14-7 天竜川の遺恨
昼夜逆転の異常現象が扶桑を包み込む。天候を操るような粗末な変化ではない。惑星外の事象を操る巨大な権能が働いている。
「月が、出ている?」
異世界の夜空にも月は昇るものだが、それは数週間前までの話である。月を司る女神の崩御によって黄昏世界の月は失われたのだ。俺も月蝕によって欠けていった月を目撃している。以降、夜に月は現れていない。
だが、今、月は夜空に浮かんでしまっている。
どういう訳だ。
「月を照らす権能。この程度でも扶桑樹の無限増殖を停止させるのには役立つものですね」
“――この程度を行使するだけでも精一杯な小娘が、月の宝玉で召喚せし救世主職に敵うつもりか?”
「世界樹の切り倒しは御影様の領分ですわ。であれば、わたくしは救世主職の相手をいたしましょう。……どうやら、わたくしとも因縁がありそうですし」
“説得せんぞ。此方はヒガンバナの肩を持つ”
「ご勝手に。わたくしも勝手に月の権能を利用します」
月の夜空を歩いている女性がいる。
まさか、と思いながらも思いつくのはたった一人だ。事象を誤魔化す彼女にしかできない芸当だった。
「桂さん!」
「御影様。月の魔法使い、月桂花が参りました。ご存分にご活躍くださいませ」
ここ、異世界なのですが。こちらから召喚した訳でもないのに現れてくれる月の魔法使いが頼もしい。前門の扶桑樹、後門の魔法使いの内の片方を担当してくれる様子だ。
スキルも戻った今、反撃の時だろう。
「月桂花……月桂花カァァアッ!!」
土もプランターもあったものではない夜空に咲き始めた毒花が桂を囲み始める。ちょっと待て、ヒガンバナ。対空攻撃手段もあったのか。
「裏切りの魔女ッ。天竜川の元凶ッ。殺してやるからせめて死んで詫びろッ!!」
「その姿、その容姿、その魔力。天竜川出身者と拝見します。であれば、恨み節は当然ですね」
「全員殺されたんだ。お前の所為でッ!!」
「はい、私の所為です。私が世界と引き換えに数多くの人々を犠牲にしました。理由があろうとも決して許してはならない所業ですので侮蔑は当然です。……が、その前に一つ。お名前をお聞きしても? なにぶん、天竜川には行方不明者が多いものですから」
「し、死ねェエエエッ」
内面を知る程の仲ではないし友人ですらない関係性で言うのも何であるが、ヒガンバナが別人のごとき激情を見せるとは驚きだ。目を血走らせて叫び上げてしまっている。
この二人の魔法使いは水と油どころではない。水にマグネシウムを投じたかのような反応。なまじ、ヒガンバナの言い分が正しくて、桂の過去は弁護のしようがないのが最悪だった。
止めるべきかとも思ったが、桂は任せろと言わんばかりに一度微笑んでから毒花を避け始める。ヒガンバナを激怒させて注意を引いたのであれば仕方がない。
実際、激高したヒガンバナを見て理解したが、本気を見せた彼女の実力は高い。
「勝ってうれしい花いちもんめ」
たった一撃ですべてを燃やす派手さはない。花はあっても破壊力のない植物生成の魔法の宿命だ。森の種族が用いる精霊魔法に類似しており目新しさはあまりないかもしれない。
ただし、樹海に等しい規模感ともなれば話は大きく異なってくるが。
「負けてくやしい花いちもんめ」
扶桑樹に荒らされたものとばかり思っていたヒガンバナの花園に、異形の草花が芽吹き、加速度的に増殖していく。それも地平全体で同時多発的にだ。一気に樹海化させた範囲は扶桑樹のテリトリーと同規模であり、扶桑樹の領域の一部を上書きする勢いである。
樹海の創造と使役。
ヒガンバナの真価は、扶桑樹に匹敵する植生そのものだ。
「呪文詠唱中の事前現象だけでこれだけの規模を? いえ、あらかじめ種を植えておいたのですか。見る限り、地球の植物でも黄昏世界の植物でもなさそうですが」
「あの子がほしい。あの子じゃ分からん――常緑絶景の選りすぐりだ。貪食植物に吸血植物、有毒植物。全部が全部、お前達を殺すために種を採取しておいたんだ」
「廃れた技法ですね。呪文を必要以上に長くする事で、呪文以外の言葉を挟んだ際の失敗率を下げる。本来は威力向上を目指したものでしたがそちらの効果は一切なく、結局は呪文短縮が主流となって消えていった」
「あの子がほしい。あの子じゃ分からん――廃れた、と? そうか。私が異世界に消えた後も、お前は続けたか。天竜川の悲劇を続けていたのか!」
主様と同種たる扶桑樹と半世紀戦えたヒガンバナの実力を見誤ってはならなかった。
巨大な毒花の一つをステージにヒガンバナが詠唱を終える。
「そうだんしよう。そうしよう――統制、繁乱、植生、樹海、鉄樹開花、人生をかけた執念を養分に怪なる植生の養分となり果てろッ。『長呪文』完成! お前の言う廃れた技術でお前も消えてしまえ!!」
==========
“『長呪文』、呪文はやはり長ければ長い程にいいスキル。
ファーストルック、ファーストキルなどという味気無さのない、魔法のあるべき姿をあるべき方法で使用する。結果、影響範囲も影響時間も広く長くなった。
熟練すれば一日ごとに呪文を追加詠唱して魔法の常駐化も可能になるだろう”
==========
ヒガンバナの猛攻が始まった。
空を飛んでいる桂へと飛び交う毒性花粉や溶解液はただの陽動で、本命は背後で種から急激成長した食人植物だ。ハエトリグサに似た巨大な口に桂は飲み込まれていき、ゴリゴリと骨を砕かれる嫌な音が響く。
再会も早々に生命を断たれてしまった桂に息を飲み込む。
飲み込まれたはずの桂が月を背負って浮かんでいたので、駆けつける程の焦りには至らなかったが。何故か数も多く、幾人かの桂が空に立っている。
「幻影? 月桂花ならその程度はッ!」
「戦う前にもう一つ。わたくしなどに構っていないで、救世主職として扶桑樹と戦うべきではないでしょうか?」
「本物の月桂花にこれ程近しいなんてッ。これなら、妖怪の擬態だろうと本物であろうと構わない。どうして黄昏世界にお前がいるかなんでどうでもいい。私の恨みのためにお前が死ぬ事が重要なのだから!」
「問答無用ですか。まあ、いいでしょう。身から出た錆ですね」
「毒花の魔法使い、ヒガンバナ。万物を毒すッ」
「月の魔法使い、月桂花がお相手いたしますわ」
ヒガンバナの相手をさせるには最も不適合な桂であるが、ヒガンバナの本気に耐えられる人材という意味で桂は適切だった。
桂も少し見ない内にパワーアップしていそうだ。魔法を使っている気配もないのにどうやって幻影を作り出しているのやら。
それでも心配は心配なので、扶桑樹をさっさと倒そう。
「という事でさっそく、誰かあ――」
「その仮面。外すなって何度言えば分かるのかなぁ? 反省って言葉を知らない?」
クゥのアイアンクローに阻まれてフェイスオープンを中断されてしまった。
いや、おっしゃる通りであり、つい最近も世界を滅ぼしかねない失敗をしたばかりなのですが、扶桑樹の枝が来襲している最中にじゃれている場合ではな……あっ、上から影が。