんだろう」「こうすれば消されずに済むんじゃないか」とか色々と考えて、作品があんま写らない構図にしてみたりとか、鑑賞している人たちを前面に出した風景みたいにしてみたりとか、ボカしてみたりとか、モノクロにしてみたりとか、色々とやってみてくれる。
 僕らみたいな写真をやってるカメラマンと違って、皆さん、自分の投稿が消されることなんて滅多にないじゃないですか。でも、そこで展覧会を見に来てくれた人たちが、初めて同じスリルを感じて、消されちゃうということを考えてくれるんですね。創意工夫で大きなプラットフォームに対抗することに意味や面白さを感じてくれる人もいれば、そのまま投稿して本当に消えちゃうんだということを確かめてくれる人もいる。
 僕としては、この展覧会で「表現の自由」を訴えるつもりはないんです。さっきも言ったように、SNSという他人のフォームでやっていることだし、自分たちの作品がそこで歓迎されるべきアートであるみたいな主張をするつもりもない。こんなポルノは見たくないという言う人がいても、それはその人の主観的な評価であって、そこに反論をぶつけても解決する話じゃないんですよね。だから、この展開会でやりたいのは、違う意見の人や、消すという判断をしたSNS企業に目くじらを立てて抗議をするみたいなことではないんです。そうではなく、「自分たちが表現したいものはこれなんです」「SNSでもこういうことを表現したいと思っていたんです」「それについてあなたはどう感じますか?」ということを、まずは率直に問いかけるというのが、この展覧会で僕らがやりたいことの趣旨なんです。
  

この種の問題提起型の展覧会では、普通の娯楽的な商業作品の発表以上に慎重になって、18歳未満は完全に入場禁止・閲覧禁止とする場合が多いように思います。かなり珍しいことに、この展覧会はそうしていませんよね。それはどうしてなんでしょうか?

 
 展覧会の説明文でマタイの福音書に出てくるイエスの言葉を引用しているんですが、
『「姦淫するなかれ」と云へることあるを汝等きけり。されど我は汝らに告ぐ,すべて色情を懐きて女を見るものは,既に心のうち姦淫したるなり。』
ということだと思うんですよね。
 僕たちには、服を脱げば裸の身体があって、性器がついているわけなんです。死も裸も性も、生きることと同じように、人間には当たり前にあることで、それを子どもたちの前では存在しないようにするのって何でなんだろうって思うんですよね。
  

 展覧会を開催してみて反応はどうでしたか?

  お客さんの反応はかなり良かったですね。「こういう表現が消されて、できなくなっていくのって、やっぱりおかしいですよね」みたいな声をたくさんもらいました。
 ただ、作品を見に来てくれたというよりは、「何か変なことやってるぞ」みたいな興味で来てくれる人も多かったように思います。僕の方も、最初の頃は、とにかく消されたもんを並べれば面白くなるだろうという部分がちょっとあって、ある意味で学園祭の出し物を内輪で楽しむみたいなノリになっちゃっていたところもあった。
 お客さんたちの方も、「消された展」っていうくらいだから、ヤバいもんが並んでるだろうという期待があったりするみたいで、「全然大したことないですね」という反応をもらったりとかもしたんです。もっと言うと、無修正で性器そのものを出すことが消されることだと誤解してる人もいて、そういうチキンレースみたいなことを期待されちゃったりもするんだけど、そうじゃないんですよね(笑)
 趣旨としては、さっきもお話ししたように、「消された表現自体を並べるための展覧会」ではなくて、「消されてしまった作家が、消されてしまうということに焦点をあてる作品」の展覧会なんですけど、なかなかそこが伝わってなかったりする。「消された<物>の展示ではなく消された<者>の展示です」とホームページでも強調しているんですけど、あんま読んでもらえない(笑)
 展覧会としてのコンセプトというか意味やメッセージみたいなものが、僕の方でも、ちょっとブレていたところがあったんですけど、でも、5年目にして、ようやく自分の中でも方向性とかが固まってきた感じはありますね。それっぽいものなら素人作品も含めて「何でも出していいですよ」ではなく、展覧会の趣旨を理解してもらった上で、本気の作品を出してくださいとお願いする方向になってきた。
 2023年の今回のみどころの一つは、「男根画家」と呼ばれている牧田恵実さんの絵ですね。やっぱり絵ってパワーがすごいんですよ。作品に注ぎ込む長い時間と労力があるわけじゃないですか。普通に撮っただけの写真だと、それに負けちゃうんですよね。だからこそ、僕たち写真家も、自分の中にある葛藤みたいなものをしっかりと見つめて、絵に負けないような写真をしっかり出さなきゃと思える。
 それから、写真家の釣崎清隆さんがウクライナに行っているんですけど、そこで撮った写真というのも今回の展覧会の見どころの一つだと思います。
 
 
「私たちは消された展2023」は、2月13日(月)から19日(日)まで、「神保町ギャラリーCORSO」で開催される。


酒井よし彦さんインタビュー(後編)
 「時代の変化」の中で

(2023年2月19日追記)

ここ数年、アダルトビデオの出演強要の問題がクローズアップされたりとか、有名な写真家がモデルから告発される事件があったりとかして、写真や映像の分野で、撮る側・撮られ側の関係というのが改めて議論されるようになってきましたよね。


 そうですね。
 僕の場合は、カメラマンといっても、基本的にはクライアントさんから依頼を受けてお撮りするという形で仕事をさせてもらっているんで、契約の構造として、そういった問題が比較的起きにくい種類の仕事をさせてもらっているのかなとは思うんですが、ただ、もちろん他人事とは思ってなくて、AVを規制する法律の次は、ヌードを規制する法律を作りましょうとか、グラビアを規制する法律を作りましょうとかって形で、自分の仕事にも関係してくるかもしれないということは考えましたよね。
 女性が、嫌なことを嫌だと言えるようになったことで、業界にあった問題が可視化されるようになったってことだとは思うんです。それ自体、嫌なことを嫌だと女性側が言えるようになってきたってことは、すごく良いことだと僕は思うんです。
 自分としても、そういう時代の変化みたいなことも勉強したくて、2016年くらいにAVの問題がマスコミとかで話題になったとき、セックスワーカーの支援をやってる人たちが開催したAVの問題を考えるイベントに参加させてもらって、女優さんたちとか、フェミニストの人たちなんかの議論を聞いたりする中で、すごく刺激を受けたんですよね。
 ちょうど当時は、僕自身もプロのカメラマンになって5年目くらいの時期で、依頼をもらって撮るだけじゃなく、もっと自分なりのテーマで写真を頑張ってみたいと考え始めていた頃で、「あれ、この問題って、自分が取組むべきテーマなんじゃないか」みたいなところもあって、それで自分から動き始めて、ライターの松沢呉一さんたちがやってた勉強会で話を聞かせてもらったり、相談にのってもらったりする中で、「私たちは消された展」の形が出来上がっていったというか。やっぱりAVとかをめぐる議論が、自分にとっても一つの転機になったという気はしますね。


そういう難しい議論もある中で、酒井さんが、人間の裸であったり性的な感情を伴ったりする写真を表現したいと思うのは、どうしてなんでしょうか?


 裸を表す表現に「ヌード」の他に「ネイキッド」って言葉がありますけど、写真の世界では、このネイキッドって言葉を、身体的に裸になるっていう意味だけではなく、精神的というか魂の部分をさらけ出すみたいな意味で使うことがあるんです。僕が写真をやっていて良かったと思うのは、このネイキッドな良い写真を撮れた時なんですよね。当たり前なんですけど、若くて世間的に綺麗と言われてるモデルさんを撮れば良い写真になるってわけじゃないんです。
 プロの写真家やモデルさんの中には、そういう写真をとれた時のことを、良いセックスに例えたりする人もいるんですけど、信頼関係が生まれて、色々なことが噛み合って、モデルが自分からさらけ出してくれたときに撮れる写真って、本当にすごく良い最高の表情が出るものなんです。
 僕の今の仕事は、お客さんから、自分のエロチックな写真を撮って欲しいという依頼をもらって、お撮りする仕事が多いんですけど、そういう場合っていうのは、やっぱり成功しやすいんですよね。お客さんも、僕を信頼して指名して下さっているし、自分から良い写真を撮って欲しいというところで積極的に来てくださっているので。
 そういう意味での良い写真を撮りたいなってのは、やっぱり思いますね。

人間を性的対象にする人々との対話シリーズ


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1980年生まれ。静岡県富士市出身。NPO法人うぐいすリボン理事。『静岡に学ぶ地域イノベーション』(中央経済社)、『公共ガバナンス論』(晃洋書房)、『縮小社会の文化創造』(思文閣)などで分担執筆。
「私たちは消された展2023」主催者:酒井よし彦さんインタビュー|荻野幸太郎
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