14-10 どうして『コントロールZ』は使えないのか
声と長身のシルエットから判断できた。妖怪聴訟で目撃したオリエンタルドレスの長身の女だ。こいつが扶桑樹の人間体だろう。
巨大な世界樹全体が扶桑樹であり、人間体は枝葉を加工して作った人形に過ぎない。人間で言えば指先のようなものなのだろうか。全体の一パーセントにも満たない部位と直接対峙する意味があるかというと、扶桑樹にとっては特にない。
「乳母役のお前には十姉妹を止める義務があったはずだというのに、子供の戯れと見過ごした。見過ごして、見殺しにした。違うか?」
「わ、私はっ、わた、救世主職が、私は違う」
「乳母であった事を否定するのであれば、俺の言い分は的外れだな」
「ち、違う。私は、次代のためのゆりかご、湯谷の乳母、天の寝所、生命の木。そして……娘達を失った今は、暗き乳母」
「乳母でしかなかったから、十姉妹が非行に走ろうと気にならなかったか?」
「違うッ。私は娘達を大事に育てていたの。大切だったの。愛していたのっ」
だが、俺にとっては意味がある。動揺した扶桑樹の顔色を注視しながら追い詰める事ができる。対世界樹戦に慣れていようと、ゴツゴツした樹皮を見ただけで扶桑樹の感情を読み取るスキルは俺にはない。
「責任を感じない程度の大切さか。なんだ、お前の愛情はその程度だったのか。所詮は妖怪の戯言だったな。救世主職を恨んでいるというのも、そういったポーズなのだろ?」
「違う!! 私は責任を……私の責任は……ない? 救世主職がすべての責任? 娘達を大事に思っていたのに、どうして私に責任が、ないの?」
扶桑樹は己の言葉に不審を抱いた。
首をゆっくりと傾けていき、言葉を反芻する。それでも説明できない自分の行動に顔の筋肉を引き攣らせる。
ついに、両手で顔を覆って苦しみ始めた。
「私の責任は、どこに消えてしまったの??」
この隙は逃せない。扶桑樹を仕留めるならば今しかなく、洞の奥へと突撃する。
夜に加えて洞窟のような場所である。『暗視』スキルでの視界確保は必須だ。
スキルによって、定価うん万円の暗視スコープよりも鮮明になった内部空間は想定より広くて深い。
扶桑樹の人間体たる女を最奥で発見する。
……同時に、別のものも見えてしまう。
扶桑樹の背後に十の墓標が並んでいたのだ。この色褪せた黄昏世界にあるまじき煌びやかな絹の服や虹色の玉で着飾られている。場違いに整えられた祭壇に瞬間的に目を奪われてしまった。
「わ、わた、わた、私が――違うッ! 后羿の所為だッ!!」
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▼扶桑樹
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“ステータス詳細
●HP:10100297013/1099511627775(毒状態)
●力:141 ●守:100 ●速:1
●魔:1651/65535
●運:0
●陽:5 → 4”
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たったそれだけの微かな合間に、扶桑樹は精神を持ち直して迎撃してきた。足元を剣山のごとく尖らせてきたために、踏みしめた右足が穴だらけになってしまう。
「これだから黄昏世界はッ」
特殊パラメーター『陽』によって精神をインスタントに持ち直した扶桑樹は、俺の右足の甲を貫通させた枝を絡ませて拘束する。
拘束後に生やされた本命の長枝により、真正面から腹を貫かれる。同時に根を生やして吸血も実施する徹底ぶりは何度食らっても慣れはしない。
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“ステータスが更新されました(非表示)
ステータス更新詳細
●人身御供(Bランク)(非表示) → (Aランク)(非表示)
●人身御供固有スキル『捕食者寿命+5000年』(非表示)を取得しました”
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“『捕食者寿命+5000年』、生贄なれば人類史程度の寿命を延長する栄養価が含まれていて当然なスキル。
本スキル所持者を捕食した相手の寿命を5000年延長する。
肉体に含まれる栄養価は豊満であり潤沢。人間族程度の短命種では正確に感じ取れないためスキルの効果は逆に薄れてしまうが、長命な妖怪や神格ならば気配を察しただけでも涎を垂れ流す破目になるだろう。
本スキル所持者と真に冷静に接する事ができるのは生まれたての赤子くらいなものである。逆に、寿命が残り少ない者ほどに理性を失い、発狂しながら食って掛かる”
“取得条件。
人身御供をAランクまで熟成させる”
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どてっ腹に穴が開くダメージは許容できない。すぐにでも『コントロールZ』を発動して後戻りするべきだろう。
「后羿、お前の言い訳は見苦しいな。お前はやはり故意に十姉妹全員を殺した。お前が言う通り手元が狂ったのであれば、どうしてその瞬間に時間を巻き戻さなかった? 救世主職は『時を戻せる』はずだ。失敗を帳消しにできた癖にッ」
……『コントロールZ』で時を戻せないな。うん。
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“『コントロールZ』、少しだけ時間を戻してピンチを乗り切れるかもしれないスキル。
『魔』を1消費して、時間をコンマ一秒戻す”
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いや、網膜内の情報では時を戻せると間違いなく書いてあるのだが、嘘つきな妖怪が『時を戻せる』と言っているのであれば、時は戻せない。いや、もう少し論理性が欲しいと個人的に強く思っているのに後頭部を無理やり押し付けられているかのごとき納得感が深堀りを禁じている。
混乱している間に時間がかなり経過したぞ。痛みが出てきてモタモタしていた所為もあり、『コントロールZ』でも回避はもう無理だ。
「違和感があり過ぎる! 扶桑樹、『斉東野語』を使っただろッ」
厄介な妖怪職スキルめ。使われた事さえ気付き辛い。警戒したところで会話可能な距離にいる時点で無理だな。本当に防ぐつもりなら耳栓をするしかない。
攻守が入れ替わり、精神を追い込んでいたはずの扶桑樹は詰めの段階に入っていた。
出口は枝が格子状に重なり封鎖されてしまった。
洞の天井は万年級の鍾乳洞と同じく尖った枝で埋まった。
十分に時間をかけて確殺準備は済ませたらしい。物理的にもそうだが、俺への反論もきちんと行って完全勝利を狙っている。
「后羿の悪性を証明し、十姉妹を殺害したお前を断罪する」
洞の内部は切迫している。が、そんな緊張の瞬間は巨大な扶桑樹の内側での出来事のため当事者以外知りようがない。
「――まったく、ね。数千年前の出来事を今更、言い合っても意味がない。全部が無駄。どうあろうと十姉妹が悪である事に変わりないのに。……陸、御影君を救いなさい」
“――嫌”
「嫌とか言うな。隠れて見張らせたのだから最後までやって。姉の言う事は聞け」
“一つ違いで姉ぶるな”
「黙れ。やさぐれて迷惑かけまくった償いの場なのだから、励めっての」
知りようがない出来事を知っているのは、黒八卦炉を一つ飛ばして盗聴していた不届き者くらいだ。
「ほら、間に合わなくなるから早――」
扶桑樹は、詰めを誤った。俺への反論ばかり考えているから想像できないのだ。
「あの瞬間、俺は『コントロールZ』を使った。それでも失敗した」
「死に際の言い逃れにしても、見苦しいぞッ」
「そんなに見苦しいか? ……時を巻き戻してもなお、救世主職の矢から姉妹を庇うために動いたお前の娘の行動が」