15-5 立つ鳥跡を濁す
「混世魔王の正体を看破した途端に優太郎先輩の服が?! まさか、石油由来のポリエステル製だから!」
「窒息で済まない。首の骨を折られそう」
「う、うぅッ」
考察していないで助けろ、と言いたそうなチアノーゼ色な優太郎の顔。
現代人ならば石油製品を身に着けていて当然である。が、その当然は、はたして当然か。
石油製品の原料は当然ながら石油である。そして、石油の由来となったモノは、定説では大量の生物の死骸だと言われている。
つまり、現代人はドロドロに溶けた生物の死骸を糸に加工して着込んで生活してしまっているのだ。こんな当然は醜悪だ。動物の革ほどに見た目通りでないから気付かなかったか。良心は痛まなかったか。所詮は死骸、生きてはいない物を有効活用しただけというのが言い訳か。すべては体を衣服に加工されてから宣うがいい。
「――切断、氷柱刀。切る」
手元に氷の刃物を生成したアジサイが優太郎の救助に動いた。体を締め付けて密着する服を無理やり引っ張って無慈悲に切っていく。切れ端も動いているが、邪魔してくるなら氷漬けだ。
残ったラベンダーは地上から噴出した石油を防御する役割だ。得意の巨大ゴーレムをたった一言で製造して壁にしている。
魔法使い二人が服に拘束されていない理由は単純だ。服に石油が使われていない。天竜川に代々伝わる由緒ある装備であり、素材は綿やモンスタードロップだ。
「……下着が邪魔してくる」
「言わないで、アジサイ。私も虫が服の中に入ってきた時みたいにムズムズしているのだから」
とはいえ、完全に石油製品を廃している訳でもない。ウレタンも石油が材料だ。
小物が体を締め付けているが個々の力は小さい。『力』パラメーターの低い魔法使い職とはいえ高レベルな彼女達を邪魔できる程ではない。
「助けたのに動かない。……死んだかも」
「死んでない。気絶しただけだって」
「ズボンも切らないと。トランクスも」
服を切り裂き引き剝がしたというのに優太郎は動かない。体を抱えたアジサイが首のあたりを確認したところ、くっきりと紫色の跡が残っていた。おそらく、服がポリエステル100%で出来ていたなら間に合わなかったに違いない。
「綿だって原料は植物なのに不条理」
「石油は熟成期間と総量が問題なのかも」
意識を失ったから、あるいは、役目を終えたからだろう。優太郎の周囲に黒い炎が現れて地球への帰還が始まった。
連鎖的にアジサイとラベンダーの帰還も始まる。
「私達も、もうタイムリミットがきたみたい」
「最後にありったけ放っておく」
「私も『魔』を全部使い切る」
炎のゲートに吸い込まれながらもアジサイは氷封された七節呪文を一気に数個割って発動させた。
「氷封七節魔法“アイスエイジ”――時代ごとすべて凍れ。アイス・エンド」
黄昏世界ではありえない白い氷河が周囲一帯、それこそ扶桑島の半分を氷に閉ざした。石油として顕現したばかりの混世魔王の噴出を厚み数メートルのゴリ押しで阻む。
「――“プレートテクトニクス”。怨念の塊となった石油よ、大陸の狭間に沈め。アース・エンド」
見えなくなった地面の下では地殻変動が発生し、石油を地下に生じた大空洞へと落としてく。
「皐月を連れてくるべきだった。石油ならよく燃える。こっちの世界なら温暖化も気にしないでいい」
「アジサイの七節の直撃を受けてもまだ動いている相手が、燃やしただけで勝てると思う?」
既に地上に噴出していた石油は氷河の生成と共に凍り付いていた。並の魔王であれば二度と動き始める事のない七節の氷魔法であるが……凍結された内部にて、石油は血液のように脈打っている。討伐できていない。
苦虫を噛んだ味を感じながらもアジサイは黄昏世界から消えた。優太郎とラベンダーも同じタイミングで退去を完了する。
『……不完全燃焼極まるが、焦る必要はない。この世界は終わる。もうすぐ終わる。老衰した女神により、我々の望み通りに人類は死滅するのだ』
混世魔王・石油も撤退するようだ。この場にはまだ数人の復讐対象が残っているが、たかだか数人に拘るつもりはないらしい。『正体不明』を看破させて石油として顕現するという最大の目的は既に果たしている。
黄昏世界の確実な死滅を石油は望む。
地球を滅ぼせれば最良であるが、世界一つを終わらせられる機会というものはそう多くない。復讐者職としては甘美に過ぎる。
『初戦はこれまで。我々は最終決戦の地、灼熱宮殿にて人類の救世主を待つとしよう』
惑星最大の呪詛と化した石油の気配は遠ざかっていく。
今回の戦いに参戦していた復讐者達も呼応し、決戦の地へと移動を開始した。巨人の復讐者は一瞬、空を見上げたものの何も言い残さず去っていった。
真空宇宙での戦いは、突然の四足獣の撤退により切り上げられた。向こうはまだやる気十分に見えたというのに、上司から不本意な命令を受けた平社員みたいな憤慨顔で火を噴いて飛んでいってしまう。
残された俺はというと、引力により惑星へと舞い戻っていた。
戻れる事自体は望み通りである。けれども、単身での成層圏からのダイビングを決行する破目になったぞ。
文字面だけだと溶岩に飛び込むくらいの絶命行為であるが、そこまで慌てる必要はないだろう。成層圏からのダイブはレベル0の人間でも成功例がある。
俺はパラシュートを持っていないけどな。
「『三節呪文』習得。――炎上、炭化、火炎撃ッ!」
地上に衝突するまでにどれだけ減速できるかだ。『既知スキル習得』で一時的に魔法を使用可能にし、皐月お得意の火炎魔法を下方に放出し減速を試みる。正直、役立っているかどうかは分からない。
そもそも、今はどこに落ちているのか。黄昏世界も朝夜があるので自転している。たった数分の宇宙遊泳でもかなり移動してしまっていたはずだが。
「うぉぉぉッ……んっ?」
ともかく減速しなければと手の平から火の玉を発射していると、はるか下方に動く点を発見した。
高度低下と共に点は大きくなり、姿が明らかになる。UMA……じゃない、馬だ。空飛ぶ馬が空中を走っている。尾っぽがあるのでクゥの馬、玉龍と思われる。
玉龍との距離は近づき、向こうも接近してきて、自由落下している俺と交差する軌道で走り抜けた。
その瞬間、見事に俺を背中でキャッチする。
「お、お前、すごいな!」
馬なので無口だ。尻尾を一度ピンと立てて返事をしてから下降を開始する。
自由落下とは段違いに安定した馬の背に揺られていると、扶桑樹の巨体が見えてきた。ついでに存在する広々とした氷河はアジサイの仕業だろう。
誰かいないかを探していると、発見したのはクゥである。衛星のように三つの黒八卦炉の宝玉がグルグル回っている中心でプカプカ浮かんでいた。
「……黒八卦炉の力を使っているからだな。うん」
飼い主たるフライング村娘へと玉龍は近づいていく。クゥの方も俺達に気付いた様子だったが妙に反応がないな。地上方向に顔を向けたままだ。
召喚されたはずの三人は見当たらず、不定形型の混世魔王もいない。何があった?
「あ、あ、アイツ等! 状況悪化させて倒しもしないで勝手に帰ったッ!!」
トランクスは綿100%だから許されました。
それはそうと、コミックポルカ様にて「魔法使いを助けたい」連載中!
第二話まで公開いたしました。下のバーナーよりサイト移動できます。