11-4 竜種根絶
竜頭魔王はいたぶるように牛魔王を少しずつ噛み千切る。白い山の山頂部がごっそり異形の口の中だ。抵抗されても、次は別の噛み易い場所を千切っていく。
無慈悲であるが、いたぶっているつもりは実はない。ただ味が気に入ってじっくり食しているに過ぎないのだが、だからこそ生きたまま体を削り取る拷問となってしまっている。
「バカ親父が負けているって、まさか?! おぃ、リュウって何なんだよ」
竜頭魔王を竜と呼ぶのは難しい。西洋とも東洋とも言えない、そもそも竜ですらない原生生物を恐るべきドラゴンの一種と仮称しているに過ぎない。
「違うッ。リュウってそもそも何なんだよ!?」
実の父が喰われていく惨状に紅孩児は混乱していた。
嫌って、敵対していたとしても肉親が化物に喰われていく様を見せつけられては叫ばずにいられない。人間を愉快に喰う妖怪を見限って桃源郷を立ち上げた紅孩児が、父を愉快に喰われて冷静でいられる方がむしろおかしい。
「あんな化物、俺は知らねぇよ」
「それはそうだ。竜頭魔王みたいな奴がそう何匹もいてたまるか」
「リュウって化物自体を俺は知らねぇって言ってんだ! あの無限増殖する扶桑樹だろうと、バカ親父をここまで追い詰められねぇ!」
「……竜を知らない??」
竜頭魔王に組みつかれ膝を大地についた牛魔王に向かって、紅孩児が叫ぶ。
「バカ親父。おいっ、バカ親父ッ!!」
“――に、逃げろ、紅。早く遠くへと”
「いまさら普通の父親みたいな事を言うなッ! お前がやった事、俺は許しちゃいねぇんだよッ。何、喰われてんだよ!!」
“逃げろ。遠くへ。さもなくば……巻き込まれる”
牛魔王に張りつくように頭部を乗せた竜頭魔王。
もはや、手段はないと悟ったのか、牛魔王は紅孩児に対して退避を促した。
「バカ親父ッ!!」
“――巻き込まれる。……御母様の神罰に、焼かれる前に、逃げるのだ”
赤い空の高みが、瞬く。
昼夜とわず、幾光年先の星々の光をかき消す太陽が鎮座する黄昏世界において、空が瞬くなど、ありえはしない。
黄昏世界で唯一輝ける存在は、寿命により赤色巨星に変貌してしまった太陽だけである。
“――此方の庭を荒らす虫けらよ。灰となるがいい。神罰執行“スピキュール”――”
赤天の高みの瞬きが、線となって竜頭魔王の頭頂部を撃った。
高密、高温の熱線だ。貫通させなかったのはさすがの竜頭魔王であるが、頭を打たれた衝撃で牛魔王を離してしまう。
“お邪魔~~~?”
“――此方の愛くるしい娘を喰らう不届きな竜よ。此方が直々に絶滅させたはずであろう。どうしてまだ此方の庭にいるのですか?”
“美味しい~~、お不味い~~?”
“――此方の娘を返すのです。神罰を執行。竜なるものは此方の庭より絶滅せよ”
また空が瞬いたが、今度は数が多い。
瞬きから着弾までの時間は数えて、およそ八秒。早いとは言い難いが、もし仮に熱線の発射元が太陽だとすれば逆に早過ぎる。太陽の光が地球に到達するまでに八分かかるという常識と比較すれば大概だ。
“もう、気付いてしまわれた。もう、逃げても遅い”
負傷だらけの牛魔王が、落胆の溜息を吐いている。
“紅が竜を知らないのは、生まれる前に竜がすべて根絶されたからだ。かつて、竜に似た計都羅喉に姫様の尊体を奪われたと知った御母様は、竜種を皆殺して尊体を取り返そうとされた。神罰とは本来、それほどに苛烈なものなのだ”
凝集光が規則正しく格子状に落ちてきた。線であるはずのレーザー光の数を揃えて壁にしている。
派手であっても撃ち漏らしが多いが、そこは問題ない。逃げ道を封じられればそれで十分だ。本命はこれからになる。
更に瞬く空。巨大太陽の内部でより多く光っている。
そして八秒後……これはもはや、雨だ。レーザー光が絶え間なく、隙間なく降り注いで一帯すべてを殲滅していく。SFに出てくる戦列艦の一斉射が遠く及ばない。意思を持った恒星が、弱い者いじめにも公転する矮小惑星の一つに向けて毎秒万の熱線を放つなど、大人気ないにも程があるではないか。
“お邪魔~~~? とっても、お邪魔~~~”
“ふむ。此方の髪の毛では滅するに足らんか。害虫ながらに屈強な事です”
それでも頂上決戦を行う者共にとっては軽いジャブ程度らしいが。
微生物の域にある俺達にとってはレーザー光一つで命が弾け飛ぶ。被害範囲の内側にいるため生きるだけでも必死だ。
「三昧真火を使える神仏、仙人は限られる。それを、これだけ大量に惜し気もなく。これが御母様の権能か。これが、御母様か」
「紅孩児、俺を盾にして体を縮めろ。『レーザー・リフレクター』ッ!!」
手持ちのスキルで完全反射できていなければ、今頃、二人揃って蒸発している。
俺が生きているのだから竜頭魔王も当然、無事だ。無傷とはいかない様子であるが、レーザーに対してレジストを開始した甲殻が光に対する反射率を高めてダメージ軽減を開始している。
数本か束ねたレーザー光が、ただの放水ホースから放たれる水のごとく鱗に弾かれた。
“此方の娘を返しなさい。此方の愛らしく、愛らしい、愛くるしい、娘を返すのです。私以上に娘達を愛する母はいないでしょう。母は悲しいのです。苦しいのです。寂しいのです。娘を、娘を娘を娘を娘を娘を、娘を。ああ、なんて悲しいのでしょう。どうして此方ばかりがこのように苦しまねばならないのでしょう。此方ばかり、此方ばかりッ”
レーザー光が停止した。より殲滅力のある攻撃手段に変更するまでの間隙だろう。
神罰執行シリーズならば、次に行使されるのは白骨夫人の滝のような熱量の濁流か。それとも別にまだあるのか。
“よく分からないけど。僕は君、嫌い~~~”
“――神罰執行“フュージョン・イグニッション”。此方の悲しみを知るのです”
もしかしたら、仮面を外した状態の俺ならば何らかの対抗手段があったかもしれない。
けれども、想定以上の被害範囲と瞬間爆発力に反応できないまま閃光に包まれていく。