13-1 廃棄処理場、扶桑
半殺しならぬ九割九分殺しの私刑はどこまでも続き、肉体は急速回復されても精神は治る暇なく傷が重なり続けてズタズタだ。
正直、精神崩壊していてもおかしくない拷問の数々――串刺し刑、圧殺刑、内臓いじくり刑――だというのに、俺の心は図太く生存し続けている。
==========
“『破産』、両手から消え去った金に泣くスキル。
資産がなくなった圧倒的な喪失感により精神崩壊する。既に精神異常状態であるため、魔法やスキルによる精神攻撃を拒否できる。
垂れた顔になるのはスキルの仕様ではない”
==========
いやいや、扶桑による虐待は物理だし。魔法やスキルではないから『破産』スキルの対象外のはずだ。垂れた顔をしているが仕様外だと書いてある。
では、どうして俺の心は壊れない。
まあ、見当はついている。繰り返し系の拷問に強くなっている理由があるとすれば、救世主職関係と相場は決まっている。黒曜が蟲星で何度苦しんでも心が折れて欲しくても救世を続けたと聞いている。辞めた前職だというのに、今もストーカーのごとく付きまとうか。忌々しい。
==========
“『丈夫な体』、救世主が病気や寿命ぐらいで死んでいられないスキル。
救世主職として戦うために寿命がなくなる。病気や疲労といった肉体的な不利に対しても耐性がかなり強まる。
パラメーターには反映されない方面での肉体強化であるが、地味に効果が高い”
”《追記》
健全な精神は健全な体に宿る、というのは誤った解釈である。が、一概に間違っているとも言い難い。不可視の心とて脳内物質の影響を受ける。肉体の状態は心に反映できる。
であれば、健全な体が続く限り健全な精神を続けてしまうのは道理。体という牢獄が心の粉砕を許さない。世界を救う事を休んでいる暇はないのだ”
==========
精神が壊れていないなら諦められない。
といっても、詰み状態が続いている。激痛に苦しみながらも思考を確保してどうしたものかと悩んでいると……ふと、拷問が止まった。
扶桑樹の蠢く根が停止して、地中に戻っていく。俺は特になにもしていない。変化があったとすれば何だろうか。
強制回復によって視力を取り戻した目で原因を探して、見つけ出したが、いや、自信はないな。
「……夜、か??」
山脈の向こう側が毒々しい赤色に光る黄昏世界の夜が到来していた。
スケールは馬鹿らしいが扶桑樹も植物に分類される。日光の減る夜間は活動が鈍る。主様だって無限増殖するには太陽の光を必要としたので間違いはないだろうが、俺を嬲り殺すくらいなら夜間も継続できそうなものだ。
実際、最初に扶桑樹と遭遇したのは夜だったはずだ。
「はぁ、はぁ、はぁ。……定時退社とは、人をいたぶっておいていい身分めっ」
扶桑樹の都合か。納得できないが一息つけるのであれば何でもいい。
大きく息を吸って胸を上下に動かしつつ、倒れたままで気力と体力の回復に努めていると、誰かに身体を抱え上げられる。
誰かと思えば。この引き締まった臀部は、紅孩児か。
「お前もいたのか。無事か?」
「ずっと放置されていた。扶桑樹は俺には興味がないらしい」
「どこに。行くんだ」
「黙って運ばれていろ。よくも俺に、喰わせやがって」
機嫌は悪そうだ。俺の運び方もぞんざいで、物のように雑に肩に担いでいる。お姫様のようにとは言わない。ただ、もう少し頭が揺れないようにして欲しい。
荒地を歩いてしばらく、到着したのは何かの跡地。屋根どころか壁すらほとんど残っていない場所であっても人工物を見ると消耗した心身が微量は落ち着く。
半分崩れた壁を背にして座らされた。
「ここは?」
「おそらくになるが、十姉妹の寝所の跡地だろうよ。扶桑にあったと聞いている」
敷地は広かったと分かるが、風化が激しくどんな建物が建っていたのかは想像できない。ビジネスホテルのような長方形な建物ではなかったのは間違いないな。
「扶桑って言われても、異世界人にはいまいちピンとこない」
「大陸の東に浮かぶ島。といっても今は海が干上がって陸続きで島じゃねぇが、州にも指定されていない捨てられた土地だ。誰も住んでいない事をいい事に、滅するのが難しい存在の廃棄場として使われている」
「大陸の東? 聴訟会からすぐ到着しなかったか??」
「地脈を使って跳んだんだ。ここは大陸外。不毛の黄昏世界の中でも一番の辺境になる」
辺境と言われても、いつもの黄昏世界の光景……いや、剣山のような根に囲まれた衆合地獄か。
==========
“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●遭難者(初心者) → (Dランク)
●遭難者固有スキル『スティル・アライヴ』を取得しました””
==========
“『スティル・アライヴ』、遭難しながらもまだ生きている実績を示すスキル。
生存困難な状況でも生存を続けるスキル。
死亡する状況に瀕した際、一度だけ歯を食いしばって耐える事ができる。一度だけのため、連続する危機に対してはまったくの無意味”
“取得条件。
僻地での遭難を続けて、遭難者職に慣れる”
==========
ちょ、ちょっと待て。
生存困難な辺境で遭難中とでも言いたげな網膜ポップアップで俺に現実を直視させようとしてきていないか。扶桑は黄昏世界の中でも僻地だと言いたいのか――なお、取得したスキルは宝貝でオート回復する現状では発動の余地がない。
状況的にも体調的にも楽しく会話を続けられる状況ではないのだが、紅孩児は俺の真正面で胡坐をかいてしまっている。機嫌がすこぶる悪い事を示すキツい視線が俺の仮面を貫いていた。
「御影、どうして俺にてめぇの腕を喰わせやがった? 返事次第では、分かっているんだろうな」
紅孩児は殺意を隠していない。宝貝で拘束されている限り殺されはしないだろうが、協力関係の継続については今が瀬戸際らしい。
辺境に島流しにされた者同士、協力し合うべきという冷静な判断はここではちり紙程度の価値もない。
御母様の機嫌を損ねる事なく二人で生き延びたのだから結果オーライ、などという答えをほざいた瞬間、顎骨を粉砕されるだろう。
俺は生存を最優先事項として考えているが、それを紅孩児に押し付けても話は始まらない。彼女にとっての論点はそこではない。
「お前もクソ親父と同じクソなのか? こびへつらって生きていればそれでいいってか。あァ、どうなんだ。答えてみろよ」
「紅孩児、俺――」
そもそも、紅孩児の怒りは正当だ。生き延びるためとはいえ人肉を喰わされている。美味い美味いと言いつつ嘔吐する姿は酷く痛々しく、相応のトラウマが彼女の心に刻まれているというのがよく分かった。だから、本気で怒らない方がどうかしている。
だったら答えは一つだろう。
俺は紅孩児に対して、真摯に土下座する姿勢で真正面から対峙する。
そして、俺は頭を下げながら――、
「――俺に、謝りやがれよッ。俺の大事な腕を喰っておきながらなんだその態度! お前が牛魔王の娘の癖に弱い所為だろうが。それを俺の所為にしやがって、この不良娘がッ」
――下げた頭を突出させて、紅孩児の鼻を強襲してやる。