12-2 御前
桃源郷が襲われていると知って以降、牛魔王への罵倒を発するマシーンとなった紅孩児。あまりにも煩い彼女が猿ぐつわで黙らされたのは昨日である。
一方の俺は、拘束から逃れようと密かに努力していた。が、『力』だけで外せる仕組みではないらしく、結局、今も繋がれたままだ。一度は親指を引き千切る覚悟で手首を引き抜こうとしたものの、千切れる前に指が回復する所為で無理だった。牛魔王め。妖怪にしておくには惜しい有能さである。
「……移動が始まった?」
浮遊感と振動が続く。俺達を入れた牢屋ごとどこかへと運ばれているようだ。
どこへ、と問うのは今更か。
牛魔王は御母様が沙汰を下す、と言っていたではないか。ならば、最終目的地は黄昏世界を統べる女王の御前なのは確定している。
ワザワザ、俺のような救世主職もどきを生かしたままエスコートしてくれるのである。ボス部屋まで安全に直行だ。ここは招待に応じて、黄昏世界を滅ぼさんとする女の顔を見てやろうではないか。
「あれが、救世主職か」
「匂いは美味そうだな。ぜひ、おこぼれに授かりたい」
「まぁ、牛魔王のご息女まで」
「おお。怖い怖い。御母様の律令に触れたらしいぞ。これは牛魔王と言えど危うい。巻き込まれないようにしなければ」
感じられる妖怪の気配の数が増えてきた。そろそろ、目的地周辺か。
予想通りだったのか目隠しが取り払われる。妙な動きをすれば即時処分する、と脅されてしまった。目隠し以外は相変わらずのため、そもそも動けない。
煌びやかな金色の天井がまず目に入った。太陽と陽光を模した図を中心にして、数えて十の少女が楽しく踊っている絵である。周囲の壁にも同じ少女達が描かれているように思われるが、部屋が馬鹿みたいに長く続いているために十人では済まない人数が描かれてしまっている。
金も多いが、基本的には木造であるためオリエンタルな雰囲気だ。地球でも昨今は入手困難な巨大木の柱が随所に使われている。樹木が枯れ果てている黄昏世界でどこから調達したのやら。
真正面には長く続く階段と、赤い簾みたいなので仕切られた部屋が見える。
俺と紅孩児は、階段の上に対して献上された品のような扱いだ。単純に見えやすい位置に牢ごと置かれただけなのだろうが。
階段に最も近い位置にいる大男は、たぶん、牛魔王だ。
右の牛魔王に対して、左の位置にはオリエンタルドレスの女が立っている。なかなかの長身であるが、おぉ、怖い。殺意を隠さず俺を睨んでいる。どこかで見たような顔だが、どこだっただろうか。
牛魔王と女を筆頭に、真っ直ぐ、等間隔に妖怪共は並んでいた。すべて上級妖怪なのだろうが、気配を読む限りはそう大した感じはしない。牛魔王が隔絶しているという事もあるが、太乙真人級の妖怪でも多くても一人、二人。想像していたよりも妖怪共の人材は不足していると見た。
「御母様―御母様―。御顕現―。伏してお出迎えー」
階段の上が神々しく光ったと思えば、ドラが鳴り響く。
ドラの音の合間に、人語を喋る派手な色合いの妖怪鳥が飛び回って何かの到来を伝えていた。
妖怪一同は全員、床に手を付いて平伏し始める。ついに登場か。
「――此方の憂い、救世主職という名の害虫をようやく捕えたようですね。迅速な働きとは決して言えませんが、それはそれ。此方に仕えし、此方の世界の子らよ。よくぞ捕えました」
見上げる程に長い階段の上から発せられる声の癖に、よく届く。妙齢の女の声質でありながら、どことなく幼さを感じ取れる。
これが、御母様か。姿を見せないのは残念であるが、声が聞こえる近距離に現れたか。
「此度の働きは『灰と骨』白骨夫人……おや、消えていますね。では、褒美は次点の『白の力』牛魔王でしょうか?」
「恐れながら、御母様。実子が律令に反する大罪を犯した私には、資格がございません」
「そうですか、残念です。褒美による減刑を望みますか?」
「娘が救世主職に助力していながら、その救世主職を捕えて褒美などと! とても言えませぬ」
「律儀な事です、牛魔王よ。相も変わらず欲のない。……はぁ、堅物過ぎてツマらないなら、死になさい。律令破りは重罪、お前も当然、連座です。娘共々、此方の手で処刑します」
不穏な雰囲気だ。
俺を捕まえた側であるはずの牛魔王がいきなり処刑されかけている。牛魔王は伏した姿勢のまま逃げもせず、切腹する寸前の侍がごとく殺される瞬間を待っていた。
陽光が階段の上の部屋から溢れ出る。まだ光だけだというのに、室温が加速的に上昇し――、
「……とはいえ、ふふ、娘とは親心を知らぬもの。白も此方の娘達には手を焼いていましたね。当時よりお前は堅物でしたが、お前の忠誠心は此方が証明しましょう。族滅は止めにします」
――速やかに、下がった。
「御母様っ。娘にご容赦を。なにとぞ、ご容赦を」
「それはなりません。どのような処罰が適切かは、これより考えます」
急に態度を軟化させる御母様。
これはかなりの気分屋だ。黄昏世界の終わりを示す救世主職のスキル、『カウントダウン』が安定しない訳である。一瞬前まで、牛魔王を確かに処刑しようと考えていた癖に、少し気分が良くなっただけで撤回している。おそらく、日が違えば牛魔王は死んでいた。
上級妖怪は身なりを整えて建物は美麗。雰囲気は上品であっても、そんなのは見かけだけだ。この場の空気は血生臭い魔王城の玉座と何も変わらない。
気分次第で妖怪だろうと人間だろうと簡単に命を失う死地だ。
「さて、此度の招集は妖怪聴訟。議題はそこの救世主職についてのはずですが……」
「――御母様! このたびの反乱には月も関与しておりました。この金角に、月の征伐をご命じくださいませ」
両開きの扉を力強く開いた音と共に、新たな妖怪の入場だ。
「金角っ! 突然何を。いや、反乱鎮圧の任はどうした!」
「鎮圧は弟が進めている。兄たる俺は逃亡する徒人共を追っていたが、その最中に、なんと月の者共が追っていた徒人共を匿っているところを目撃してしまったのだ。御母様の温情で生かされているカエル共が、懲りもせずまた御母様に楯突いたのだ。そこの仮面の救世主職も月の仕業だった可能性がある。となれば、もはや、征伐しかありますまい」
「逃亡? キサマ、故意に逃したな、金角!」
「これは人聞きの悪い。桃源郷は牛魔王殿の持ち物であったはず。となれば、重罪人共に脱出路を伝える事ができたのも牛魔王殿という事になりませんか?」
「この牛魔王が裏切っているとでも言いたいか? 冗談であろうと、聞き捨てられんぞ!! そこを動くなッ」
牢の近場までやってきたのは、これで三度目のエンカウントとなる妖怪、金角だった。
黄昏世界の最上位を知った今となっては、金角程度の上級妖怪は少々見劣りする……はずなのだが、激怒する牛魔王を前にしても余裕ある態度だ。
「牛魔王、御母様の御前です。慎みなさい」
金角に殴りかかるために歩く牛魔王の足が、床から出現した樹木の根に絡め取られた。そのまま引き倒されそうになる。
崩れるバランスを筋力で保った牛魔王は、根を無理やり引き千切って前進……できない。千切れたはずの根の傷口から新たな根が伸びて接合。より強く絡まって動きを封じる。
この超回復による植物呪縛は、主様と同じ。
根の出所は、牛魔王と同じく階段に一番近い位置にいたドレスの女の足元だ。
そうか。この女はいつぞやの黄昏世界産の世界樹だ。正確には扶桑樹と言ったか。
「金角も、戯れはそれまで。御母様に報告を」