14-9 誰が姉妹を殺したか
扶桑樹に立ち向かうなど本来無謀だ。
巨大な樹木ごときに、どうしてそんなに恐れなければならないのか。山に行けばありふれた木がスケールアップして動物の真似事のように動いているだけ。所詮はトレントの傍系亜種。モンスターにはより冒涜的でより理解し難い真なる怪物がいる中、理解の範疇に留まる世界樹は生易しい手合いである。
「行く。炎の壁を消せ、クゥ。進むのに邪魔だ」
「本気なのっ!?」
「間抜けな扶桑樹は向こうから近づいている。走って近付けるなんて好機だろ?」
見当違いも甚だしい。人にとっては動く程度の樹木さえ脅威足りえるのだ。
常に地面の下から根を伸ばす奇襲攻撃に怯えなければならない。
無数の枝や根を自在に動かして圧倒的な手数で殴殺される恐怖を味わわなければならない。
何かの手違いで攻撃の嵐を乗り切ってダメージを与えられたとしてもすぐに再生されてしまう。
攻略法など用意されていない。圧倒的な強者との戦いが、世界樹との戦いである。人類の多くは初見殺しの根の奇襲攻撃で串刺し刑となる。
……ただ一人、俺を除けば。
激高中の扶桑樹ならば見慣れたものだった。どこから頻度高く攻撃してくるかは痛覚と共に体がすっかり覚えてしまっている。
「俺一人で挑む。全員で動くよりも簡単だ。一か月近く扶桑樹にいたぶられて、攻撃パターンを完璧に覚えた」
「扶桑樹にいたぶられていたお前が、一人でなんて無茶だ!」
強がりだ。お前は結局近付けなかっただろ、と紅の表情は言いたげであるが、誤解がある。
俺はスキル頼りのアサシン職だという事を忘れてはいないか。パラメーターなどフレーバー。スキルこそが本懐。それを封じられた俺など、翼をもがれたペンギンも同じだ。
宝貝の封印を解かれた今、真の実力を見せてくれよう。
「『暗躍』ならびに『暗影』発動!」
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“『暗躍』、闇に生きる者のスキル。
気配を減少させて、発見確率を下げる事が可能。多少派手に動いても、何だ気のせいか、で済まされるかもしれない”
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気配を限りなく消しながらの影を纏っての瞬間移動。この結果、扶桑樹は俺の姿を完全に見失う。
扶桑樹の攻撃パターンを完璧に把握した結果の最適解は、隠れる、だ。馬鹿みたいな手数の化物の正面攻略は不可能なので、俺は隠れさせてもらおうか。
「……ん、御影君?」
「どこに消えたッ。后羿ェェえええ!!」
「貴方の姿がなくなったら、扶桑樹って私達を狙ってこない?」
そんな事はない。扶桑樹は俺を探して全方向を闇雲に攻撃するため、全体の三割くらいしかクゥ達を狙わないはずだぞ。
「ぱぱを俺達で援護する。『オウム返し』発動。カカカ、俺が御影だぞ!」
「后羿、そこかッ!」
「ちょッ、今、御影君の声真似なんてしたら全部の攻撃がこっちに来るじゃない! 逃げて、玉龍!」
流石の黒曜である。特に反論もなく囮として活躍してくれそうだ。
想定よりも接近し易くなった。太い根の影に潜みつつも扶桑樹本体へと距離を詰めていく。根を辿った先にあるのは摩天楼のごとき巨体の扶桑樹だ。
扶桑樹の元から脱出する際に問題となった振動検知によるオート攻撃はこの状況では無視していい。扶桑樹自ら暴れまくっているため誤検知を避けて機能が切られている。
問題は見晴らしのいい根本付近か。すべての根が地面に潜っているため隠れる場所がない。
「問題ない。こうして俺の声が届く距離まで近づくのが目的だ」
「いつの間に足元に! 后羿、死ねッ」
扶桑樹を見上げたまま、俺は半歩左に移動する。
すると地面から突き出してくる槍のように鋭い根。半歩避けているため体をかすっただけでダメージはない。
木のため扶桑樹の表情は分からないが驚いているように見える。攻撃パターンは体が覚えていると言っただろ。
「扶桑樹に訊いてやる。十姉妹は誰の所為で死んだ?」
「キサマがッ、言うかッ! 張本人のキサマが!」
今度は四方からの同時串刺しであるがこれは屈んでしまえばいい。その後の太い根による圧し潰しは転んで避ける。
業を煮やした周辺全体の範囲攻撃は『既知スキル習得』経由の『マジックハンド』で、太い根を掴んで上に逃げた。
「もう一度、訊いてやる。十姉妹は誰の所為で死んだ?」
「お前の所為だ。お前が世界などというくだらないもののために、愛しき娘達を手にかけた」
「いや、違うな」
「そうだ、違うッ。お前に世界救済などという高尚なものがあったはずがない。口を歪める程に高笑いながら娘達を射殺したお前にあったものは、妖怪さえも忌避させるドス黒い嗜虐心だけだ!」
足場にした根が振られて落とされる。
着地した先では砂埃を上げつつ横薙ぎに振るわれた根が出迎えてきたので、『暗澹』を展開して俺も歓迎だ。
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“『暗澹』、光も希望もない闇に身を置くスキル。
スキル所持者を中心に半径五メートルの真っ黒い暗澹空間を展開できる。空間外からの光や音の侵入は拒絶されるが、それ以外については出入り自由である。『暗視』スキルがあれば空間内でも視界を確保可能。
空間内に入り込んだ相手の『守』は五割減、『運』は十割減の補正を受ける”
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視界を遮るためというよりも『守』半減を頼ったものだ。黒曜より借りたエルフナイフで暗澹空間内に入ってきた根を縦に斬り裂く。輪切りだとただ分離するだけで動きを止めないため、キャベツの芯に切り込みを入れて成長を止めて長持ちさせるような小技が必要だ。
「十姉妹全員を殺したのが、お前の残虐性の証明だッ」
暗澹空間ごとの締め付け攻撃が俺の体を捕える。いや、『暗影』によって空間跳躍した俺はもうそこにはいない。
とうとう、幹に到達だ。
何というかカブトムシみたいだな、と脳裏で想像しながら登攀を開始する。枝が襲ってくるのが邪魔臭い。
「扶桑樹。それも違うぞ。お前の認識は何もかも間違っている」
「何が違うッ」
「救世主、后羿がどうして十姉妹全員を殺してしまったのか。まさか、分からないのか?」
まるで后羿本人のような口ぶりで煽っているが、決して当てずっぽうではない。かなりの確信がある。
仮面を外して后羿を呼び出して事情聴取している訳でもない。クゥに注意された俺は律儀に仮面を付けたままだ。だが、分かる。本人に訊くまでもない。
それくらい、分かり切った事なのだ。
ちょっと話を聞いただけでも想像できてしまうくらいに、当たり前なのだ。
黄昏世界の奴等を蔑んで后羿の代理で扶桑樹を糾弾するくらい訳がない。既に救世主職ではない俺が代弁するのも気恥ずかしいものの、俺しか分かっていないのであれば言ってやろう。
「手元が狂ったんだ」
真実に驚いた風でもないのに枝を使った攻撃が止んだ。都合がいいので登り続ける。
「ふ、ふ、ふざけるなッ!!」
「ふざけているのはお前の方だろッ!!」
何も分かっていない扶桑樹に教えてやる。
「世界を救うために子供を殺せと言われた救世主職がただただ冷静でいられたと? 指がまったく震えなかっただと? この世界の奴等は救世主職を何だと思っているんだ!!」
世界を救うためとはいえ、魔王の自覚さえない子供を殺せと命じられた男の苦悩だ。俺もすべてを理解できているとは決して思わない。
『マジックハンド』で枝を引き寄せ撓らせて、自らを玉のように撃ち出す。一気に百メートルを登る。
「世界と子供を天秤にかけられて断る訳にもいかない。実際に被害者も出ている。だから子供だからと容赦せず一人目を射った。その直後に見たのは、子供のように逃げ惑う残り九人だ」
義務であろうと自らが引き起こした結果に、男は恐怖を覚えなかったはずがない。
一人、また一人と射るたびに心をごっそりと削られた。自分が正常な人間なのだという自覚があればある程に心にダメージを負う。平時であれば何て事のない的当てだというのに、その的が動いて叫び泣いているだけで、こうも当てづらいなど理解したくもなかった。
「救世主が笑っていただと? 違う。姉妹達に泣いて懇願していたんだ。人類の敵として振る舞ってくれって。ただの子供のように逃げないでくれって」
世界を救うために壊れかけの心で矢を飛ばし続けた。
けれども、そんな心でいつもの技量を発揮できたはずがない。姉妹を一人残すなどという生殺与奪の権利が、より一層、手を震わせた。
最高潮に手が震えた瞬間は姉妹が残り二人となった時だった。そして、その二人を同時に射貫いてしまったと気付いたのは、矢を射る寸前か、もっと後だろうか。
決定的な失敗だった。
救世主職に子供の殺害を依頼するなど、それこそが失敗だった。
いや、失敗を指を差して追及するのであれば……姉妹を魔王にしてしまった大人の責任も問われるべきだろう。
「お前の所為だ、扶桑樹ッ。お前が俺に姉妹を殺害させたんだ!」
「お前の事など知るか。実行犯が何を言ったところで――」
「乳母役だったお前の所為だ! お前の不手際が姉妹達を魔王にし、俺に姉妹を殺させたんだ。お前の所為だ!」
「――ち、ちがッ」
扶桑樹の動揺は明らかだ。枝による迎撃は限定的となり、登攀を阻むには少な過ぎた。
その間に扶桑樹の洞へと到達し、人間体の扶桑樹と対面する。