11-3 『白の力』牛魔王3
ポップコーンのように弾け飛んだ頭で、怪獣映画の光景を見上げている。
牛魔王の山肌に喰らいついた竜頭魔王というスケール違いの馬鹿げた風景の前では、俺など隅で立ち竦むエキストラの一人でしかない。
怪獣に追われる一般市民らしく逃げるべき状況なのは分かっている。ただ、巨大魔王共が少しよろめいただけで潰される至近距離にいる。今更、逃げたところでもう遅いのだ。
“ん~~、美味しい~っ?”
“計都羅喉!”
皮膚一枚とはいえ、体を喰われた事に腹を立てた牛魔王が頭部を振り上げる。角の先が竜頭魔王の喉に相当する部位を突き上げ、剛力で捻じり込んだ。
竜頭魔王の頭部が軽く五百メートルは上昇しただろう。居場所を奪われた大気が衝撃波となって四方に散る。地表にいる俺のところまで届き、体を震わせた。
「御影! お前、頭が吹き飛んで死んだように見えたが、い、いや、そこも気になるが……この空飛ぶ巨大妖魔は、何だよッ」
「竜頭魔王の体に穴を開けていやがる。牛魔王は正真正銘の怪物だったな」
竜頭魔王の鱗を貫通してダメージを与えるなど、やはり牛魔王は桁違いだ。
けれども、当の竜頭魔王は意に介していなさそうだ。体を突き刺され状態で、反撃で牛魔王の右肩へと噛みつく。
“ん~~、のど越し~~?”
“ぐおおオオオッ”
牛魔王は必死に振り払おうとしているものの、角が抜けないのか竜頭魔王の咀嚼から逃れられない。
よく見れば、角を刺した部分の肉が膨張している。超回復した筋肉で角を掴まれている状態らしい。
“ええぃ、離さんかッ、ウォオオオ”
牛魔王は竜頭魔王に噛まれたまま走り始めた。俺達の頭上を通り過ぎていき、どこを目指しているかと思えば向こうに聳える山脈だ。
地層が剥き出しの山脈に突進を続けて、竜頭魔王を押し出して衝突させる。
異形の竜の頭部がめり込み山一つが粉々になったが、食に執着のある竜頭魔王はそのくらいの衝撃で離しはしないだろう。
“計都羅喉め、以前よりも強くなっておる!”
“もう~~、美味しいのにお邪魔しないで~~”
“そうであろうよ! かつて襲来したお前は、都に安置されていた姫様の尊体を喰らいおった。利用するだけの知能がなかろうと影響は受けるというものだ。喋るだけの頭脳を獲得したのも、影響ゆえだろうて”
牛魔王は突進を止めなかった。
山を一つ、二つ、三つと砕きながら、岩盤で竜頭魔王の体表を削り続ける。
正直、それでも竜頭魔王にとっては大したダメージになっていなかったが、振動により角を掴む力が緩んだのだろう。牛魔王はようやく竜頭魔王を引き離すと、後ろ脚で蹴り上げて距離を確保した。
“これほどの不敬を平然と行うとはな、仮面の救世主職!! 我等と敵対するならばともかく、娘を惑わし、あまつさえ、あまつさえっ、四姫様を喰らった計都羅喉を召喚するなど。それが救世主職のやり口か!! お前に人の心というものはないのか!!”
肩口の深い噛み跡を見せつけながら牛魔王が激高している。
竜頭魔王を呼び出してしまった事は断罪されても仕方がないが、その状況に追い込んだ張本人に糾弾されるのは納得がいかない。性格の悪い妖怪に人格うんぬんを言われたくもない。
ただ、腹立たしい言葉の中にも聞き逃せない情報がある。
まず、牛魔王が竜頭魔王を知っている風なのが聞き逃せない。呼び方は独特ながら、古代生物的な異形の巨体を固有名詞で呼んでいる。
どうして牛魔王が竜頭魔王を知っているのか。竜頭魔王は別世界産の魔王である。
……いや、竜頭魔王はウィズ・アニッシュ・ワールドで討伐したが、元を辿れば蟲星産の怪生物になる。蟲星から次元の壁に蟲穴を掘って他の世界に侵略してくる迷惑極まりない怪生物ならば、ウィズ・アニッシュ・ワールドに来る前、あるいは、滞在中に一時的に更に別の世界を訪問していた可能性はなくはない。
不運にも究極生物の食害を受けた世界。その一つが黄昏世界だったのだろう。
「四姫様。姫様??」
驚きの新情報であるが、そこばかり気にしていられない。牛魔王はもう一つ、気になる単語を喋っていた。
計都羅喉が四姫様を喰った、とはどういう意味か。
計都羅喉は竜頭魔王で間違いない。竜頭魔王は馬鹿でかい口で何でも喰うので、喰うという行動も竜頭魔王ならば違和感はない。
では、四姫様、とは誰を示す。
牛魔王が様と尊称する相手。黄昏世界人が様付けする相手となれば、第一に思いつくのは御母様になるが、姫という言い方は少々違和感がある。
次点で御母様の娘を姫と呼称している可能性はあるが、娘達は全員、死亡してしまっている。生きてはいない。
残っているのは……黒い炎の玉となった姉妹の遺骸だけである。
「お、おぃ。もしかして四姫様って……四番目の姉妹の、黒八卦炉の宝玉の事か?」
“黒八卦炉などと道具のような呼び方をッ、もはや、許さ――邪魔をするな、計都羅喉!”
“美味しい~~、逃げない~~”
喰い所の多い牛魔王を竜頭魔王は気に入ったらしい。反撃されようとも執拗に牛魔王へと襲い掛かっている。
「黒八卦炉の宝玉を竜頭魔王に喰われていた? おい、なんてものを喰われていたんだっ」
黄昏世界は、竜頭魔王に黒八卦炉の宝玉を喰われていた。
そんなのは、古代より生き残る恐竜に水爆を撃ち込んで突然変異を誘発するようなものだ。素の状態でも手の付けられなかった怪物が、究極生物として完成するのに十分な理由になる。
“計都羅喉、四姫様の尊体を返すがいいッ”
“お邪魔~~”
“返せ! 異形ごときには理解できないだろう。しかし、姫様方を我等がどれほど愛していたか。尊んでいたか。尊体が弄ばれる有様に、冷静でいられるはずがなかろう!!”
牛魔王は噛み付いてくる竜頭魔王に対して、真っ向から立ち向かう。
“お邪魔~~。ギュウ、お邪魔~~”
“ッ!? 四姫様、がはァ”
「馬鹿オヤジッ。何やってんだッ!!」
蟲らしく直線的に遅いかかってくる竜頭魔王。牛魔王は余裕をもって対処し、カウンターを仕掛けるつもりだった。
だというのに、牛魔王が一時的に動きを止めた所為で体を噛まれてしまう。ゾンビが生前の声で語りかけ生者を惑わした。そんな動揺が牛魔王に見て取れる。
先のお返しという訳ではないだろうが、竜頭魔王は牛魔王を噛んだまま引きずる。山々と衝突させて粉砕し続けた。
“計都羅喉めッ。何も分からぬ癖に、四姫様の言葉遣いだけを模倣しおってからに!! ウォオオオ”
牛魔王は広範囲に体を噛み千切られた。明らかに重傷であるが、意地だけで窮地を脱する。前脚で竜頭魔王の頭部を叩き、喰われた体をぶつけてバランスを崩させ、死に体の状態を脱する。
牛魔王は強い。究極生物と戦いができている。
だが、究極生物は他の生物を寄せ付けない頂点に座しているからこその究極生物なのである。
“美味しい~~? うん、ギュウ美味しい~~”
牛魔王に勝ち目はない。餌として竜頭魔王に喰われて終わる。その後は、俺が召喚時に要望した通りに黄昏世界を喰らうだろう。
“美味しいね~~。とっても美味しくて、楽しいね~~、姉妹の皆~~。……ん~、姉妹って何~~。美味しい、お不味い~~?”