14-1 ヒガンバナ1
赤い花吹雪がトンネルを形成し、俺達を導いてくれている。
逃亡者を決して逃がしはしない。必ず捕えて地面に叩きつけてグチャグチャに潰すといった殺気の込められた扶桑樹の根を、赤い花が防いでくれている。
ただの花びらが触手のようにうねる根を阻む。実に奇妙な光景だった。
根は最低でも送電ケーブルサイズ。大きければ樹木の幹の直径を超える。それが鞭のように振るわれているのだから物理エネルギーは相当なものになっているはずだというのに、花びら一枚に盾のように弾かれていた。
いや、違う。
根は弾かれていない。
花びらに触れた部分が腐って分解されているのだ。だからトンネルの内側まで届いていない。
「扶桑樹の支配圏を、抜けたっ!」
最後まで追ってきた鉄塔サイズの根もあったが、さすがに動きが遅い。花びらのトンネルを力押しで破壊した頃には、もう俺達は支配圏を脱出していた。
扶桑樹の監獄より脱獄成功だ。
囚人を暴行して憂さ晴らしを続ける最悪な看守の魔の手、ならぬ、魔の根より、ついに逃れたのだ。嬉し過ぎて絶叫してしまう。
「どうだッ。クソ世界樹!! 逃げ切れたぞぉおお」
「着地場所にはお気をつけを。私の花は世界樹さえも枯らす毒を有します。花の上に降りてしまうと、足が爛れてもげるだけではすみませんよ」
「……はっ?」
誰だか知りませんが、あの、ちょっと警告が遅くはないでしょうかね。俺、空中に跳び出してからの自由落下中でして、着地地点の変更なんてできそうにないのですが。
眼下には足の踏み場もない一面の花園が広がっている。密集して咲いているため上空からでは赤い絨毯にしか見えない。
例外は少し遠くにある丘の上の空白地帯であるが、遠過ぎて届かない。
「花だらけじゃねぇか! わりぃ、御影。俺死んだ!」
「紅。こっち来い。ほら、キャッチ」
諦めるには早いので、紅の腕を掴んで引き寄せる。
親譲りの頑丈さを誇る紅が耐えられない花。花一本にも触れさせないようにするためには頭上に掲げるのがベストか。けれども、着地時の衝撃で転倒しないようにするためには重心は下の方にあるべき。
つまり、紅を守るのにベストな位置取りは、腰から上、首から下だ。
「お姫様抱っこ。これが最適解だ。とてもクレバーな答えだというのに、どうして顎を殴る。痛いじゃないか」
「誰がお姫様だッ。離せぇぇ」
「しっかり抱きつけって。そんなに恥ずかしがる程のものはないだろ」
「それがてめぇの遺言かッ。アアッ! 牛皮だから柔軟性がないってか、アアッ」
誰もそこまで言っていない。紅の種族がホルスタインではない事だけは確かであるが。
そうこうしている内に、両足に力を入れて花園の上へとランディングを実施する。地面をえぐり二本の線を引きながら制動を試みる。
事前の警告に反して俺の足は無事だ。鎖の回復能力を期待して足を犠牲にするつもりだったが、痛みはなく肩透かしである。紅が暴れて引っかかれた頬の方が痛いくらいだった。
「……私の毒に耐えられるとは珍しい。救世主職となってからは初めて、ですね」
抱えた紅も無傷ではないが無事である。着地時に飛散した花びらが触れた瞬間、痛そうに顔をしかめて首に抱きついてきたくらいの負傷で済んでいる。
やはり、この赤い花。かなりの有毒花らしい。
俺だけ効かない原因は『耐毒』スキル以外に思いつかない。宝貝による拘束はアクティブ発動系スキルに限定されるのだと今更分かる。
「ようこそ、エデンの東に。みすぼらしい場所で十分なもてなしはできませんが、それでもよろしければこちらにどうぞ」
丘の上より女の声で呼ばれた。
声の方向を見上げてみると、誰かがこちらへと手を振っている。
扶桑は辺境の中の辺境。扶桑樹以外に誰も住んでいないと聞いていたのに、現実として誰かが丘の上にいる。妖怪か神性か。花でトンネルを作って助けてくれたので敵ではないと信じたいが、扶桑樹から餌を奪っただけかもしれない。
「滅茶苦茶怪しい。御影、行くのか?」
「他に行く当てもない。戻る事もできない。行くしかないだろう」
仲良くお姫様抱っこしたままの紅と軽く相談した後、俺達はおもてなしされるべく丘を登る。
不毛の大地に咲く赤い花園は異質だった。
けれども、赤い花園の中心地で着物姿の女性が正座で待っている光景こそが真に異質だった。
赤い下地に黒い彼岸花という柄。
そんな着物を着ている彼女は、日本人形のような髪型をしている。
「あの、貴女は?」
「気になる事は多いでしょう。私もそうです。たとえば、妖怪と徒人が仲良く抱擁している事も気になるところです」
「ここに花はねぇから、いい加減に下ろせ!」
着物の女性の外見年齢は若い。背丈が低く、腕が細い所為もあるだろう。外見通りの年齢であるかは定かではない。
女性は赤い絨毯の上に正座しており、俺達にも座るように勧めてきたので遠慮なく座る。
「まずは自己紹介をいたしましょう。敵かどうかも分からない者同士ですが、呼び名すら分からないと不便ですので」
暗に女性も俺達を疑っているという前置きをしてから、彼女は名乗る。
「私は毒花の魔法使い、ヒガンバナ。月の女神嫦娥の召喚に応じて黄昏世界に訪れた救世主職の一人です」
「ヒガンバナ! やはり日本人っ!」
綺麗に背を伸ばし、お手本のように正座している着物女性。
どこからか取り出した茶碗に、やはりどこからか取り出した茶筅でシャカシャカとお茶を点て始める。俺達をもてなしてくれるためのものだろうか。
「私の出身をよくお調べになりましたね」
「いえ、同郷です。俺も日本人です」
「妖怪は『擬態』しますので。話半分に聞いておきましょう」
駄目だ。俺の言葉を信じてもらえていない。用心深いのはいい事であるが、俺は正直者であると分かって欲しい。
もう少し、出身地を特定してみせるか。
「……もしかして、天竜川付近の出身です?」
着物女性がお茶を盛大に零した。おや、ミステリアスな第一印象に反して分かり易い反応だ。
「熱ッ!?」
「す、すみません。手元が狂いました。よ、よくお調べに。心を読むスキルでもお持ちでして?」
「持ってはいますが今は使えません。ただ、花の名前の魔法使いは、天竜川の魔法使いの特徴だったので。ですが、ヒガンバナという名前の魔法使いは聞いた事がない」
「こう見えて私も百歳近いので。知り合いも、もう生きてはいないでしょう」
「過去の魔法使い??」
着物女性の方こそ俺の心を読んで『擬態』した妖怪ではないのかと疑いたくなるが、妖怪もそこまで酔狂ではない。騙すにしても設定がぶっ飛んでいる。百年前の架空の魔法使いに化けるのは意味不明だ。
だとしたら、本当にヒガンバナなる彼女は天竜川魔法少女のOGなのか。いや、それこそ信じ難い。
「……桂さんに確認できればなぁ」
ヒガンバナは再び点て始めたお茶を、焼き回しのごとく盛大に零す。
「熱ッ?!」
「桂? 月桂花?? あの魔女の知り合いッ。やはり、貴方達は敵のようですね!」
「誤解。誤解です! ちょっと話を!」
後方に跳び退いて臨戦態勢を整えようとしているヒガンバナ。敵対するにしても、せめて俺達も自己紹介を終わらせてからにして欲しい。